魔法使いの僕は、同じクラスの女子に飛び膝蹴りされた
海ノ10
プロローグ
謝罪は疑問形だった
「ふわぁ……」
授業という退屈極まりない時間を過ごしている僕は大きな欠伸をすると、ぼんやりしたまま黒板の文字をそのままノートに写す。どうしてこうも授業というものは退屈なのだろうか。
教科書に書いてあることだけをチョークという資源を使いながら無駄に記していく教師に恨みを持ちながらも、他の大勢がそうしているように文句は言わない。悪目立ちするのは本意ではないからだ。
そんな時間が暫く続きノートの文字が黒板に書かれているそれに追いつくと、教師が新たに何かを書くまでの間に余裕が生まれる。教師の話を聞く意味がよくわからない僕は大人しく話を聞くのも時間の無駄に思えて、何の気なしに頬杖をついて目立たない程度に隣の席を見る。
隣の席の主はもはや授業など聞くに及ばずといった態度で堂々と
制服に包まれている肩が呼吸に応じて上下し、そのたびに肩口ほどの長さの茶色の髪が揺れる。黙ってればかわいいのだが、どうして起きているとあんなに変人になってしまうのか。
常識ってものを考えてほしいと思うものの、そもそも彼女も自分も一般人の常識とは違う世界で生きているので仕方ないかとも思う。いや、それにしてもやはりある程度常識を身に着けてもらわないと困る。
と、そんなふうに心の中で文句を言いたくなるような出来事が起こったのは、本当に最近のこと。というか昨日。
「なんでこうなったかなぁ」
誰にも聞こえないように口の中だけで愚痴を言う。もうそんなものは残っているはずがないのになんとなく自分の左の前腕に痛みがあるような気がして、気が付くと右手で左腕をさすっていた。
そして、僕が視線を自分の左腕からもう一度隣の席の女子に向けると、
――二つの目がこっちを見ていた。
さっきと同じように、机に頭を乗せてはいるものの顔はこちらを向いて、その目はばっちりと僕を見据えている。こっちを見ているとは全く思わなかったから、びくっと反応してしまったのは仕方ないだろう。
彼女はしばらくの間僕のことをじぃっと見ていたが、突然体を起こすとルーズリーフを取り出してそれに何かをサラサラっと書いた後、丁寧に八つに折って僕のほうに投げてくる。
驚きながらも反射的にそれを受け取った僕は、とりあえずその中を見てみた。
それには女子らしい丸い文字で、『昨日のまだ痛いの? ごめんね?』と小さく書かれていて、ちらりと城田さんのほうを見ると手で小さく謝るジェスチャーをする。
謝るくらいなら最初からしないでほしかったし、そもそも『ごめんね?』と疑問形になっているのはどういうことなのか。謝罪する気があるのかないのかわからない文章だった。いや、謝る気自体はあるのだろうけど、
ただまぁ、心配されているのに何も返事をしないのは人としてどうかと思ったので、とりあえず貰った紙に『大丈夫だよ』と書いて投げ返す。それを読んだ彼女は、痛みがないことに安心したのかほぅっと息を吐いていた。そもそも、治したのにまだ痛いわけがないんだが彼女は天然なのだろうか。いや、昨日の言動からして確実に彼女は天然だ。間違いない。
それにしても、授業が始まってから――いや、今日登校してからずっと周りからの奇異の目がすごい。
努めて気にしないようにしてたけれど、やっぱり気になるものは気になってしまうし、一度気になったら余計に気になってしまうのが人間というものだろう。
それもこれも全部、隣の席で再び眠りに着こうとしているこの女子のせいだ。
ほんと、なんでこうなったんだろうか……。
心の中でそう愚痴り、昨日あった出来事をぼんやりと思い返した――
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