奇行



「お疲れ、城田さん。城田さんは近接タイプの魔法使いだったんだね」

「柊こそお疲れ。遠距離から魔法を撃つよりも体を強化して物理的に倒したほうが魔力の消費が軽いから。

 それに、魔眼のおかげで相手の行動はたいてい見切れるし、『身体強化』も氷で剣を作る魔法も得意」


 そう胸を張りながら言う城田さん。それを見て「意外と胸あるな」などと不躾なことを考えてしまうのは男子高校生として仕方のないことだろう。僕だって魔法が使えることを除けば普通の男子高校生なのだから。

 ……そんな邪な考えは一旦置いておき、僕は真面目な顔で城田さんに問いかける。


「妖怪って、別の妖怪を創り出せるものなの? それとも、今のは単なる自然発生?」

「……わたしは見たことないけど、妖怪を生み出す妖怪は存在するよ。ただ、強い妖怪じゃないとできないけど。

 さっきのが自然発生だった可能性はないかな。自然発生の予兆は視えなかったし」

「なるほどね。つまり、強い魔物がこの先にいる可能性が高いってことか。注意して進もう」

「そのことについてなんだけど、やっぱりこっちの校舎にいるみたい。上のほうから結構な魔力が漏れてるのが見えるから。

 夜だから魔力を見せても大丈夫っていうふうに油断してるのかもしれない。とりあえず、右側の階段から進もう」

了解ラジャー


 指示通り廊下を右に曲がり、そのまま進んだ先にある階段を昇ろうとして足をかけた瞬間、背筋にゾクリとした感覚があったので、一歩後退する。

 それと同時に、城田さんが「きた!」と声を出す。


「階段の上。三階に大量の妖怪が出てきた。数は多すぎてわからないけど、魔力量的にさっきと同じのだと思う。」

「三階にいるんだね。じゃあ、全部まとめてやっちゃったほうが早いか」


 僕はそう言うと、こういう時に便利な魔法を脳内でイメージする。

 魔力は少し消費するものの、城田さんもいるし最悪奥の手も用意してあるからあまり気にしない。


「階段の上からきた! わたしが――」

「いや、任せて」


 僕はそういうと、階段の上から突撃してきた数匹の妖怪を全て氷の礫で倒した後、先程思い描いた魔法を発動させる。


「全部燃えちゃえ! ってね」


 そう言った瞬間、どこからともなく現れた紅い炎が三階の廊下を埋め尽くす。範囲のわりに大して魔力を込めたわけでもないそれは、標的である妖怪を全て焼き尽くすと何事もなかったように消えていった。

 一瞬で倒された妖怪たちを魔眼で視て、朝日さんはあきれた顔をする。


「……たしかに全部燃やしちゃうのが早いけど、床とか壁を焦がさない炎ってどうやったの?」


 心底理解できないといった様子で、城田さんはそう呟く。

とは言われても、僕からすれば全然難しいことではないのであまりそういう顔をされるのは納得いかない。


「難しいことはないよ。ただ、そうイメージしただけ」


 魔法というのは術者のイメージに依存している。どんな魔法を使いたいかによって魔法の威力や範囲が決まるのだ。

 今回の場合、『壁は焼かないが魔物は焼く炎』をイメージしただけで、それにコツもなにもない。ただできるからしただけ。

 そのような説明を、階段をのぼりながらしていると「いや、そんな簡単なわけないから」とツッコミが入った。そう言われても実際に「イメージするしかない」のだから仕方がない。

 先程の炎の余熱を消して三階に入ると、制御が完璧だったようで何一つ焼けても焦げてもいなかった。

 日本に来てからあの魔法を使ったのは今が初めてだが、特に問題はなかったらしい。長いこと使ってなかったから少し不安はあったのだが、ちゃんとできてよかった。


「さて、肝心のボス妖怪はどこかな?」

「たぶん音楽室じゃないかな。大きい魔力が視えるから」

「じゃあそっちに行こうか」


 城田さんが言うまま僕はそっちに移動する。音楽室に近づくにつれて、僕の本能のようなものがピリピリとした何かを感じ取る。

 やはりこの先に何かいるのは確定のようだ。問題は、日本の妖怪に不慣れな僕と若い魔法使いの城田さんで倒しきれるのかどうか。

 正直未知に対する不安はあるものの、どうにかするしかないだろう。


「さて……どうやって突入しようか」

「わたしは近接主体でイレギュラーに慣れてるから、わたしが先に入るよ」

「わかった。あ、ちょっと待って。念には念を入れよう」


 簡単に作戦を決めると、引き留められたことに首を傾げている城田さんの目の前で小さな氷のナイフを魔法で生み出し、浅く左手の親指を切る。

 僕の突然の奇行にぎょっとした城田さんは「ちょ!」と制止するように動くが、それよりも先に左手を朝日さんの頭に伸ばす。

 理解が追い付かずに固まる城田さんの右耳に軽く触れると、親指に滲んだ血を触れた耳に擦り付ける。

 ここが一番戦闘の最中に擦れたりせず血が残りやすい場所なのだ。


「はい。これで大丈夫」

「え? ど、どういうこと?」

 回復魔法で指の傷を治しながら、目を白黒させる城田さんに説明をする。

「僕の血を媒体にして城田さんに『守護魔法』をかけたんだよ」

「守護魔法?」

「あー、城田さんには馴染みないか。まぁおまじないみたいなものだよ」


 実際はおまじないなんてものよりも強い効力を持つのだが、それはわざわざ教える必要もない。

 これが効力を発揮するのは守護の対象が危機に瀕したときだけなので、使うことなどないに越したことはないのだ。


「なるほど……?」

「まぁ、特に気にしなくてもいいよ」


 詳しく説明しようとすると時間を使ってしまうので、僕はそう言って話を流す。

 城田さんは何か聞きたそうにしていたが、僕が「じゃあ行こうか」と言うと頷いて音楽室に目を向ける。



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