魔法使いは常識がない


「腕怪我してるの治すね」


 城田さんは僕に近づくと右腕の傷に手を翳して回復魔法を使う。右腕が淡く光って傷口が一瞬にして治り、ついでに破けた服も直った。


「あ、服についた血も落としちゃうね」

「それは僕がやるから大丈夫だよ。ちょうどしたいことあったし」


 このまま血を落としてしまうのは勿体ないと思ったので、鞄から城田さんにあげるために買ったネックレスを取り出すと、ネックレスに血を擦りつけてから黒魔法を使う。

 服に着いた血を触媒にすることによって、血を無駄にすることなく血を落とすことができるので便利なのだ。自分以外の魔法使いの血ではできないのが欠点だが。

 ちなみにネックレスに込めたのは、精神に干渉する魔法の効果が及ぶのを防止する魔法。ネックレスを着けてないと効果はないし大した血の量でもないのであまり強いものの効果は打ち消せないが……まぁ軽減くらいはできる。

 僕は自分の魔力が上手くネックレスに染み付き効果を発揮しているのを感じて、上手く言ってよかったと胸を撫でおろす。

 目下の問題は、いくら黒魔法で血が消えているとはいえ一度でも他人の血が擦り付けられたものを受け取ってくれるのかといったところだ。

 ……さすがに大丈夫だと信じたい。少なくとも自分は相手からもらったとしても気にならないし。ただ、僕が気にしないからと言って向こうが気にしない理由にはならない。そう考えると若干不安なところだった。


「血がもったいなかったから精神を守る効果をつけてみた。プレゼント」

「……え?」

「ほら、城田さんに似合いそうだなぁって思って。血が気になるなら新しいの買ってくるけど……」

「ううん、気にしないよ。柊の血なら気にならないし。でも……いいの?」

「むしろ城田さんがもらってくれないと困るよ。城田さんにあげようと思って買ったんだから」

「じゃあ……ありがと」


 おずおずとネックレスを受け取ると、着けようと首の後ろに手を回す――が、慣れないのか上手く着けられないようだ。そんな様子を見かねて、城田さんに手を伸ばす。


「あ……」

「ちょっとごめんね」


 手早くネックレスを城田さんに着けると、一歩離れてどうなったかを見る。

 シンプルなデザインの服なので、目論見通りネックレスがいいアクセントとなって城田さんのかわいさを引き立てていた。いつもは白い城田さんの顔は夕日によって赤く染められており、どことなく映画のワンシーンのような美しさを醸し出している。

 城田さんは視線を下に向けてネックレスを暫く触った後、プイっと後ろを向いてしまう。


「……普段はそんなに思わないけど、柊はやっぱり魔法使いなんだね」

「え?」

「常識がないって意味!」

「そうかな? わりと常識人だと思うけど」


 少なくとも城田さんよりは常識があると思う。

 話しかけられればクラスメイトとは普通に会話するし、変なあだ名をつけられることもない。服装だって街で浮かない程度には普通のつもりだし。

 黒魔法に関してはたしかに一般的ではないかもしれないが、常識がないとまでは言えないと思う。

 少なくとも、城田さんには言われたくない。

 どう言い返そうかを考えていると、横からパチパチと拍手の音が聞こえてくる。

 そちらを見てみると、拍手をしているのは笑みを浮かべる土地神だった。

 いや、笑みを浮かべるというと清潔なイメージがどうしても付きまとってしまうがそうではない。その笑みは、物語で相棒役が同性の主人公を恋愛のネタでからかうときのそれに近かった。

「……なにか?」


 城田さんがむすっとした表情でそう聞くと、土地神は、


「い、いやなんでもなくての……ただ……」


 と何か言いたげな笑みを浮かべるだけだった。


「ただ?」

「ただ、おぬしたちの会話が初々しいなと……おぬしら、かっぷるというやつなんじゃろ?

 そうじゃろ?」


 どうやら、僕が土地神の笑みに抱いたイメージはほとんど現実と一致していたようだ。

 つまりどういうことかというと――この笑みを向けられる側はだいぶ面倒くさいことを言われる。


「ち、違う! わたしたちは別に――」

「そんな必死で否定しなくてもわかっておるわ。な?」

「だから――」


 城田さんが必死に否定しようとするが、それはそれで逆に傷つく。

 別に恋愛感情があるわけではないが、僕だって年頃の男だ。「付き合っているわけではない」と女子にそこまで何度も強く言われてしまうと、心が痛む。

 恋人という存在をそこまで欲しているわけではないにしろ、やはりその現実を改めて突き付けられると虚しさを感じてしまうものだ。

 普通の高校生だったらまともな恋愛ができたのだろうかと一瞬考えはするものの、そもそも僕が魔法使いだということをクラスメイトは知らないはずだし、僕のことは『普通』と認識しているはずなので、仮に僕が魔法使いじゃなくても現状が変わるわけもないことに絶望するしかない。


 ――だ、大丈夫だ灰野柊。そもそも恋人がいない高校生男子なんて珍しくないし、まだ悲観的になる時じゃないはずだ。


と自分に言い聞かせながら、土地神と城田さんの会話を聞く役に徹する。

 暫くしてそのやり取りが落ち着いてきた(城田さんが面倒になってきただけだが)頃、僕はタイミングを見計らって、土地神に要件を伝えるために「そんなことより……」と切り出した。


「土地神は最近、あのおかしな魔物……じゃなかった、妖怪に襲われる以外で何か異変はなかった?」


 まだ『妖怪』という表現に慣れていないのでつい魔物と言ってしまったが、幸い土地神にはしっかり質問の意図が伝わったようだ。


「ううむ、特にこれといったことはないのう」

「……柊もやっぱり『なにか』が土地神を狙ってるって思う?」


 城田さんの質問に対して僕は首を縦に振る。

 少し考えればそういう結論に行きつくのは簡単だ。



―――――お知らせ―――――

タイトルを「魔法使いの僕は、クラスメートの女子に飛び膝蹴りされた」に変更しましたっ!

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