謝罪されましても(side雪)



「しゅ、柊!?」


 突然のことにわたしは慌てて柊を起こそうと声をかける。

柊と話をするために彼を床に倒してその上に跨ったことはあったものの、柊から急にこういった行動をされると意識しているわけではないのに顔が赤くなってしまう。

 昨夜柊に急に抱きしめられた時もそうだった。こちらからなら平気でも、柊からされるとどうしても慌ててしまうのだ。


「お、起きて!」

「ん、んん……?」


 気持ちよさそうに寝ているところ申し訳ないが、恥ずかしさで顔から火が出そうだったわたしは、右手で柊のことを揺らして起こそうとする。

 強めに揺すったせいか柊は声を漏らして反応をすると、瞼を開けてしっかりと焦点をわたしに合わせてきた。


「……え?」


 数秒ほどの静寂の後、柊はそう小さく声を漏らした。

 理解できないといった様子で柊はわたしの顔を暫く見てから、視線を抱えているわたしの左腕に向ける。


「あ、ごめん!」


 やっと状況を理解したのか、柊はあたふたしながらそう言うとパッとわたしの左手を離す。


「ごめんね。僕寝起き悪くて……」

「い、いや、別にいいけど」


 びっくりしただけで怪我したわけではないし、そうそう目くじらを立てるつもりもない。

 そう思い口に出そうとしたところ、急に柊がソファーから床に飛び降りてそのままわたしに向かって土下座してくる。


「昨夜は、まことに申し訳ございませんでした!」

「え? ちょ、え? きゅ、急になに!? とりあえず顔をあげて!?」


 あまりにも急で完璧な土下座に、わたしは慌ててそう言う。

 すると柊はゆっくりと顔をあげて、おそるおそるといった様子でわたしのほうを見てくる。

 それはどう見ても許しを請う加害者の顔をしていたのだが……いくら考えてもわたしにはそこまでされる覚えがない。


「それは、どういう……?」

「……昨日の夜、僕が立てた作戦で城田さんを一回殺しちゃってすいませんでした。完全に作戦を立てた僕の作戦です。煮るなり焼くなり好きにしてください」

「ごめん、ちょっとツッコミが追い付かない。まず、わたし今死んでるの? え? 特に体におかしなところないけど」


 さらっと『一回殺しちゃった』とか言われても全く意味が分からない。

 死んだのならわたしが今生きているのはどういうことなのかと疑問が湧くし、死者を生き返らせることは生命を創造することと同様に禁止されている。禁止させるまでもなく不可能なのだけれど。


「えっと……音楽室に入る前に城田さんに血を付けたでしょ? あれおまじないみたいなものって言ったけど、実はあれ一度だけ死ぬ直前に体を回復させる魔法だったんだよ。

 それを付けた状態の城田さんが、殺しきれなかったあの『異形』に攻撃されて一度死にかけたから。

 結果的にあれのおかげで城田さんが生きているとはいえ、あの魔法が発動するような事態になった以上は一度殺したも同然だから……」


 『異形』というのは初めて聞いたが、おそらく昨夜のあの『なにか』のことだろう。

 適当にそう言っているだけかもしれないが、柊の言い方からすると『異形』についてある程度何かを知っているように見える。

 とはいえ今聞きたいのはそこではないので、深く追求することはしない。


「でも、別に柊はわざとわたしを殺そうとしたわけじゃないんでしょ?」

「それはそうだけど……」

「じゃあ別にいいよ。わたしは今生きてるし、トラウマがあるわけじゃないし」


 一度死んだとか言われても全く実感はないし、謝られても特に何も感じない。

 むしろ土下座までされてこっちとしては困ってしまう。実際に土下座されてしまうとどうしていいかわからず非常に気まずいものだ。


「それより、結局あの後どうなったの?」

「えっと、あの『異形』は倒して、土地神にはお帰りいただいたよ」

「……倒した?」

「あ、うん。非常に申し訳ないしさっき僕が土下座した理由の一つでもあるんだけど、実はあんまり使いたくない方法使ったら最初から僕一人でもあれ倒せたんだ……」


 柊はそう言うと、魔法で鞄を引き寄せてその中から一本試験管を取り出す。その中には赤い液体が入っていて、わたしの目はそこに釘付けになる。


「これって……血?」

「うん。黒魔法で倒したんだよ。実は僕の得意魔法なんだ」


 なるほど。たしかに血という対価を使った黒魔法で攻撃したなら、わたしが倒しきれなかったあの黒い『なにか』を倒せたことも納得がいく。

 柊は申し訳なさそうにしているが、黒魔法は使うのが難しいうえに対価も必要とあっては、すぐに使うのではなくわたしとの連携で倒そうとした理由もわかる。

 黒魔法を使う人は自分が黒魔法を使うことを隠そうとするという話も聞くしなんら不思議ではない。

 結果的にわたしは死にかけたらしいけど、それは仕方のないことだったように思う。


「んー、わたしは別に気にしてないよ?」

「でも……やっぱり罪悪感が……」

「なんでそんなに罪悪感を感じてるのかわからないけど――じゃあ、柊も一緒に協会に報告行くのついてきてくれる?」


 わたしとしては別に手間でもないし一人でもよかったが、罪悪感で潰されそうな顔をしている柊のためにそう提案する。

 たしかに、自分のせいで誰かを殺しそうになったとなれば罪悪感もすさまじいものになるだろうし、何も条件がないと許されたという感じがしないだろう。

 それに、わたし一人ではうまく説明しきれない部分もあるので柊に来てもらえるのはありがたい。


「うん、それくらいならいくらでも」

「なら決まり。じゃあ、早速――」


 行こう。

 そう続けようとした時、自分のお腹からグーと空腹を訴える音が聞こえてきた。

 自分の顔が赤くなるのを感じるが、柊は気遣いからかわたしの顔から目を背けて全然関係ないところを見ている。だが、その顔が若干笑っているのをわたしは見逃さなかった。

 そういう反応をされるとさらに恥ずかしさが増すのが人間というものだろう。どうせなら堂々と笑ってくれたほうがわたしとしては気が楽だった。


「……まずは、朝食にしようか」

「うん」


 柊の提案に、わたしは恥ずかしさのあまり悶えそうになりながらも頷いた。


 ――ちなみに、柊の作ってくれたご飯はおいしかった。



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