最悪の白衣(side雪)
眩しさを感じながらも目を開けると、そこにはただ白いだけの天井が広がっているだけだった。
起き上がろうと思って手を動かそうとするも、何かに固定されているのか全く動かない。
何が起きているのか確認しようと思い頭を動かすと、わたしの両手両足は金属製の冷たい台のようなものに手錠で固定されていて、動かそうとしてもガチャガチャとやかましい音を立てるだけだった。
なぜか魔法も満足に使えないし、全身に倦怠感が広がっている。しかし、それでもわたしはなんとか抜け出そうと全身をガチャガチャと動かす。
思い出すのは、気を失う前の魔法協会の中の惨状。
魔法使いどうしで集まって談笑している中突如現れた三体の『なにか』。柊はそれを『異形』と呼んでいた。
わたしたちはすぐに臨戦態勢を取ったが、わたしでも勝てない『異形』が三体も現れてしまった以上、そもそも最初から勝ち目はなかったのだろう。
目の前で一緒に仕事をした人たちがどんどん傷ついていって――わたしは突然意識を失った。
誰かがわたしをここに連れてきて拘束している。そうわかった以上早く抜け出さねばならないし、みんなを助けに行かなければならない。本部に救援を求めるためにも早くしなければ――
「おや、目覚めましたか」
「っ!」
急に声が降ってきて、わたしは声にならない悲鳴を上げる。
相手は何かが面白かったのか、ククッと不気味な笑いを上げるとわたしの顔を覗き込んできて、わたしは言葉を失った。
それは、わたしの知っている男だったからだ。
白衣に身を包みわたしのことを見下ろしてくるその男、百口はわたしのことを舐めるように観察すると手元の紙に何かを書き込む。
「やはり問題はないようですね。これは貴重なデータになりそうです」
「な、なにを……?」
「なに、とは? ただ私は実験結果を記録しているだけですよ」
百口は悪びれる様子もなくそう言うと、再びククッと不気味な声を出す。
「しかし――あの灰野とかいう少年も愚かですね。まんまと私の罠に嵌ってくれましたよ。
最初から目的はあなた一人だったというのに」
聞いてもいないことをペラペラと喋る百口だが、わたしはそれに何も反応できない。
ただ内容を頭で整理するのが精いっぱいだからだ。
百口が黒幕だった。それは衝撃的ではあるがまだわかる。じゃあどうして目的が他の誰でもないわたしなのだろうか。
そう考えて――一つだけ思い当たることがあった。
「魔眼……」
「ん?」
「わたしの魔眼が目当て?」
よく聞く話だ。魔眼を奪うため魔眼持ちの魔法使いを捕らえてその眼球を自分に移植する。
身の毛もよだつ話ではあるが、魔法使いの歴史では実際にそういうことが行われてきた。
わたしは全力で抵抗する。そんな意思を込め強い視線を百口に向けるが、百口はそれを気にする様子もなくさらに話す。
「いえいえ、もちろん魔眼の観察も目的の内ではありますが、それだけが目的ではありませんよ」
「じゃあ……」
「あれ? もしかして灰野君からなにも聞いていませんか?
それは困りましたね。通りで驚愕が薄いわけです。よし、ではここいらで種明かしをしましょう」
百口はそう言うと、気持ちの悪いほど丁寧に頭を下げて、気持ちの悪いほど丁寧に改めて自分の名前を名乗る。
「私の本名は
百田雄太郎。
その名を聞いて、わたしはゾクッと背筋に冷たいものが走るのを感じた。
聞いたことがある。日本が生んでしまった最悪の魔法使いで、全世界で指名手配されている犯罪者。
その罪状は数えきれないほどあるが、その最たる例は『生命創造および魔物改造の罪』。そのほかにも殺人などの違法行為もあり、全世界から五十年ほど追われているにも関わらず捕まっていない。
「しかし――せっかく名前にヒントを隠したというのに気づかないものですね。わかりやすいように二文字一致させてあげたというのに」
これだから一般人は――
そう文句を言う彼だが、こんな状況で呑気にそんなことを言っている神経に恐怖する。
その一挙一動が、言葉の全てが、狂人という印象をこちらに与えてくるのだ。
理解できないことの恐怖。それが間違いなくわたしを襲っていた。
「さて――」
百口――いや、百田はそう言うとわたしに背を向けてカチャカチャと何か固そうな音を立てるものを動かし始める。
台の上に乗った何かだということはわかるが、それが何であるかまでは判別ができない。
鼻歌を歌いながらそれをいじるその様子に、わたしは声を震わせながらも問いかけた。
「な、なにを……?」
「いえね。残念なことにどうもどうやら私がこのあたりに住んでいるとバレてしまったようなのですよ。
それでもう十五年くらい住んでいたこの土地からおさらばしようかと思いまして。このままの見た目だとバレかねないので、心機一転
「そ、それって――」
「新しく私の精神が入るのが女の体というのは少し残念ですが、まぁそのうち慣れるでしょう。
「っ!」
そこまで言われて気が付かないほど鈍感ではない。
わたしは全力で逃げ出そうと体を動かすが、魔法が上手く使えないうえに四肢を固定されてしまっては逃げ出すこともできない。
準備が終わったのか、手に複雑な魔法陣の描かれた本とその他のよくわからないものを持ってこちらに近づいてくる百田。
もはや悲鳴を上げることもできず、ただ「いや、いや……」と小さく言うことしかできなかった。
「大丈夫ですよ。失敗はしませんから」
死刑宣告ともとれるその発言に、わたしはついに言葉すら出なくなった。
誰か助けて。
柊、また助けて。
そう言おうと口を動かすが、そこから漏れ出るのはただの息だけ。
近づいてくるのがスローモーションのようにゆっくりに見えて、恐怖がどんどん近づいてくる。
様々な思い出が頭に浮かんでは消え、それがいっそう恐怖を増す。
気が狂ってしまいそうなほどの恐怖の中、もう駄目だと目を閉じた瞬間――
――耳を
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