合理性だけを求めてはいけない



「えぇ……」


 後ろから呆れるような信じられないようなものを見たような、そんな声が聞こえてくるが意図的に無視する。

 僕が今使ったのは日本語で言うところの催眠魔法。効果は、相手の意識に干渉し相手の意識を朦朧とさせるといったものだ。

 他に睡眠魔法というのもありこちらのほうが難易度は低いのだが、こちらだと複数人が相手だと『全員が同時に寝落ちする』というあり得ない状況になってしまうのに対し、催眠魔法だとそのような心配がなく、魔法が解けても違和感なく過ごしてくれるのが特徴である。


「……いや、強引な方法すぎる」

「一番合理的だと思うけど?」


 僕は一気に魔力が減ったことで少し倦怠感を訴える体を無視しつつそう答える。

 教師に警戒しながらでは満足に戦えないし、後遺症が残るような魔法ではない。任務のためには多少手荒でもやらねばならないこともある。


「そうかもしれないけど、普通なら見えない相手に催眠魔法をかけない。魔力の効率も悪いし」

「場所さえわかれば見なくても簡単に使えるし、魔力に関しては……必要経費だと考えれば気にならないし」

「……ヨーロッパの魔法使いのレベルが日本より高いのか、柊がおかしいのかわからない」


 それに関してはよくわからないとしか言いようがない。僕はヨーロッパで魔物狩りするときに遊撃担当で、基本一人で身軽に駆け回ってたから他の魔法使いのレベルがよくわからなかったりする。とはいえ、これくらいは『一人前』と呼ばれる人なら誰だって――やろうと思うかは別として――できるレベルだと思う。

 今回に関しては僕が知っている場所だったというのも大きい。ここが全く知らない高校で、「職員室に人がいる」と言われたところで相手の場所がわからなければ魔法をかけられるわけもないのだ。

 まぁ、魔眼持ちの城田さんなら容易に場所を特定できそうだが。基本的に魔眼で魔力を視るときは壁とか物質はすり抜けて視えるらしいし。


「さて、どっち方向に妖怪はいそう?」

「えっと……北校舎のほうが怪しい」

「じゃあ、とりあえずそっちに行こうか」


 今僕たちがいるのは南校舎で、北校舎までは二階の渡り廊下から行き来できる。

 基本的に僕たちがいるのは南校舎で、全学年の教室と職員室がある。一方北校舎は実験室や音楽室など移動教室で使われることが多い。



 僕たちは一番近くの階段から二階に上がろうとする――が、そこで階段の上から不穏な空気を感じ取った。それは城田さんも同じだったようで、後ろで魔法を使う準備をしているのがわかる。


「階段を登り切ったすぐ右側に妖怪が潜んでる。数は一。さほど強くはないけど、敵意あり。」

「りょーかい」


 強くないのなら場所さえわかれば怖がることはないので、僕はスタスタと階段を上がる。そして踊り場に出たところで相手を認識できたので、ずっと準備していた魔法を放つ。

 突如空中に現れた氷塊が、柱の影からこちらを除く妖怪の顔――らしき部位――に向かって一直線に放たれ、見事命中する。ゴトリとその場に崩れ落ちた魔物は煙となって消えていった。

 強い魔物であれば倒した後も体の一部か全体が残ったりするのだが、こいつのように低級の魔物は何も残すことなく消えていってしまうのだ。

 これには様々な説があるらしいのだがどの説もまだ仮定にすぎず、根拠に欠けるものばかりである。


「さっきも思ったけど、魔力のコントロールがあまりにも上手。今まで見た中で一番かも」

「そればっかり練習してたからじゃないかな。あと、単純に今のは僕の得意分野だったってだけだよ」


 基本的に僕は魔物をぶっ飛ばすことばかりしてきたので、攻撃系の魔法が一番得意になったのだ。

 もちろんそれ以外の魔法も普通に使えるのだが、やはり慣れというのはかなり大きい。

 例えば回復系の魔法なんかは何回使っても慣れないうえにコスパが悪いし、さっきの催眠だってもっとうまくできる魔法使いはごまんといる。


「さて、行こうか」

「そーだね。今『視た』けど、やっぱり北校舎のほうにいるみたい」

「りょーかい」


 先程と同じく僕が前を歩きながらずんずんと進んでいく。魔眼持ちの城田さんがいるから、いつもよりも周囲の警戒に神経を研ぎ澄ませなくてもいいのは楽だ。僕は索敵能力が低いから、昔から魔物を見つけるのが一番大変だった。そう考えると、本当に僕の能力は攻撃に偏っている。

 特に異常も何もなく渡り廊下を渡り、北校舎に差し掛かった。

 その瞬間、僕の背中をゾクッとした感覚が撫でた。本能の警告に従って僕は脳内で魔法を準備し、いつでも使えるようにする。

 渡り廊下の先は左右それぞれに道がある丁字路の構造になっていて、その左右両方に紫色の靄が複数現れ動物のような形を成していく。


「っ! 急に魔物が出てきたっ!」

「僕たちに気が付いたから魔物を出してきたのかな」


 そこまでは想像がつくとはいえ、僕は妖怪が妖怪を召喚(?)するところを初めて目にしたので、靄の状態のうちに攻撃してもいいのかわからない。魔法を撃った瞬間魔力が暴発しても困るのだ。

 そうこう考えているうちにも、数秒ほどで靄は完全に狐のような形の妖怪へと姿を変えて、獣の目であからさまに僕たちを睨みつける。

 小さいし別に怖くも何ともないが、さすがに攻撃されようとしているのに対処しないわけにもいけない。


「城田さん、左側はお願いできる?」

「任せて」


 数の少ない左側を城田さんに任せた僕は、右側から飛び掛かろうとしている十匹近い数の狐の妖怪に向けて魔法を行使する。

 使うのはさっきと同じ氷の礫を飛ばす魔法。しかし、先程とは数が違う。

 一発ずつ撃っていてはキリがないので、一気に十発ほどの魔法を並列で発動させる。脳内で準備していたので魔法の使用に不具合が起こることもなく、複数の氷の礫が一気に形成された。

 魔法によって結構な速度で撃ち出されたそれらは、僕の制御によって一発たりとも外すことなく妖怪を貫く。

 幸いにも礫の過不足はなかったようで、一体残らず襲い掛かる妖怪を殲滅することができた。

 僕のほうにはもう妖怪が残っていないのを確認してから城田さんのほうを見ると、ちょうど最後の一体を氷の剣で切り裂いたところだった。やはり低級の妖怪だからか、妖怪は全て煙となって消えていってしまう。

 妖怪が消えなければゆっくり観察したかったのだが――まぁ仕方ない。



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