概要
『アノレキシアの百合』は、新型ウィルスが蔓延する前の平成後期を舞台にした物語です。
衣食住に何不自由ない若者を蝕むアノレキシア(拒食症)。
現代病とも贅沢病とも言われる謎の病に侵された少女たちの死と再生をえがきます。
「私たちは、生きることに限りなく純粋なだけなのです。
この不健全きわまりない遊びを誰か、止めてください」
願う少女の一人称で物語る全六十一話。
一話あたりの平均は二千文字。十万字以上、十一万字未満の長編です。
◆主要登場人物の紹介◆
櫻井日芽子(さくらい・ひめこ)……ドラッグストアに勤務するアルバイトの登録販売者。女性。二十五歳。独身。本編『アノレキシアの百合』の語り手。
舘林月彦(たてばやし・つきひこ)
おすすめレビュー
新着おすすめレビュー
- ★★★ Excellent!!!鎖された耽美な世界で咲き誇る、純真な二人の物語
百合は花や葉の大きさに反して、茎がとても細い植物。この作品の主役である日芽子と月彦も、百合の茎のように折れてしまいそうな体を持っています。
タイトルにもあるアノレキシア(拒食症)や、性同一性障害を患い、体内外どちらも脆い月子こと月彦。「彼」と共に過ごしていくことで、自分のなりたかった姿に気付き、痩せ細り小さくなっていく日芽子。危うい者同士が雛のように寄り添い、冷たい手で温め合う様子、二人が好む旧い音楽や書籍で満たされた平穏な世界、「少年少女」や「老婦人」といった「性別」から遠い存在への憧れ――ほの暗くも美しく、時には可愛らしさすら感じてしまう光景が、繊細な感覚と美麗な文章で書き出されていき…続きを読む - ★★★ Excellent!!!生の闇と光に満ち溢れた物語。
ドラッグストアで登録販売者として働く女性が、ある日店内で出会った美しい客。性別不明の妖しい美貌を纏うその人は、「身体は女性、心は男性」という性同一性障害を抱えた女性だった……いや、心は男性なのだから、男性と呼ぶ方が相応しい。
この物語は、そんな二人の出会いで幕を開けます。
男性の心を持ち、女性としての体の成熟を受け入れられずにアノレキシア(拒食症)を患う彼、月彦さん。明確な性を持たない彼に、彼女——日芽子さんは一瞬で心を惹かれます。急速に心の距離を近づけた二人は、やがて互いの想いを強く結び合わせます。
こうして心を結んだ二人に立ち塞がるいくつもの困難。やがて、月彦さんを支えているかに見えた…続きを読む - ★★★ Excellent!!!心を書いた物語
物語の展開がうまい。
そして、登場実物が魅力的。なにより、文章がとにかく美しくて、詩のようにすら感じます。
この作者さまは心を書くのがすごくうまいと思います。心理描写というより心。心をそのものを書いているような印象があります。
変な説明の仕方になっていますが、読めばわかってもらえると思います。
作中にはつらい部分も出てきます。でも、それにすら優しさを感じます。やっぱり心を書いているからなんだと思います。
心を書いた作品が、読者の心に刺さります。
僕はレビューが下手なので、作品の良さが伝わっていないと思います。
ですから、実際に読んで確かめてください。
儚くて美しくて、とても優しい、そんな…続きを読む - ★★★ Excellent!!!成熟することを拒む雛たちの巣立ちの物語
拒食症、同性愛、性同一性障害。赤裸々な言葉が並ぶタグとあらすじでどんな生々しい内容が綴られるかと思われるでしょうが、その内容は選び抜かれた言葉で穏やかに語られる純文学です。
自分の体に与えられた性を受け入れられず、現実と理想の間に生きる月彦。食べるのを拒むことで本当の己を貫こうとする痛み。
自分の生まれた体ゆえに受ける屈辱から、おんなとして生きることへの拒否感を募らせる日芽子。社会や家族という器の中でがんじがらめになり、嘔吐することでしか自分を逃せない痛み。
二人の痛みは違うようでとても似ています。そんな二人が出会った時に運命を感じるのは必然だったかも知れません。
お互いへの想いは依存か…続きを読む - ★★★ Excellent!!!「キャラクター」の悲喜劇を超越した、「人間」の生の記録
僭越ながら推薦文を書かせて頂きます。
描く対象に作者様が真摯に向き合ったことが伝わる、そんな作品が私は好きです。フィクションだから、エンタメだからといって、被写体をいたずらに消費するような創作物は好きではない。現実世界を舞台にした文芸なら尚更のこと、一歩間違えば登場人物と重なる属性や経験を持つ人を傷つけてしまう危険性を孕んでいます。
『アノレキシアの百合』という作品に対して最初に感じたものは、登場人物たちにどこまでも誠実に向き合おうとする作者様の眼差しでした。そこに映し出されていたのは、「キャラクター」が演じる悲喜劇ではなく、懸命に生きようとする「人間」の姿でした。描かれているというより、映…続きを読む - ★★★ Excellent!!!病的で危険、艶麗で甘美。それらを育む褥で二人は寄り添い続ける。
ドラッグストアの店員の主人公は、華奢な少年と出会う。しかし少年の生まれながらの性別は女。しかし、太ることに怯え、胸の膨らみを日々憎む「少年」と主人公はパートナーになっていく。拒食症の少年の家に主人公は入りびたり、二人で甘美な時を過ごす。拒食症の人は、自分に優しい人に依存する傾向がある。主人公はけしてこの関係が共依存という「症状」でないとしていた。
徹底的にカロリーを抑えた食事と、クラシック。そしてロリータファッション。主人公は永遠のお姫様。少年は王子様だった。
そして二人は危険な病的遊戯に溺れる。リストカットごっこ、である。赤いエナメルを垂らして、「傷口」を作り、流れる血液を演出する。…続きを読む - ★★★ Excellent!!!繊細な言葉と感性で紡がれる、やさしくてかなしくて美しい世界
言葉へのこだわりが随所に感じられる文章で、美しい詩を読んでいるようです。
ひとの悩み苦しみに無理解な世間からときに遠ざかり、ときに近づこうと努力するふたり。
ふたりを見守る繊細な感性が、やさしくてかなしくて美しい世界を紡ぎ出します。
透き通った卵のなかの二羽の雛鳥。生まれること、成熟することに抗うアノレキシア。禁じられた遊び。永遠の少年と少女。(本編を楽しんでいただくためにここでこれ以上は書きませんが、)さまざまな形をとって波のように繰り返しあらわれる耽美なイメージに、心地よく溺れてしまうのです。
ふたりの遍歴がどこへ辿り着くのか、どきどき悶えながら見守っています。 - ★★★ Excellent!!!世の中の普通や常識から逸脱した先にある幸福と愛
多くの人が、健康でいたい。若くいたい。綺麗になりたい。異性にもてたい。美味しいものを食べたい。社会的に成功したい……そんな限りない欲望をもっています。けれど幸せってなに?と考えたとき、社会の「普通」や「常識」とかけ離れた自分の望みを見つけたら?
主人公の日芽子と恋人の月彦くん。二人は成熟した女性特有の形体を嫌悪し、さらには食べること、結婚すること、社会の中で犠牲的に働くこと、それらと向き合い遠ざかっていきます。
二人は不器用で危うく見えるので、読んでいてハラハラします。けれど多くの人が妥協した生き方をするなかで、最後まで不健全ともいえる生き方を貫く姿勢。案外強い人かもしれませんね。
幸福の…続きを読む - ★★★ Excellent!!!あの頃が呼び覚まされ、浄化されていく。救済の物語。
愛の檻の中で、閉じ込められた本当の自分。
心は追い付かぬまま、変容していく体。
行場無く蓋をした想い。
終焉を願う心を紅い血が癒す。尖った頸椎の愛しさ。
大人になりたくない。
穢れ無き透明な存在でいたい。
痛切な希求は体を蝕むのか、解放していくのか。
拒食症という病を通して描かれる少女の魂は、何処かで自分自身と重なります。
呼び覚まされるあの頃。蓋をした想いが溢れ出す。
少女の真摯に生きる姿に、浄化されいく。
物語はまだ途上ですが、これは救済の物語だと思うのです。
ただ美しいだけの文章ならば、これほど心に響かない。
どうか、どうか。
あの頃のあなたへ、届きますように。