生の闇と光に満ち溢れた物語。

ドラッグストアで登録販売者として働く女性が、ある日店内で出会った美しい客。性別不明の妖しい美貌を纏うその人は、「身体は女性、心は男性」という性同一性障害を抱えた女性だった……いや、心は男性なのだから、男性と呼ぶ方が相応しい。
この物語は、そんな二人の出会いで幕を開けます。

男性の心を持ち、女性としての体の成熟を受け入れられずにアノレキシア(拒食症)を患う彼、月彦さん。明確な性を持たない彼に、彼女——日芽子さんは一瞬で心を惹かれます。急速に心の距離を近づけた二人は、やがて互いの想いを強く結び合わせます。
こうして心を結んだ二人に立ち塞がるいくつもの困難。やがて、月彦さんを支えているかに見えた日芽子さんの心にも、深い闇が潜んでいることが明らかになり——けれど、それらの困難を渾身の力で打ち砕きながら前進することで、彼らは初めて「健やかな幸せ」へと近づいていきます。

現実世界の生きづらさを拒み、卵の殻の中へ留まっていたいと願う、雛にも似た二人。彼らは、一人ひとりでは、巣を蹴って羽ばたくことはできなかったかもしれません。心の病という深い恐怖に打ち克ち、二人が巣立ちを成し得たのは、自分自身を痛めつけることを止めて互いを支え合おうする「本当の愛情」が二人の心に育ったからに他ならない。——読み終えた後に、そんな強烈なメッセージが心に刻まれます。
心と身体に苦悩を抱えながら生きる「人間」という生き物。そんな、痛みや苦しみに満ちた時間に柔らかく寄り添うような、繊細な言葉選びと透明感に満ちた筆致は大変魅力的です。
触れれば壊れそうな脆さを漂わせながら、同時にしなやかな強さと温もりを感じさせる、生の闇と光に満ち溢れた物語です。

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