尽きない異形と冷静さ
「はぁ、はぁ」
魔法で壁をぶち抜くと、全力で走ったせいで悲鳴を上げる肺に空気を送り込む。
煙が晴れるのを待つのも惜しく、魔法で煙を払い瓦礫を乗り越えて先に進んだ。
部屋の奥にいたのは、魔法協会で見たことのある百口とかいう男と、光沢のある金属の台に固定されている城田さん。
抵抗していたせいか綺麗だった髪は乱れていて、かわいい顔を驚愕で埋め尽くしてこちらを見ている。
「城田さん! 無事!?」
僅か十五メートルほど。その程度しか離れていない相手に届けるには大袈裟なほど大きい声を出してしまった。
城田さんは泣きそうな顔で頷いてくれて、思わず安堵の息を漏らす。
「何故この場所がわかった!」
百口――いや、この場合はあいつがモモタで確定だろう。モモタは僕のことを指さしながらそう叫ぶ。
しかし、それに付き合ってやる義理もない。僕は一瞬で魔法を構築すると、モモタに向かって空気の槍を放つ。
その隙に城田さんを回収しようと全力で走って向かおうとしたが――それよりも先に、モモタの魔法が僕を襲う。
この短い間に反撃してくるとは思っていなかったので焦ったのものの、なんとか防御魔法が間に合った。
しかし僕の勢いは完全に削がれ、その間に僕の周りには二メートルほどの大きさの『異形』が召喚されていた。
僕を囲むように現れたその数五体。
しかしそれを予想していた僕は一体ずつ仕留めるために試験管を一本出そうとする――が、それよりも『異形』の動きのほうが早かった。
アンバランスなほど大きな腕を振り上げ、僕に向かって重いきり振りぬく。その大きさからは想像もつかないような速さで放たれたそれに僕の防御は不完全な形でしか間に合わず、その衝撃を殺しきれずに僕は部屋の壁まで吹き飛ばされる。
「かはっ」
「柊‼」
城田さんの悲鳴のような声が聞こえたのと同時に、『異形』の一体が僕に止めを刺そうと突撃してくる。
しかし、僕が壁に突っ込んだ衝撃で血液の入った試験管は割れていた。
まっすぐ突っ込んでくる『異形』を迎え撃つように地面から岩の槍を突き出すと、『異形』は勢いのままそれに自ら刺さり、鮮血をまき散らす。
自分の体にかかる血を邪魔に感じつつ、『異形』の屍を押し出して僕に突撃を仕掛けてくる『異形』。だが準備が終わった以上もはやこいつらは敵ではない。
黒魔法で数十本もの氷の槍を生み出し、向かってくる『異形』に次々と突き刺していく。
「なかなかやるが――いつまでもつだろうねぇ?」
モモタのそんな声が聞こえてきたと同時に、さらに五体の『異形』が召喚されてくる。
しかし、僕はそれらすべてが現れた瞬間に同じように氷の槍で全てを突き刺して仕留める――が、刺突に対して強い『異形』が紛れ込んでいたのか、そいつは槍をものともせずにこちらに突っ込んできた。
それに対して空気のハンマーを生み出して横向きに振るうことで『異形』を屍たちとともに吹き飛ばした後、弱点であるはずの眼球に改めてさっきよりも細く硬くした氷の槍を突き刺す。
『異形』の死体で部屋が狭くなったので、壁をぶち抜いて死体を部屋の外に吹き飛ばす。
見通しが良くなった部屋で、頬をひくつかせるモモタを見据えた。
先程吹き飛ばされたときに痛めた全身に気休め程度の回復魔法をかけつつ、手の甲で口元についた血を拭う。
「投降する気はない?」
僅かな期待を込めてそう聞くが、最初から期待はしていない。この程度で降伏するわけないし、そういうやつならここまで苦労しない。
しかし、相手からすれば詰んでいる、といえる状況なのだ。
人の来なさそうな山の中腹あたりの地下に存在するこの施設には、モモタが構築した転移防止の結界がある。そのせいで僕は直接この部屋にくることができず、建物の壁を吹き飛ばしながら走ってくるしかなかったのだ。
しかしながら、この『転移できない』というのは相手も同じ条件である。転移防止の結界というのは『相手は駄目だけど自分は転移できる』などという都合のよいものではない。
設置も撤去も時間がかかるうえに、その結界の特性上その効果は敵味方問わず全員に対して発動し、転移魔法によってその結界に出入りすることを完全に防ぐ。
モモタが侵入を拒むため構築した結界が、そのままモモタを捕らえる檻となっているのだ。
「な、なぜ……貴様どうやって――いや、そもそもなぜ――」
ブツブツと呟くモモタに、僕は心の底からの嫌悪感を覚えつつ、丁寧に教えてやる。
「魔法使いは自分の魔力を知覚できる。それは、自分の体から離れていても例外ではない。
まぁ触媒がなければ一定時間で消えちゃうんだけどね」
「っ! まさか!」
モモタは驚愕の表情を浮かべて城田さんのほうを見る。だが、その一瞬の隙を僕は窺っていた。
あらかじめ準備していた転移魔法を、血を代償にして城田さんを起点に発動する。転移先は僕のすぐ隣に設定。これによって城田さんの体は僕のすぐ隣に転移してくる。
急なことにバランスを取れず転びかける城田さんを、両腕でなるだけ優しく支えた。
ネックレスを着けてくれていて助かった。もしこれが無かったら城田さんのところにくることができなかっただろう。
城田さんにプレゼントしたネックレスには僕の魔力が染み付いていた。魔法使いは自分の魔力を認識できるので、本当に注意して探せばその魔力がどこにあるのかを知ることができる。あとはそれを頼りに移動してくれば問題がなかった。
「大丈夫? 待たせてごめんね。
ただ、もう少し待って……ね!」
僕は視線を城田さんからモモタに動かすと、モモタが放った魔法を迎撃する。
「……して」
モモタは感情の窺えない表情でそう言うと、『異形』を次々に召喚する。
それらすべてを黒魔法で撃退しつつ、完全に様子のおかしくなったモモタに攻撃する機会を待つ。
「どうしてどうしてどうしてどうして……」
モモタはブツブツブツブツとそう呟く。
五体……十体……二十体……。
数えるのも面倒になるほどの量の『異形』を倒しても倒しても、『異形』が尽きる予感気配はない。
「どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして!
どうして死なない! どうしてずっと魔法を撃ち続けられる! どうして! どうして!」
子どものように喚き散らしながら頭をかきむしりそう叫ぶモモタ。
もはや注意を逸らす必要もないので僕はそれらすべてを聞き逃しつつ、淡々と『異形』を処理していく。
どれほど経っただろうか。モモタは唐突に叫ぶのをやめた後、濁った瞳で僕のことを見つめてきた。
「ああ、なるほど。そういうことでしたか」
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