ああ、もう
「タイミングは城田さんに任せるよ」
「わかった。じゃあ早速」
城田さんはそう言うと右手に氷のナイフを構え、魔法で音楽室の鍵を開ける。ガチャリと音が鳴ったのを確信した直後、空いている左手で音楽室の扉をスパーンと大きな音を立てて開け放った。
それと同時に飛んでくる無数の黒い礫を、城田さんは自分の体に当たる分だけを右手のナイフで撃ち落とす。流れるような動作は見事としか言いようがない。
一方の僕は城田さんが無視した礫を魔法で迎撃し被弾と校舎の破壊を防ぐ。
「行く!」
「援護は任せて」
相手の攻撃が止んだ一瞬の隙を突いて、音楽室の奥に向かって突っ込んでいく城田さん。
僕も同時に音楽室に足を踏み入れ、その中にいた妖怪を目にする。
体は大きく高さだけで音楽室の天井と同じくらいあり、その体毛は窓から差し込む光を受けて銀色に輝いていた。
黒いオーラ――おそらく強化系の魔法――を纏いながら佇むその姿は、動物図鑑で目にしたことがある『狐』によく似ていた。しかしながら尾は六本生えていることがただの狐ではないことを主張している。
城田さんは一直線にその狐の妖怪に向かって走ると、氷のナイフを振りかぶって大きく跳躍するために力強く踏み込む――が、何かに足を取られたのかずるっと滑り転びかけてしまう。
「っ!」
その隙を逃すまいと妖怪の放った炎が左右から城田さんを襲う。
それに息を呑み迎撃態勢を整えようとする城田さんを援護するため一歩踏み出すと、透明な空気の壁を脳内にイメージする。
イメージ通りに描かれた魔力は城田さんの左右に強固な透明の壁を作り、間一髪のところで炎を防ぐことに成功する。
空気の壁とぶつかった炎は勢いよく燃え上がり、城田さんが転んだ原因を照らした。
「え? 血?」
「城田さん下がって!」
僕が叫ぶのを聞いて反射的に体を動かして下がる城田さん。その直後、城田がいた場所の床から赤い刃が突き出てくる。
「まさか自分の血を媒体に魔法を!?」
「そのまさかだと思うよ。魔力を持った血はかなり強力な魔法を使うエネルギーになるからね。
ただ――」
あの血は僕たちが攻撃するよりも先に床に流れていた。
ということは、あの血はあの妖怪のものではなく別の誰か、もしくはあの妖怪のものということになる。
別の誰かの血だとしてもただ被害者に対して憐憫の情を覚えるだけだが、もしあの妖怪の流したものだとするのであれば、あの妖怪が自分で自分を傷つけたか、傷をつけた別の者がいたということになるが――
「ただ?」
「いや、なんでもない。とりあえずあいつに集中しよう」
今これを伝えるには時間が足りないし敵の前で油断をするのは危険だ。この話はあの妖怪を倒してからゆっくりすることにしよう。
幸いにも相手は血を媒体にして魔法を使うことに慣れていないらしく、本来なら出せるであろう威力よりもかなり低い威力しか出ていない。
「細かい魔法は僕が防ぐから、城田さんは威力の高そうな魔法にだけ気を使って」
さっき空気の壁で炎を防いだ感想としては、相手の魔法は警戒するに値しない程度のものだった。あの程度の魔法なら簡単な防御系の魔法を使っていればいくらでも防ぐことができる。
「え、本当に大丈夫?」
「うん。さっきの威力と同じなら余裕だよ」
「わかった。じゃあ任せ……」
急に言葉を切って周りをキョロキョロと見渡す城田さんの様子を見て、何か異変が起きたのだと察する。
「柊、周りに濃密な魔力が視える。何か仕掛けてくるかも」
「りょーかい」
僕がそう言い終わった瞬間、城田さんの言葉通り僕らの周囲一面に見覚えのある黒い靄が発生する。下の階で見た時と同じく、その靄はだんだん集まっていきやがて魔物へと姿を変えた。
その数は――とても数える気にはなれない。それほど多くの数の妖怪がびっしりと音楽室の床で僕らを睨みつけているのだ。
ゾンビとかが出てくる映画でこんなシーンがあったら死亡フラグ以外の何物でもないだろう。
だがしかし、僕らは無力なホラー映画の主人公などではなく、異形の存在と戦う術を持つ魔法使いだ。
だから――この程度の状況は命の危機でもなんでもない。
「柊、周りの妖怪は任せていい?」
「余裕だよ」
こいつらがさっき下の階にいたやつらと同程度の強さしかないのであれば、こいつらを倒すのはさほど苦労しない。
むしろ音楽室をいかに壊さず倒すかで頭を悩ますほどだ。
「ささっとやるね」
僕は妖怪に別の魔法を使う時間を与えないために素早く魔法を使う。
使うのはさっきも使った紅い炎。それは音楽室の壁や楽器には一切の影響を与えず、的確に雑魚だけを焼き払う。
さらにその魔法を応用して城田さんがまた滑らないよう、狐の妖怪の前にある血だまりを蒸発させた後炎を消す。
「ふっ!」
城田さんは息を吐きながら銃弾のように飛び出し、一直線に狐の妖怪を切り裂こうと氷のナイフを振る。
狐の妖怪は間一髪反応するものの、とても間に合う速度ではない。
僕は城田さんが妖怪の首を切り落とす様子を想像して肩の力を抜こうとする――が、現実はそううまくはいかない。
瞬く間に大きかった狐の妖怪が急に縮み、僕よりも少し小さい程度の大きさになる。
大きさが変わったことで振るわれていた氷の刃は空を切ることとなり、一瞬城田さんには隙ができた。
そこを狙い黒い礫を放つ妖怪だが、城田さんは素早く地面を蹴ると後ろに下がり、落ち着いて礫を切り落とす。
地面に落ちた黒い礫が消えていくのを視界の端にとらえつつ、僕は姿を変えた妖怪を警戒しながら観察する。
先程狐の妖怪が縮んだときに、変わったのは大きさだけではない。
全身に生えていた銀色の毛の大半は消え綺麗な銀の髪へと変わり、四足歩行だった足は二足歩行に向いたすらりと長い手足へと姿を変える。
獣のそれだった顔は人間らしいものになり、狐だった片鱗は日本の伝統的な服装である着物から覗く尻尾と、頭から生える二つの獣の耳以外にはなくなった。
夜の音楽室は暗くて見にくいが、その妖怪はどこからどう見ても人間の女性――それも、かなり顔立ちが整っている――だった。
「――ああ、もう」
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