氷解していくとはこういうこと



「おいシュウ! 魔法の速度落ちてるぞ! どうかしたのか!?」


 ハミが横で叫ぶが、僕はそれを意図的に無視する。


 しかしよく考えると三回目の襲撃は少々違和感があった。

 わざわざ僕と城田さんがいる時を狙ったのはなぜだろうか。土地神が一人でいるときなんて多いわけだし、その隙を突くことなんて容易かったはずなのに。

 どうして?


 ――土地神を確保することが目的じゃなかった。


 そういう結論に至った時、凝り固まっていた思考が一気に氷解していき、致命的な思い違いに気が付いた。

 思い返せば。思い出してみれば、妙なことはたくさんある。

 なぜ最初から強い異形で土地神を確保しなかったのか。

 他のチャンスを生かさず僕らの前だったのか。

 それらはしなかったのではない。できなかったのだ。全て他の目的があったから。

 よくよく考えてみれば結局校舎で生徒を襲ったのは誰かはまだ判然としていない。

きっとその犯人はモモタで、その目的は城田さんを一人で校舎に呼び出すことだったのだ。

 校舎なら万が一他の魔法使いに遭遇することも少ないだろうし、閉鎖された空間であるから呼び出す先にはもってこいだ。

 そして城田さんを消耗させる目的で土地神を校舎に追い立て、二人を争わせた。仮に二人が和解したとしても『異形』がいれば捻りつぶせるという打算の元だったのだろう。

 だが、そこに僕というイレギュラーが現れた。

 倒されると思っていなかった『異形』を倒し、城田さんも土地神も助けてしまう。

 そこでモモタは作戦を変え、僕に土地神がターゲットだと誤認させるためにわざと僕らの目の前で土地神を襲撃した。


 いや、この時に城田さんを確保できたらいいなという希望もあったのかもしれない。

 真っ先に狙ったのは僕と城田さんだったのだから。

 そして僕は案の定勘違いした。三回の襲撃中二回も城田さんがその場に居合わせたのに、先入観に囚われてモモタが狙うのは土地神だと勘違いした。

 勘違いした僕らはまんまと相手の誘導につられ、ここに転移して持久戦を強いられている。


 もし致死性のトラップがあれば僕らは迷わず一時撤退を選んだだろう。ここにそんなトラップがあるのであれば、いっそのことこの場所から外に出して撃破したほうが安全なのだから。

 モモタはそれをわかっていたからこそ致死性のトラップを使わずに物量で僕らを足止めしている。

 そして、足止めをしている以上は、真のターゲットである城田さんを確保しに行っているだろう。


「ハミ、ここは任せた」

「シュウ!? お前何を……?」

「これは足止め! 別の目的がある!

 逃げるだけならこれだけの『異形』を消費する必要ない!」


 時間が惜しいのでハミが納得しやすそうな理由を選んで伝えると、それを聞いていたジェームズさんが待ったをかけた。


「まさか一人ここを抜けるつもりか? まずはここを殲滅してから――」

「そんなこと言ってる暇ないんだよ!」


 たしかに今一人抜けるということは周りの負担が増えるということだ。

 この場の責任者としてそれを許容するわけにはいかないことはわかっている。

かといって詳しく説明して応援を求める時間はないし、僕の言っていることに確証はないので応援を求めたところで行動が遅れるのは必然だ。

 しかしそれでは間に合わない。急がないと城田さんが危ないかもしれないのだ。

 付き合いは浅いが、それでも城田さんを見捨てることはできない。

 同年代で共通の話題で話せる人がいるとは思わなかったし、遊びに行ったのも楽しかった。カラオケ、というものに行ってみたいし、今度は遊園地も面白そうだと思う。

 だから・・・僕は、この場を抜けるために精一杯屁理屈を考える。


「僕はまだ休暇中です。行動を縛られる理由はありません」


 ジェームズさんは想定外のことを言われたからか、口を半開きにしてぽかんとしている。

 僕はそれを肯定だと勝手に解釈し、「それでは」と一方的に言うと転移魔法を使って離脱した。



 転移先に選んだのは、城田さんが住んでいると言っていた魔法協会からほど近い公園。

 一般人から見えないようにする魔法を使いながら身体強化を併用し走って魔法協会に向かう。

 ものの十秒で辿り着いたそこは、しかし、もう手遅れだったと悟るのに充分なほど酷いありさまだった。

 一般人を寄せ付けない結界こそ残っていたものの、飲み屋に偽装されていた入口は見るも無残に破壊されていて、電気の配線や鉄骨が露出してしまっている。

 驚くほど静かなそれに不気味さすら感じつつ中の様子を窺うと、それは死屍累々といった簡単な言葉では表せない惨劇となっていた。

 そこかしこに血が飛び散り、巨大な魔物の爪痕が壁には深く刻み込まれている。

瓦礫の下やそこかしこからうめき声が上がり、鼻腔を刺激する強い鉄の匂いは吐き気を催す。

 思わず口を押えながら一歩一歩慎重に奥に進んでいくと、ひときわ大きなうめき声が聞こえてきたのでそちらを振り返り――目を見開く。

 そこには、下半身が瓦礫に押しつぶされた浜田さんがいたからだ。


「浜田さん! しっかり!」


 僕は思わずしゃがみ込むと、魔法で瓦礫をどかしながら浜田さんに慣れない回復魔法をかける。

 しかし僕程度の回復魔法では力不足で、若干流れ出る血の量が変わったかもしれない程度の効果しか発揮できない。


「がふっ……」

「っ!」


 口から血を吐いた浜田さんは、それでも意思を失わない強い瞳で僕を見つめる。

 何度か口をパクパクと動かした後、掠れて消えてしまいそうな声を出した。


「ゆ、雪が……」

「わかってます! だから喋らないで――」

「お、俺のことは……いい……雪を……助けて、くれ……。

 大事な、娘、なんだ」


 ローブを握りしめながらまっすぐ瞳を見つめられてしまうと、僕は何も言えなくなる。

 一つ息を吐くと、僕はすくっと立ち上がってローブに仕込んでいた連絡用の魔方陣を起動した。

 魔法陣からカラスが飛び出してきて、前に差しだした僕の手にとまる。


『シュウか? どうしたんだ、作戦中じゃなかったのか?』


 ロッシの怪訝そうな声が聞こえてくるものの、僕はそれを無視して手短に用件だけを言う。

 どうするかを決めた以上、詳しく説明する時間が惜しい。


「今すぐ僕がいる場所にありったけの治療班を連れてきて。早く」

『おいおい、いったいどうして――」

「いいから早く!

もし送ってくれなかったら僕は協会を抜ける」


 カラスと視界を共有していないせいか状況が理解できてないロッシ。

 気の毒だとは思うが、僕が緊急用の連絡手段を使ったことでただならぬ事態だとは察しているのだろう。ロッシの声色が真剣なそれになる。


『いいだろう。お前の責任で出してやる。ほかには?』

「僕が今から移動した先に戦闘部隊を送って」

『今戦闘部隊は――』

「はぁ。わかった」


 そのハッキリとしない言い方が何を言おうとしたものかわかって、八つ当たりだとわかっていてもどうしても心に余裕はなくなってしまう。僕は一方的にカラスを燃やして連絡を終えると、試験管を一本取り出す。

 試験管の残りはこれを除いてあと二本。魔力は八割程度。


 まぁ――どうにかなるか。


 問題は城田さんをどうやって見つけるかだ。

 策がないわけではないが、それがうまくいくかどうかは五分五分……いや、もっと確率は低い。


 だが、それでも――


 僕は一度深呼吸して頭を冷やすと、感覚を研ぎ澄ませながらそれを探す。

 そして試験管を床に叩きつけ、血を使って転移魔法を行使した。



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