アイのきっかけ

天井昇風

序章

 演劇における〝きっかけ〟とは、次に行動を起こすための合図のことを指す。舞台上の役者がある台詞を言った時に、別の役者が特定の行動を取ったり、裏方が音楽を流したりするといった具合である。一つの劇は、きっかけの連続で構成されていると言っても過言ではない。

 しかし、ある行動や現象が予め決められた次の行動を誘発するという事例は、現実世界では極めて異例である。台本がない以上、次にどのように動くかはその者次第だ。だから、その行動が他者にとって全く予測不能な場合も往々にあり得る。さらには、それが行動を起こした本人でさえ予測していなかったということもまた、現実世界では起こり得るのである。

 塔弥とうやはそれを理解していなかったわけではない。「あの人」の行動が本人にとっても思いがけないことであったということは、十分に理解したつもりだった。しかし、それを受け止めるということになると話は変わった。どうしても受け入れきれない自分がまだどこかにいたのだった。

 塔弥は振り返る。クリスマス・イブに開催した大学最後の舞台のことを。演劇部を引退した四年生十人に、外部から一人助っ人を加えて行った『十二夜』という題目の演劇のことを。

 そして今なら分かる。「あの人」の全ての行動は、この最後の上演に向けた稽古の開始からすでに始まっていたのだと。そして、その一つ一つの行動のきっかけは、些細な日常の出来事ばかりだったのだと――。

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