前提から


「わかりました。では転移させます」


 『異形』の欠片の匂いを嗅いでいた魔法使いは端的にそう言うと、手に持った長杖を一度振って魔法を行使する。

 瞬間、僕の体を浮遊感が襲う。自分で使うのと他人が使うのとではやはり浮遊感というものは違って、僕はこうして他人に転移させてもらうのはいくらやっても慣れない。

 浮遊感が消え去り景色の切り替わりが終わっても、その先は何も見えない暗闇だけだった。

 明かりがない地下かどこかに転移したのだと気が付いた僕が「魔法は使うな」と言おうとした瞬間、僕が口を開くよりも先に一人の魔法使いが場を照らす魔法を使ってしまう。

 こういう時、たいていはトラップが仕掛けられていると相場は決まっている。

 そしてそのトラップの引き金となるのはその場で自然と使ってしまう魔法であることが多い。

 つまり、この場においては――


「おい! 魔法陣が!」


 ――場を照らす魔法なのだ。


 周りが照らされたことで、ここが窓もドアもないただの包囲された空間であることがわかるのと同時に、僕らを囲むように描かれたいくつもの魔法陣が淡い光を放っているのも目に留まる。

 見覚えのあるそれは、特定のものをその場に召喚する魔法陣。


「おい、これって――」

「いいから構えろ!」


 一度起動した魔方陣を途中で破壊すると何が起きるか分からず大変危険だ。だからこそ僕らは魔法陣の効果が出るのを待つしかない。

 実際はたったの数秒だったが、少なくとも百メートル四方の空間いっぱいに広がる無数の魔方陣の威圧感のせいで、体感では何分にも感じた。

 嫌な汗が背中に流れるが、努めて冷静に魔法の準備をして戦闘に備える。

 そして、ついにその時はきた。


「今だっ!」


 魔法陣の効果によって何体もの『異形』が召喚された瞬間、『異形』が無抵抗のうちに一斉に魔法を放つ。

 各々があらかじめ構築しておいた防御魔法を信じているので、フレンドリーファイアなど気にも留めずそれぞれが好き放題に魔法を撃ちまくる。そもそも全員のレベルが高いので、バカスカと魔法を撃っても狙いがぶれないというのもあるのだが。

 とりあえず僕らから五メートル以内にいた『異形』をすべて駆逐すると、やっと状況を把握しだした残りが襲ってくるものの、それらも余裕を持って処理することができた。

 ただし敵の数が多いどころか倒したそばから補充されていくので、倒しても倒してもキリがない。


「これ一回撤退したほうがいいと思うんだけど!」

「いや、こいつらを放置するのはまずい。この空間内に留まってくれるから対処できるが、街に出られたら被害は考えられなくなる」


 アリの巣をつついた時のように次から次へと湧き出てくる『異形』に魔法を放ちながら泣き言を言うものの、隣に居た魔法使いにすぐ反論されてしまう。


「ああもう! うっとおしい!」


 僕は感情に任せて血入り試験管を一本叩き割ると、三本の氷の槍を生み出して『異形』の頭部に向かって射出する。

 魔物の原型を留めているタイプの『異形』は比較的対処しやすいのだが、スライムのような不定形のやつらやどこが弱点かわかりにくいやつらは対処が一気に難しくなるのでやめてほしい。

 まぁやめてと言ってやめてくれるわけもないのだが。


「しかし――こうなっちまった以上作戦は失敗だな! クソがよ!」


 ハミは『異形』を三体まとめて焼き払いながらそう文句を言う。

 たしかにこうなってしまった以上、僕らが敵がこのあたりにいるという情報を得たことはモモタの知るところになってしまっただろうし、逃げられるのも時間の問題――というか、もう逃げられていてもおかしくない。


「まぁまぁ、とりあえずはこいつらを倒すことを先決としましょう?

 幸い致死性の高いトラップは仕掛けられていないようだし、安心して戦い続けられるわ」


 名前は知らないが顔は見たことがある女性の魔法使いは魔物を倒しながらそう言う。

 たしかにそうだ。致死性のトラップは仕掛けられていないし、『異形』も無限にいるわけではないだろう。こうして倒し続ければいつかは打ち止めになるはずだ。

 どれくらい先かはわからないが、それまで耐えるしかない。

 と、そこまで考えて、僕はふと脳内に疑問が湧いた。



 ――なぜ『異形』を召喚する以外のトラップを仕掛けなかったんだ?



 普通に考えてそれを仕掛けないメリットはあまりないし、とりあえず仕掛けておけば一人でもこちらの戦力を削げたかもしれない。

 それをしないのだから、絶対に理由があるはずだ。理由もないのにそんなことをするような男ならば、僕らは今こんなに苦労するわけがない。


 時間が足りなかったから?

 ――こんなに大量の魔方陣を仕込んでおいてそれは考えにくい。


 その発想がなかった?

 ――そんなわけがない。ヨーロッパの時はもっと多彩なトラップがあった。


 僕らを殺すことが目的ではない。

 ――であればその目的とやらはなんだろうか。


 脳内で自問自答を繰り替えす。胸騒ぎがする。何か致命的な思い違いをしている気がして、僕は戦闘を片手間でしつつさらに深く考えた。

 僕らに対する挑発もしくは足止めだとすると、殺さずに足止めをするメリットも挑発のメリットもない。

 ならば、別の目的のために僕らを足止めしている。そう考えると魔物を延々とだすことの説明が一応はつく。

 しかしその場合は『何故?』という疑問が付きまとう。

 この間に土地神を狙うというのは確かにありそうなことではあるものの、土地神の護衛をしている魔法使いから異常をしらせる連絡はないし、その線はないと見て問題はないだろう。

 ならばなぜ足止めをするのだろう。


 思い違いを・・・・・している・・・・気がする・・・・


 絶対にしてはいけないような思い違いをしている気がする。

 ならばそれはなんなのか。こういう時は、前提から疑えと父さんが言っていた。


 前提。それは、まずモモタが黒幕だということ。しかしそれは疑いようのないことであり、モモタじゃないのであれば『異形』の説明がつかない。魔物を改造するのはそれほど簡単なことではないし、あの『異形』は以前戦ったモノと共通点があった。

 ここまでは恐らく間違っていない。ということは恐らく間違っているのはここから先のどこかだ。


 次にまず疑うべきなのは――モモタが狙っているのが土地神だというところ。

 もしモモタが狙っているのが土地神以外だとしたら?

 それならモモタがターゲットを確保するための時間稼ぎだというのも頷ける。だが、状況的に考えて土地神以外が狙われているとは考えにくい。

 僕らが居合わせた二回と、居合わせなかった一回。計三回は襲われていることを考慮すると土地神が狙われていると考えて問題はないだろう。


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