電話番号をあげよう



 ――そやつの気配はあっしの腹に穴をあけたやつに似ておる。


 そう土地神は言っていた。ここから、少なくともあの『異形』が現れるよりも前に別の『異形』が土地神を襲撃して失敗したということは予想できる。

 ならば『異形』を送り出した犯人であろうモモタが、土地神を狙っているというのは簡単に予想できることだ。モモタのことを知らなくても、城田さんは『異形』というイレギュラーな存在がいることを知っているのでこれに似た結論を導くことは難しくない。

 そして、ここにきて二回目の――いや、僕らが立ち会っていないのも含めればおそらく三回目になる襲撃があった。

 ここまでくればもう目的が土地神にある可能性はかなり高いといえる。

 問題はなぜ襲うか。だがこれはモモタという存在を知っていればおのずと答えは見えてくる。

 それは、ただの『実験』のためだ。彼が指名手配されるに至った理由は山ほどあるものの、そのうち大きい理由の一つに『生命創造および魔物改造』というのがある。その罪は一度犯せばそれだけで世界中の魔法協会から指名手配――それも生死は問わない――をされるほどの重罪だ。捕まれば死刑は免れない。

 それほどの大罪を彼は好奇心だけで犯したのだ。

魔物を好き勝手改造し、ついには人にまで手を出し始めた。好奇心だけでそんなことをしでかした彼が『土地神』に対して興味を持ってしまったのだろう。

 おそらくそれ以上の理由はない。ほかの魔法使いからすれば非常識だとしても、モモタの中ではそれは当たり前なのだ。

 とはいえ、それらの事情を全て説明することはできない。モモタをおびき出すためにも城田さんにその存在を伝えるのはまずいし、こちらの生死を気にも留めないモモタからはできるだけ遠ざけておきたいのだ。


「やっぱり――じゃあ、魔法協会にそのことを言って――」

「いや、それはやめてほしいかな。今回の件はこの三人での秘密にしてほしい」


 モモタの目がどこにあるかわからない以上情報を広めるわけにはいかない。それに、協会に言ったところで対策が取れるわけもないのだ。モモタの件はすでに浜田さんには言っているし。


「でも……」

「お願い。これは僕の仕事なんだ」


 城田さんの言葉を遮るように僕はそう言う。

 蒼い双眸で見つめられると、何かを見透かされるような気持ちになるが、僕は城田さんのことを、負けないという意思を込めてまっすぐ見返す。


「……わかった。でも、危なくなったらすぐわたしなりおじさんなりを呼んでね。おじさん、柊のこと気に入ってたし」


 城田さんは黒に戻った目を僕のお腹のあたりに移しながら小声でそう言った。

 横から誰かの「素直じゃないの」という言葉が聞こえてきた気がしたものの、僕はそれを無視して「わかった。約束する」と答える。


「しかし……ほんとうにあっしが狙われてると?」

「確証はないけどその可能性は高い。だけどまぁ心配はしなくて大丈夫。あてがあるから。ただ、気が付いたことがあれば言ってほしいかな」


 土地神はほぼ確実にモモタの手掛かりになる。そうわかればヨーロッパ魔法協会のほうから護衛兼観察用の人員を調達することもできるだろう。いくら人手不足とはいえ、それくらいはできるはずだ。いや、させる。ここまで僕にやらせといてそんなこともできませんは許さない。


「とはいえ、連絡手段が――スマホとか持ってる?」

「すまほってあれじゃろ、おぬしらが持ってる不思議な板じゃろ?」

「うん、持ってないんだね。じゃあメッセージ送ってとも言えないしなぁ」

「電話ならできるんじゃない? 公衆電話くらいなら使えるだろうし」

「あ、たしかにね。じゃあそれで。今電話番号教えるから」


 僕は鞄をゴソゴソ漁り手ごろな紙がないかを探すが、そんなものを持ち歩く文化はないので当然入っているはずもない。むしろ何故レジ袋が入っていたのかが謎なくらいだ。

 この場で暗記してもらうしかないかとか僕が考え始めた時、城田さんが一枚の紙を土地神に差し出した。


「これわたしの電話番号。ここに教えてくれたら柊に伝える」


 城田さんは何故か少し不機嫌そうにそう言うと、半ば押し付けるように土地神に渡す。「僕の電話番号も書くよ」と言おうとしたが、それよりも先に城田さんに手を引かれる。

 今までにないくらい強引なそれに僕は口に出すタイミングを見失ってしまい、結局土地神に僕の電話番号は渡せなかった。

 城田さんは結界を解除すると、そのままずんずんと僕の手を引いて公園を出る。


「城田さん?」

「ほら、土地神に柊の電話番号渡したら余計な電話かけそうだから。柊はうんうんって頷いて無駄話に付き合いそうだし」

「あー、まぁね」


 城田さんの名前を呼んだのは手を離してほしいというアピールだったのだが、それは上手く伝わらなかったようだ。そちらはそちらで気になっていたことではあるのだが。

 なんとなく切り出すタイミングを失ってしまい、僕は城田さんに手を引かれたまま歩くのだった。


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