異形との対面(3)


 ギョロリ。


 目などどこにも見えないが、僕は確かに異形からそんな気持ちの悪い視線を感じた。

 次の瞬間、先程城田さんが受けたものよりも数段早い黒の塊が僕らを踏みつぶさんと振り下ろされる。

 校庭の隅のほうから狐の妖怪のものと思われる悲鳴が聞こえた気がしたが、関係ない。

 僕はあらかじめバッグから出しておいた自分の血が入った試験管を、城田さんを抱きかかえたままの手で強引に叩きつけて割り、その血を代償にして転移魔法を使用する。

 血やその他の何かを代償にして行使する『黒魔法』と呼ばれるもの。それこそが僕の得意魔法だ。

 『黒魔法』は血や体の一部など決して少なくない代償を支払って行使するため、昔は禁忌魔法に指定されていただけではなく、未だにこれを使う魔法使いに対する差別は少なからず残っている。

 城田さんに差別意識があるかはわからないが、城田さんとは仲良くしたいと思っているのでまだこれを見せるのは時期尚早だと判断したのだが――城田さんに危ない橋を渡わせるくらいなら、早めに黒魔法を使っておけばよかった。


「あっぶな……」

「い、生きてる!?」

「ちょっと城田さん預かっておいて」


 僕は転移先にいた狐の妖怪(動揺中)に城田さんを押し付けると、僕らを見失っている異形を睨みつける。

 どうもどうやら先程の城田さんの一撃は威力が足りなかったらしく、確かに異形を消耗させたものの致命傷とはならなかったようだ。

 実際、異形は城田さんの魔法で削れた体を瞬く間に再生していっている。

 だから、倒すのであれば先程よりも強い魔法を使って一撃で、だ。


「……ふぅ」


 ここ暫く――日本に来てから――は全然魔法なんて使ってなかったから、久しぶりの戦闘がこんな大規模な魔法を使うものになるとは思っていなかった。

 あの異形を倒したとしても、壊れた校舎を直す作業がこ待っていると思うと嫌気がさすし、モチベーションが地の底に落ちていく。

 でも仕方ない。やるか。

 僕は一つ息を吐くと、バッグから三つ僕の血液入り試験管を取り出す。

 これで血のストックは残り三本。あまり残っていないのが不安だが使わないわけにはいかない。

 試験管を二本地面に投げつけて割ると、その血を代償に巨大な氷の剣を生み出して異形に突き刺し、眩い明かりを放つ雷魔法を使ってとどめを刺す。

 雷魔法の火力は最大で、『異形』が跡形も残らないように念入りに。

 普通の魔物なら体の一部から復活、なんてことはあり得ないのだが、この『異形』はどう見ても普通の魔物ではないし、小さいサイズから大きいサイズに変わったことを考慮すると復活くらいはしそうだと思えてしまう。

 物証が無くなるのは困るが、この状況で消耗戦になっては困るので跡形も残してはいけない。

 あまりにもあっけない幕引きのように思えるが、『魔法使いの血』という魔法の媒体の中でも最高峰のモノを使ったのだから、全然簡単ではなかったといえるだろう。

 僕は残った魔力を使って安全に着地すると、煙になって消えていく異形を横目にもう一本血の入った試験管を割る。

 それを代償に使うのは大規模な修復の魔法。傷ついた校庭や校舎を僕らが入っていった状態まで直し、証拠を隠滅した。


「終わったかの?」

「うん、終わったよ。城田さん預かっててくれてありがとう」

「別にいいが――おぬし、土地神に対する信仰はないのかの? 敬語も使わんし……」

「生憎僕は無神論者なんだ。そういう日本の文化にはなじみがないしね」


 そう言いながら城田さんを受け取ると、残った魔力で城田さんの擦り傷を癒し服を直し、狐の妖怪の止血をする。

 妖怪の怪我を完全に治すことはできなかったが、魔物の治癒力なら死ぬことはないだろう。

 僕ははぁっと溜息を吐いて城田さんを抱きかかえ、そのかわいらしい顔を見た。

 すぅすぅと寝息を立てる姿はどこか庇護欲をくすぐられ、彼女を抱く腕は女子特有の柔らかさを感じる。さらっとした髪は魔法で汚れを落としたのもあって先程転がっていた時とは比べられない美しさを放っているし、心なしかいい匂いもする。

 ――我ながら何を考えているんだろうとツッコミたくなるようなことをぼんやりと考えていると、はっとある事実に気が付く。



「……城田さんの家ってどこだ?」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る