三章「つまり慢心はよくない」
殺されかけた仲
「ねえ柊、顔色悪いけど大丈夫?」
月曜日。城田さんに誘われて一緒に帰路についた僕は、左隣を歩く城田さんからそう言われて首を傾げる。
「そうかな。元からじゃなくて?」
「うーん……? たしかに柊は色白だけど……それにしても顔色悪いよ」
僕の顔を下から覗き込みながらそう言ってくる城田さん。急に近くに顔が現れたものだから僕はドキッとして思わず足を止めてしまう。
その間に僕の前に出た城田さんは、心配そうに「大丈夫?」と声をかけてくれる。
「う、うん。大丈夫だよ。
強いて言えば、ちょっと悪い予感がするだけ」
「悪い予感?」
「うん。特に理由があるわけじゃないけどね」
今朝からずっと感じている悪い予感。
いや、それは予感というほど強いものではなく「なんか気になる」程度だが、今日という日がいかに大事なものであるかを考えればそれは大きな懸念材料であることに間違いはなかった。
僕はチラリと城田さんの顔を見て、さらに詳しく説明するかどうするか考える……が、すぐにその考えを捨てた。
重要な作戦内容を城田さんに漏らすのは、いくら城田さんが信頼できそうだとしても必要がなければ褒められたものではないし、最悪それで城田さんを巻き込みかねない。
「まぁ大したことじゃないから大丈夫だよ」
「……うん。わたしならいつでも相談に乗るからね」
「魔眼持ちの城田さんに言われると頼もしいよ」
僕はそう軽口を言うと止めていた足を再び動かす。
そこからは他愛もない話――最近どんな妖怪が多いだの、好きな夕飯の話だの、いつかカラオケ行ってみたいねだの――をしながらいつも別れる岐路まで歩く。
いや、いつもというのは語弊がある。城田さんと一緒に帰ったのは数回しかないし、なんならちゃんと話すようになってからまだ一か月も経ってない。
ただ、城田さんとは一緒に殺されかけた仲なので行動を共にした時間よりも親密に感じるのだ。
それは城田さんが意外と普通だったのも影響している。いや、一般基準で見たらたしかに変人なのだが、魔法使いにしてはフレンドリーなほうだし常識もあるので、魔法使いだと知ってからは普通だと思えるようになった。
「じゃあね」
軽く手を振りながらそう言うと、城田さんも同じように手を振りながら、
「うん、また。柊気を付けてね」
と言ってはにかんだ。
「城田さんこそ。まぁ大丈夫だと思うけど」
「大丈夫大丈夫。わたしだって弱くはないし」
「今みたいなのフラグって言うんじゃないの?」
「現実にフラグは存在しないから大丈夫」
城田さんは自信満々にそう言うと、軽く手を振って十字路を右に曲がる。僕はそれを見送った後、いつも通り直進して家に帰った。
いつも通り誰もいない家だが、今日は僕一人のはずなのに若干空気がぴりぴりしている。
「やっぱり対人っていうのは慣れないもんだね……緊張するよ」
誰もいない家で僕はそう呟いてみるものの、当然反応はない。
僕は制服を脱ぐと魔法使いとしての正装――動きやすい黒のズボンに、支給品の白いワイシャツ、そしてその上に深いフードが付いたローブを羽織るだけでのもの――に着替えて、時間になるまで仮眠と取ろうとソファーに横になる。
さすがにローブは邪魔なので脱いだものの、やはり心が落ち着かず眠れる気がしない。
早めに夕食にしようかとも思ったが、食べ物が喉を通る気がしないので諦めた。一食抜いたところで死にはしないし。
そのまま目を閉じながら考え事をしていると、僕のスマホがやかましいアラームを鳴らし七時四十五分になったことを知らせた。
血の入った試験管をローブに付いている専用のスペースに仕込み、ローブを羽織って外に出る。さすがに暑いので温度調節の魔法を使いながらになるので勿体ない気がするけど、黒魔法で色々細工をしたローブの安全性のほうが重要なので大した問題ではない。
一般人に見つからないよう気を付けながら集合場所の公園に行き、一般人を遠ざける結界の中に入る。
中にはすでに見覚えのある人たちが揃っていて、ここは本当に日本なんだろうかと一瞬疑ってしまう。
「よお、遅かったな」
古代魔法語でそう話しかけてきたのは、よく僕と同じ任務に就いていたハミという男。一見するとただのアメリカ人のおじさんにしか見えないが、その実力は折り紙付きだ。
というか、ここにいる人たちはみな実力がある。全員僕なんかよりもよっぽど戦闘力が高いし、戦闘力では僕が勝っていてもそのほかの技能で数段階も上。
ほとんどの任務では一人いれば過剰戦力だといえるが、今回に限ってはそうではない。
何故なら相手は世界で最も危険な研究者なのだから。
「では、全員揃ったところで作戦を始めようと思う。作戦内容は前もって報告した通り。説明に余計な時間は使わん」
今回の責任者のジェームズさんは、長く白いひげを揺らしながら厳格な声色でそう告げる。
痕跡を辿る担当の魔法使いは目を閉じると、僕が調達した『異形』の欠片に自らの鼻を近づけた。
「しかし本当にそこにやつはいるのかねぇ?」
「ほかに手掛かりもないし期待するしかないよ」
頭の後ろで腕を組み懐疑的なことを言うハミに、僕はそう返す。
もし先にモモタがいなければ完全にこちらのことがばれるはめになる。
しかしこれ以上時間をかけたところで僕らがばれずに操作できるとも限らない。
さらに魔物の痕跡を辿れる魔法使いは数が少ない割に仕事は多い。今日以外の日だとその調整が難しくなる。
だから、いかに不確定要素が多くても今日やるほかない。
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