異形との対面(1)
左手で腹部を抑えながらそう口を開いた妖怪に、僕も城田さんも身構える。
人の姿になる魔物はいたけれど、妖怪も人の姿になることがあるのか。
妖怪はふぅと息を吐くと、こちらを睨みつける。
「貴様ら、許さんぞ。あっしの腹に穴をあけただけでは飽き足らず、首まで取ろうとしてくるとは。いくら格が落ちたとはいえ、土地神にこのような所業を……」
恨みの籠った声を僕らにぶつけてくる妖怪だが、正直に言って首を取ろうとしたこと以外全く身に覚えがない。
だが、妖怪の腹部を見ると、確かに左手で抑えている腹部からは血が滲んでいて、おそらくそこに深い傷があるのだとわかる。
しかし、こちらにそう言ってきたということはあちらにも理性があるということか。
西洋での経験上、言葉を操る魔物は総じて魔力が高く、厄介である。
妖怪の腹に穴をあけたのが誰かはわからないが、この妖怪はここで倒しておいたほうがよさそうだ。
「……あなた、土地神って本当?」
「あっしのこのオーラが見えないのか? その魔眼は飾りなのかの?」
「もしあなたが土地神だって言うなら、どうして生徒を襲ったの?」
…………え?
急に対話の姿勢になった城田さんの行動の意味が分からず、僕は戦闘中だというのに一瞬呆けてしまう。
どうして城田さんは呑気に話を始めたんだろうか。相手がわざわざ話しているのに付き合う必要はないし、もしかしたら話すことで引っかかるタイプの幻術かもしれないのに。
いやまぁ、魔眼持ちの城田さんが幻術にかかることはないと思うけど、万が一ということもある。ここは注意すべきだと思うのだが。
……いや、もしかしたら城田さんには何かしらの意図があるのかもしれない。ならば、ここは城田さんに任せて僕は警戒だけをするべきなのかもしれない――が、それも含めて判断するのに情報が少なすぎる。
少し悩んだ末、『迷子になったらそこを動くな。とりあえずよくわからないときは何もしないに限る』という結論に達した。
「は? 生徒を襲う?
あっしがここに来たのは今日が初めてだが?」
「嘘。それ以前に見えない存在に怪我をさせられた生徒がいる」
「なぜあっしがそんなことをしなければいけないのじゃ? 意味が分からん」
「……本当のこと言ってる。
なら、いったい誰が――」
……なんかきな臭くなってきた。正直土地神とか言われても訳が分からないけど、僕が城田さんに説明されたときと事情が変わっているのはわかる。
とはいえ――
「ねぇ、城田さん。どういう状況かわからないけど、あの妖怪倒せば解決するんじゃないの? というか土地神って何?」
「……土地神っていうのは、その土地を守る神様のこと。
柊にはわかりにくいかもしれないけど、西洋的な意味の神じゃなくて、日本的な――八百万の神々って意味の神様ね。
その土地に憑いてて、人々から『信仰』という名目で魔力とか食べ物とかを少しずつもらって、その見返りに土地に住む人々が災害にあいにくくしたりする妖怪のこと」
「なるほど。つまり、どちらかというと人の味方ってこと?」
「うん。一概には言えないけどそういう解釈でいいと思う」
「そっか……だいたい状況がつかめてきたよ。
この自称土地神の妖怪の言うことが正しいなら、僕ら以外に土地神を攻撃して生徒に怪我させた別の存在がいるわけだね」
それは困ったことになった。てっきりこの妖怪を倒せば終わりだと思って張り切ってたのに、もしかしたら別の妖怪も関わっているかもしれないなんて。
もしここで隣に居るのが魔眼持ちの城田さんじゃなければ目の前の妖怪を問答無用で燃やして終わりにしたけれど、城田さんの魔眼は嘘を見抜く。
だから、城田さんが妖怪の言うことを信じている以上は迂闊に手を出すのは得策ではない。
まぁ人間だけでなく妖怪の嘘も見抜けるのかと若干疑問には思うけれど、城田さんが自信満々にそう言うのであればそうなのだろう。
そんなことを思いながらなんとなく天井を見て――違和感を覚える。
まるで何かに見られているような、そんな気持ちの悪い感覚。
「ねぇ、城田さん。何か――」
城田さんが振り向いてこちらを見た瞬間、僕は視界の端にギラリとした緑の煌めきがあることに気が付く。
反射的に城田さんの腕を掴むと勢いよく抱き寄せ、二人を守るように魔力で壁を作る。
咄嗟に使った魔法だったので強度には不安があったものの、無数の緑色の何かを受け止めるのには十分だったようで、破られることはなかった。
「し、し、し、し、柊!?」
「ごめん、もう少しこのままで」
僕は突如窓に現れた謎の存在を睨みつけて次の動きを警戒しつつ、しれっと僕らの後ろに回った――僕を盾にするように隠れている――狐の妖怪にも注意を向ける。
「後ろに回られると警戒しちゃうからやめて」
「あっしは誰かさんたちのせいで魔力が足りてないから、ちょっと回復させてほしいだけじゃ。あと、そやつの気配はあっしの腹に穴をあけたやつに似ておる」
「……柊? どうなってるの?」
「あ、ご、ごめん」
うっかり抱きしめたままにしていた城田さんを解放すると、僕はそう謝る。
城田さんは「う、ううん!」と慌てた様子で僕から離れると、窓からこちらをジィっと見てくる謎の存在を見据える。
窓にいるそれは、夜の闇よりも濃い黒色をしていて、どこからどこまでが輪郭なのかもわからない。妖怪なのかすらはっきりしない、文字通り『異形』の存在だった。
黒い霧が人の形をしている、というのがそれを表現するのに最も適しているかもしれない。
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