3.麗しのキミ
「あら、今日も
彼は他店で下剤を購入しているのかもしれません。
体内の糖と脂肪を
痛々しく美しいスタイルで、糖質ゼロのゼリーと、特定保健用の脂肪を落とすドリンクをお買い上げ。それが定番です。スナック菓子には目もくれません。
或るキャンペーンの日、彼は定番のゼリーとドリンク、それから一本の化粧水をカウンターに並べました。私は店員の義務として、カードの勧誘をするのです。
「お客様、本日はキャンペーンにつき、カード会員様限定で、
「じゃあ、作ろうかな」
彼は勧誘に応じようとしました。しかし、入会申し込み用紙を目にした途端、両手を背中に隠してしまいます。
「やっぱり
私は、それ以上の勧誘をすることなく、
「どうぞ、お大事に」
「どうして? 僕は何処も悪くないよ。店員さん、またね」
店員さんの私と、お客様のキミ。
適度な距離感を保持していたころの私たち。
麗しのキミに急接近した切っ掛け。それは、或る商品の接客でした。
フルール・コレクション。
フルールはフランス語で花。コレクションは英語で収集。
日本人は、このような言語のミックスに何の違和感も持たないのでしょうか。
『トキメキ❤フルール・コレクション』と記されたバッジを付けるよう、店長に指示された従業員たち。私も仕方なく白衣の胸ポケットにバッジを付けて、レジに佇んでおりました。
盛夏です。真冬の商品の予約を取るために、真夏から努力するのです。
『完全限定受注生産。あなたにもトキメキあげたい』
店内のポスターに
「
その日のスタッフ構成は、男性の登録販売者店長、男性の大学生アルバイト、女性の登録販売者アルバイトの私。三名でした。昨今の人件費削減で、化粧品担当者不在の店舗。
「私は医薬品担当なので無理です」
そのように断ることは不可能。
化粧品に対して専門知識の無い身ですが、ただ女性というだけで、化粧品の推売を一任されるのです。アイブローとアイライナーの違いすら、最近、
「いらっしゃいませ、こんにちは。いつもありがとうございます」
ズボンのポケットに突っ込んだ手を、ぴくりと震わせる彼。振り向きざま、合わさる視線は、夕暮れに消えていく
「トキメキ❤フルール・コレクション。毎日を頑張って生きるあなたにクリスマスの
ポスターの文字を棒読みしました。麗しのキミは、
「このマニキュア、素敵だね。口紅の色も素敵」
彼が素敵と褒める色は、毒々しいほどの赤でした。
「血のような
先行して届いていたテスターを眺めるキミ。それを試したいように見えます。
「どうぞ、お試しください」
私の声を受けたキミは、ポケットから取り出したティッシュで自らの唇を拭き、備え付けのチップでリップスティックの
店内に設えられた鏡の中のキミは慣れた手付き。唇を
「たいへん、お似合いです」
無難な褒め言葉が功を奏します。
「予約させてもらうよ」
予約申し込み用紙を取りにレジへ戻った私に、店長が小声でプレッシャーをかけます。
「グッジョブ!」
私は、この予約を何が何でも成功させなければいけません。
以前、ポイントカードの入会申し込み用紙に筆を走らせることを
そうして残されたキミの情報が、携帯電話の番号と『月彦』という名前だったのです。
「ご予約、ありがとうございます。入荷
「店員さん、何度もかけてね。
虚偽の電話番号を書かれたのではないかと危惧を
即刻、店舗の電話からアクセスを試みます。
「わぁ」
マナーモードの端末が震えたことに驚くキミ。
「
ご本人を前に電話で会話した、あの夏の日を忘れることはありません。
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