6.ドラッグストアは宝箱
「僕は入院させられて大きくなったのに、
布団の上で、小動物のようにドレッシングをかけないレタスをかじりながら、
「小さくなっていないわ。今だって白米とお魚を頂いたのよ。お
「そうだね。日芽子さんの髪に青魚の臭いが残っているよ。
彼がマスカット味やレモン味のゼリーに口を付けているあいだ、職務を報告するのが日課でした。
「今日はね、期限切れチェックをしながらレジを見ていたの。消費期限、
「プロテインか。あれって一食百六十キロカロリー前後だよね。僕にはハードルが高過ぎる」
コンビニのおにぎり一個分のカロリーにさえ、
「ゼロカロリーゼリーに期間限定でライチ味が入荷するの。月彦くん、どう?」
「それは欲しい。日芽子さんの職場、いいなぁ。ドラッグストアはダイエッターの宝箱だよ。ゼロカロリーゼリー、脂肪を落とすお茶、糖の吸収を抑えるコーヒーに、カロリーオフの甘味料。そんなものみんな社員割引で買えるんだもの。本当に、いいなぁ」
百七十センチで三十キロ台後半の体重しかない彼。働ける場所は、ありませんでした。不健康そうに見えて、実際に不健康な彼は、書類選考通過後の面接で断られてしまうのです。しばしば三十七キロを切っては入院させられ、四十キロに戻って退院して、また節制する日々。まったく懲りないのです。
月彦は病識を持ちません。これは立派なアノレキシアの証明でした。
アノレキシアとは往々にして、自分が
「今日は九州の温泉にしようよ」
「僕、肥っていない? 胸、大きくなっていない? 骨のカタチが分かるかな? 僕の骨を抱いて」
月彦にハグをして言うのです。
「肥っていない。胸は小さい。
「大好き、日芽子さん」
私の言葉に安心する月彦に添い寝します。彼は入浴後、オーガニックのボディバターを栄養不足で乾燥気味の皮膚に塗り、真っ黒なパジャマの下に着圧レギンスを付けていました。
バリエーションで、着圧コルセットに着圧オーバーニーソックスもあります。いずれも彼に頼まれて、社員割引で求めた品。彼は腰痛持ちでもないのに、ぎゅっと締めつけていないと、とめどなく身体が膨らみそうで不安という理由でコルセットを
パジャマのゴムさえ不快な私には、理解し難い感覚でした。私の定番はウエストの緩いネグリジェ。透ける素材のものではなく、もっと純朴な綿素材が最適でした。意外に、そういう品は探せども無く、仕方なくジュニアサイズから大きめのネグリジェを求め、着用しているのです。
「僕も、日芽子さんぐらい小柄だったら、そういうの着てみたい……って嘘だよ。僕は、ヒラッとしたの許せないんだ。あっ、日芽子さんが許せないって意味じゃないよ。僕が、ヲンナヲンナした服を着ることが許せないんだ」
同棲を始めたころ、彼不在の食卓で、お母様から聞いたことを思い出します。
「
女の子のボディに、男の子のスピリットを植え付けられたアンドロギュヌス。
何かが欠如した生命体ではなく、両方を持ち合わせる生命体。
私は月彦をそのように認識しています。
「女の子の、おともだちを招くなんて、日芽ちゃんが初めてよ。私、嬉しくて嬉しくて。だけど、お付き合いさせて
蝶よ花よの籠の鳥の私に良かれと思って、両親が御膳立てした男性と、お付き合いしたことがありました。何度目かのデートの後、男性は「プレゼント」と言って私の唇にキスをしたのですが、何故でしょう。不快感しか残りませんでした。
アンドロギュヌスと交わすキスに、不快を感じることはないのに。
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