異形との対面(2)


「なに、あれ……」

「……城田さん、構えて」


 異形が何か動いたのを見た僕は城田さんにそう言うと、身を守る魔力の壁をさらに強固にし、ついでに狐の妖怪も軽く囲っておく。別にどうなろうが知ったことではないが、一応神様らしいし死なないに越したことはないだろう。


「ねぇ、結界があるとこっちからも攻撃できない」


 右手に氷のナイフを構えながらそういう城田さんの言葉を無視して、異形の一挙一動に注意する。

 『異形』は突如としてもぞもぞっと大きく動くと、建物をバキバキと壊しながらどんどん巨大化していく。

 僕は上から降ってくる天井だったモノを一時的に結界で防ぎ、一通り防ぎ終わったら魔法で一気に吹き飛ばす。

 もはや建物の破壊などを気にしている場合ではない。そんなことより、あいつの姿が瓦礫で見えなくなっているほうがやばいのだ。

 瓦礫がすべて吹き飛び視界が開けた瞬間、真っ黒いモノ――おそらく異形の体のどこか――が僕らに叩きつけられようとするのが見えた。

 どの程度の威力があるかもわからないそれを迂闊に受けるわけにもいかず、僕は咄嗟に回避を選ぶ。

 一瞬視界が歪み、自分の体がぐにゃりと曲がる不思議な感覚に囚われる。

そしてその感覚が消えた時には、僕たちの体は先程いた音楽室跡地ではなく校庭の隅に移動していた。


「い、今のは?」

「転移魔法。それより二人とも早く逃げて」


 狐の妖怪の質問に簡潔に答えると、僕はそう言って二人を逃がそうとする。戦闘能力が未知数の城田さんはともかく、重傷の妖怪は戦力外だ。アレはそんな生易しいものではない。

 油断すれば僕でも命を取られかねない。まぁよほどのことがない限り大丈夫だとは思うが。


「柊、わたしも一緒にアイツ倒す。柊は今の魔法でだいぶ魔力使ったでしょ?」


 こちらをチラリと見ながらそう言う城田さんを見て、僕は少し思案する。

 僕一人でも得意な魔法を使えば倒せる相手ではあるし、わざわざ城田さんまで危険な目に合わせる意味は薄い。

 しかし、ここで城田さんの提案を断るのは不自然だ。戦力が多いほうがいいのは当たり前だし、城田さんに一人で戦いたい理由を言うことができない。

 『あいつ』の情報を気軽に他の魔法使いに漏らすわけにはいかないのだ。

 城田さんに嘘が吐けない以上、下手な誤魔化しは余計なことを探られる原因になりかねない。

 ならば――


「わかった。じゃあ城田さんも手伝ってよ」

「うん。どうすればいい?」


 ナイフをちらつかせながらそう尋ねてくる城田さん。

 僕は少し悩んだ後、作戦を立ててこう答える。


「僕の残りの魔力量的に、一人だけならもう一回転移できるから、転移を使って奇襲を仕掛ける。

 城田さんにはひたすら火力の高い魔法を一発撃ってほしい。僕が転移で一気に距離を詰めるから、転移した瞬間に撃ってほしいんだけど……できる?」


 城田さんは近接主体と言っていたから、遠距離から強い威力の魔法を撃つのはきっと得意ではないだろう。それに、魔法はなるべく近距離で撃ったほうが高威力になる。

 だから、アイツに最大限のダメージを与えるためには、こうするのが最善だ。


「うん。できると思う」

「じゃあやろう。準備できたら合図して」

「わかった」


 城田さんはそう言うと、目を閉じて意識を集中させる。すぅっと息を吸い込み、「いいよ」と小さく呟いた。

 その瞬間僕は準備していた転移魔法を使って城田さんを『異形』の頭――と思われる場所――のすぐ近くに転移させる。

 隣に立っていた城田さんは一瞬で場所を移動し、その直後、城田さんが振り下ろした巨大な光の剣が異形を襲った。

 僕は転移でごっそり減った魔力を気遣いつつ、城田さんがあの高さから安全に着地するための魔法を準備する。

 ――だから、というのは言い訳にしかならないが、そのせいで僕はそれに反応することができなかった。



「ガアアアアアアアアアアアアアア!」



 耳を塞ぎたくなるような轟音がしたかと思うと、空中で身動きの取れない城田さんに向かって黒い何かが振り下ろされる。

 「危ない!」と叫ぼうとした瞬間には手遅れで、すでにそれは城田さんの体を何メートルも吹き飛ばしていた。

 襤褸切れのように校庭の砂の上を転がる城田さん。

 その出血量は助からない。それを見ていた人ならば誰でもそう思ったであろう次の瞬間、淡い光が城田さんを包み込んだ。

 淡い光の効果で城田さんの全身の傷は癒え、城田さんが攻撃された痕跡は少しの擦り傷とボロボロになってしまった服だけになる

 あらかじめ城田さんに加護をつけておいてよかったと、自分で過去の自分を褒めたたえたくなった。

 あの加護は対象が死の危機に瀕したとき一度だけという制限はあるものの、対象者の意識を一時的に奪うかわりに致命的な怪我を自動で全て治すという効果がある。瀕死じゃないと効果がないうえ一回につき一度きり、という使いにくい効果だったが面倒くさがらずにつけておいて正解だった。

 僕は身体強化の魔法を使いながら急いで城田さんのもとに近寄ると、地面に転がったその体を抱きかかえる。

 最初から僕が一人でやっていれば城田さんを危ない目にあわせることもなかったのに。

 そんな後悔が頭を支配しようとするが、冷静な部分がそれを制止する。


 なにはともあれ、まずはあの敵を倒すことが先決だ。

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