初めて見る天井(side雪)



 体がぐにゃりと歪む慣れない感覚。人生において二回目のその感覚を味わった瞬間、視界が切り替わり自分の体は黒くて巨大な『なにか』の真上に転移していた。

 転移という日常において馴染みがない行為を想像しなければいけない転移魔法はかなり難しいはずなのだが、柊はそれを簡単に使ってしまう。

魔力の制御も今までわたしが視てきた中で一番上手だし、彼はいったい何者なのだろうか。

 そんな疑問が頭の片隅に浮かぶものの、わたしはその疑問を振り払って目の前の敵に集中する。

 倒すために使うのは、わたしが最も得意とする近接魔法のうち、妖怪には最も効果があるであろう光の剣を振り下ろす魔法。

 普段ならこんなに大きな剣を生み出す余裕はないが、今回は射程距離まで柊が転移魔法で飛ばしてくれたので余裕をもって魔法を行使できる。

 わたしの放った魔法は黒い『なにか』に命中し、それが死んだのを確認しようと、落下するときの浮遊感を味わいながら魔眼を使った瞬間、何故か目の前が真っ暗になった。




 そして、気が付くと目に広がるのは見覚えのない天井。

 ぼんやりとする頭を無理やり動かしてそこまで思い出したところで、わたしは体を起こして自分が今どこにいるのかを確認するために視線を動かす。

 全体的に寒色でそろえられている部屋は、絶対にわたしの寝室ではない。

机の上には難しそうな本が積まれており、カーテンの隙間からはまばゆい光が漏れている。

 壁には見覚えがある男用の制服がかけられていて、それを見たわたしはここが誰の部屋かピンときた。

きっとここは柊の部屋で、どういうわけか倒れたわたしを柊がここまで運んでくれたのだろう。

 わたしは廊下に繋がるであろうドアを開けて、日が入らず薄暗い廊下に出る。そして、おそらくリビングに繋がっているであろうドアまで歩いていき、そっと中を覗く。

 普通の目で見ても誰もいなかったので魔眼を使って視てみると、誰かがソファーに寝ころんでいるのがわかった。

 音をたてないようにそこに近づき、ソファーに寝ている人を確認すると、それはやはり昨夜一緒に魔物を倒した柊だった。

 彼の家なのにソファーで寝ているのはわたしがベッドを取ってしまったせいだろう。どうして寝ていたのかはわからないが、柊には申し訳ないことをしてしまったと思う。

 すぅすぅと安らかな寝息を立てる彼は学校ではありえないほど気を抜いていて、思わずくすりと笑みがこぼれる。

 試しにツンツンと頬を突いてみると、「んん……」と声を漏らすだけで全く起きる気配はない。

 これが本当に昨日魔物を焼き払っていた魔法使いなのかと思うと、少し不思議な感じがする。


 思い返すと柊は本当に不思議な魔法使いだ。

『魔法』という特殊なチカラを使える者はごく僅かしかいない。

 だからこそこの歳でこれほど高度な魔法が使える魔法使いはたとえ国が違くてもある程度の情報は入ってくるものなのだが、彼に関してはおじさんも知らないと言っていたし、他の魔法使いたちも聞いたこともないそうだ。

 まぁそれは百歩譲ってたまたまかもしれないが、彼のおかしなところはそこだけではない。

 同年代とは思えないほど妖怪との戦闘に慣れすぎている。

 普通はこの年齢で妖怪を討伐する経験というのはそうそうあるものではない。わたしだって同年代では妖怪を倒すのに慣れている方なのだが、彼は大人の魔法使いと同じくらい妖怪を倒すことに慣れているのだ。

 一体彼はどれだけヨーロッパで魔物を倒してきたのだろうか。


 そう考えていると、柊がもぞもぞと動き、「ん……」と声を漏らした。

ゆっくりと瞼が開き、日本では珍しい青色の瞳が露になる。普段学校で見ているときは「少し童顔だな」くらいに思っていたのだが、こうして眠そうな顔をしているといつにもまして童顔に見えた。

 学校の女子が「かっこかわいい顔」と言っていたが、今ならわたしにもその気持ちがわかる。決して女らしいかと言われたらそうではないし、男子らしいかっこよさは十分にあるが、顔の雰囲気が柔らかく圧を感じないのだ。行動も決して粗暴ではないし、いい意味で中性的といえる。わたしも含めた周りの人たちはそんな様子を見て、 柊にかわいさとかっこよさの両方を見出すのだろう。


 ――わたしがそんな変なことを真面目に考えていると、柊は暫く焦点の会っていない目でどこかをぼんやりと見つめた後ゆっくりと視線をわたしの顔に移動させる。


 顔に穴が開くんじゃないかというくらい見つめられて、徐々にこっちが恥ずかしくなってくる。自分の顔が少し赤くなっているのを自覚しつつ「な、なに?」と柊に尋ねた。

 すると柊は返事の代わりにすっと手を伸ばしてわたしの左手首をガシッと掴み、自分のほうに引き寄せる。

 急に引っ張られたことでバランスを崩したわたしは慌てて柊の顔の横に手をついて姿勢を整えようとするものの、柊は私の左手をさらに引っ張った挙句抱き枕にするかのようにわたしの左手を抱きかかえてしまう。


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