手段は選ばない



 すっかり日が沈みきり、魑魅魍魎が跋扈する時間。

僕は街灯の影や塀の隙間にいる小さな妖怪たちを横目にすたすたと目的地に向かって歩く。

 昼はだいぶ暑くなってきた時期だが、夜の空気はまだうっすら涼しさを感じる。これくらいの気温が一番過ごしやすくていい。

 肩に下げた鞄がずり落ちそうになるのを何度か止めつつ歩いていると、家を出てから十数分ほどで目的地である校門前へとたどり着く。

時刻は十九時五十二分だとスマートフォンが教えてくれた。魔法使いの中には一定数電子機器や電化製品を忌避する人もいるが、僕は「使えるものは何でも使えばいい」というスタンスなので関係なく使っている。

 約束の時間の五分以上前だからか、城田さんの姿はまだ見えない。まぁ、女子を待たせるよりかは僕が少し待つほうがいい。紳士たるもの、待たせるよりも何時間だろうが待つ方を選ぶべきだ。


 ――さすがに何時間も待つことにはならないと信じているが。


 手持ち無沙汰になりながら五分ほど待っていると、僕が来たのと同じ方向から城田さんが歩いてくるのが見えた。

 城田さんは校門前で待っている僕を見つけると、小走りで駆け寄ってくる。


「ごめん、待った?」

「いや、今来たところだよ。それに、まだ八時じゃないし」


 動きにくい制服から、動きやすそうなスタイル――七分丈のシャツに動きやすそうな野暮ったいズボンを合わせた格好――に着替えてきた城田さんは、身長差の関係から若干上目遣いになりながら僕に謝ってくる。時間通りに来たのだから謝ることもないと思うのだがそういう性格なのだろうか。

 遅刻したのなら謝るのも頷けるが、そうでないのなら別にいいとは思う。

 ただまぁ、そんな話をしている場合ではないので、僕は先を促すことにした。


「で、校舎に妖怪はいそう?」

「気配を分散させてるのか、細かい位置までは特定できないけど……確実に校舎の中にいる」

「そっか。ならさっさと行こうか」


 僕はそう言うと、何があってもいいように一般人には異常がないように見える結界と音を遮る結界を学校全体にかけ、施錠された正門の鍵を魔法で開けて校舎内に侵入を試みる。

 ――が、後ろからバッグを掴まれ危うく転びかけた。

 当然ながら掴んだ犯人は城田さんで、その顔は昨日今日と見た中でも一番の『混乱している顔』だった。


「あの、作戦決めたりしないの?」

「え? 作戦? 何を決めるの?」

「むしろ作戦も決めずに突っ込むの?」


 ……………………。


 どうもどうやら、城田さんと僕では魔物の討伐に対して認識の違いがあるようだ。

 本当は一刻も早く校舎に棲みつく魔物を討伐したいところではあるが、まずはこの認識の差を埋めないと話にならないだろう。


「えっと、作戦って具体的にどういうのを決めるの?」

「普通に『敵に出会ったら初めにどんな魔法を使うか』とか、『どんなルートで校舎の中を探すか』とか、いろいろ決めることはあるよ……?」

「え、そんなの決めるの? とりあえず『サーチ・アンド・デストロイ』しかないよね?

 だって、相手がどんな魔物……じゃなかった、妖怪かもわからないし、どこにいるかもどんな大きさかもわからない。だったら下手に決めるよりも『見つけ次第、臨機応変に対応』しかないじゃん」

「それはそうかもしれないけど――」

「あとさ、二人しかいないから作戦決めるのも面倒じゃない?」

「……わかった、じゃあ行こう」


 城田さんは不満そうだったが、一応僕の主張には納得してくれたようだ。もしかしたら納得はしていないがここで余計な時間を使う必要はないと判断したのかもしれない。個人的には城田さんの不満そうな言い方からして後者の説のほうが有力だと思っている。

 とはいえ一応城田さんが納得した形になった以上、さらにこの話題を続けるのも躊躇われて、僕は話を終わらせることにした。

 僕が先頭でその後ろを城田さんが付いていくという布陣のまま昇降口まで進み、魔法で警備関連のシステムを惑わせた後、施錠されていたドアの鍵を開ける。先に警備システムを切っておかないと、いろいろ面倒なことになりかねない。


「あ、まだ先生方が数名残ってるみたい……」


 蒼くなった目で校舎を見回した城田さんがそう呟くのを聞いて、僕はその存在を失念していたことに気が付く。

 そうか、こんな時間まで残業している教師もいるのか。やはり教師という職は僕らが思う以上に大変なのかもしれない。まぁ、命がけで魔物を狩っている魔法使いが言えた話ではないが。

 教師たちがずっと教員室や担当科目の準備室に籠っているのであれば放置しておいてもさして問題はないが、そうであるとは限らない以上何かしらの対策はとっておくべきだろう。

 城田さんも同じ考えに思い至ったのか、「どうする……?」と僕に小声で尋ねてくる。

 いろいろな対策はあるが、せっかく魔眼持ちの城田さんがいることだし一番確実な方法をとることにしよう。


「城田さん、どこに何人くらいいそう?」

「妖怪の気配がそこら中にあるからわかりにくいけど……全員職員室にいる。ごめん、ごちゃごちゃしてて人数はわからない」

「場所さえわかれば充分だよ」

「え?」


 後ろから聞こえてくる城田さんの困惑の声は置いておいて、僕は魔法を準備する。この距離でこの魔法を使うのは初めてだが、おそらく大丈夫だろう。

 いくら対象と距離があるとはいえ、相手は魔法に対する抵抗があるわけもない一般人だ。そうそう失敗しない。

 手早く魔法を構築し、出力と効果を設定。範囲は教員室全体に指定して、職員室を鮮明にイメージしながら魔法を行使する。

 ……よし、うまくいった。



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