狂気は――


 驚くほど冷静で、それでいて狂っている声の響き。

 思わず背筋が凍ってしまいそうなそれを正面から受けて、僕は一瞬動きが止まる。


「なるほどなるほど。いたって簡単なことでしたね」


 モモタはそういうと無差別に『異形』を召喚するのをやめ、自分の周囲に強固な結界を構築する。


「なるほどなるほど」


 防御を貫こうと魔法を放つが、モモタはそれに対して同じく魔法を放って迎撃する。

 黒魔法を使った一撃は難なくモモタの魔法を吹き飛ばし結界に当たるが、威力を削がれた魔法では結界を貫くには至らない。

 もう一度、今度は先程よりも強い魔法を撃とうと構えた瞬間、モモタが自分の白衣の内側から紫色の液体が入った注射器を取り出して自分の腕に突き刺した。

 あっと声を漏らした時にはもう遅い。紫色の液体はすべてモモタの体内に流し込まれていた。

 刹那、モモタの体から先程とはくらべものにならない『圧』が放たれる。


「柊! 魔力が一気に――」

「わかってる!」


 城田さんが僕の服を掴みながら慌てた声で言う。

 魔眼のない僕すら『魔力が増大した』と感じるのだ、魔力が視える城田さんなら余計にそう感じるだろう。

 背中に嫌な汗が流れるのを感じつつ、僕は魔法を準備する。

 モモタはドンと一度地面を踏み鳴らしてモモタを中心に半径三メートルほどの球体の結界を構築しなすと、ニヤリと嫌な笑みを浮かべた。


「灰野君、城田さんを渡してくれれば見逃してあげますよ?」

「……もっとましな冗談にしてよ」

「冗談ではないんですけどね。じゃあ引き渡したくなることを言いましょうか」


 モモタは笑みを崩すことなくそう言うと、ゆっくりと城田さんを指さす。

 城田さんは体を小さく振るわせると、僕の服をさらに強くつかむ。


 モモタはそんな様子すらも愉快だとでもいいたげに唇を歪め――口を開いた。



「実はその娘、私の造った人造人間ホムンクルスなんですよ」



 はっと息を呑んだのは、僕だったのか城田さんだったのか。

 それすらもわからないほど、それは衝撃的な一言だった。



「いやぁ、本当によくできているでしょう?

 魔眼とうまく適合できるかわからなかったですが結果的に適合できましたようですし。しっかり成長もしているようですしね。

 あ、信じられませんか? まぁ理論上は人間と交配できるほど人間と似た存在ですし仕方ありませんね。まぁ人間をもとに造ったので当然と言えば当然ですが。

 とはいえ所詮それは模造品です。そんな模造品のために必死になって傷ついて悲しくはないですか?

 灰野君にとっては何の価値もないモノでしょう? 私に渡してくれたところでさして問題は――」


 悪びれた様子もなくそう言うモモタに、僕の中の何かがぶちっと切れる音がした。

 黒魔法で制御できる限界まで威力を高めた火球を五つ生み出すと、それを怒りのままモモタに向かって撃ちこむ。

 それはやはり結界に阻まれるが、怒りのまま魔法を撃ったことである程度頭が冷えて、なんとか言葉を紡げるようになった。


「造った造ったってうるさいんだよ! だからどうした? 実際に城田さんは生きてるし僕と会話できている。一緒に食事もできるし一緒に遊べる。

 そんな城田さんに対して価値がない?

 んなわけないだろ! 少なくとも僕にとっては大事な友人なんだよ!」


 僕は怒りのままそう言い切ると、先程は五つに分散した火球を一つにまとめてモモタに撃つ。

 モモタはそれに同じく火球をぶつけて威力を削ぐと、結界で難なく受け止めた。


「そうですか――では、悲しいですが死んでください」


 モモタはそう言うと、バッと腕を広げていくつもの魔法を生み出す。

炎の球に氷の矢。雷の剣に空気の槌。

 ありとあらゆる魔法が一斉に僕に向けられ、防御が得意ではない僕は冷や汗をかくしかない。

 とはいえ相手が待ってくれるわけもなく、モモタが手を前に翳した瞬間、それらすべてが僕と城田さんにめがけて飛んでくる。僕どころか城田さんまで殺しかねないそれに、僕は慌てて迎撃の姿勢を取った。

 モモタのように広範囲に結界を構築するのが最も防御として手間はかからない。しかしその分一か所当たりの防御力は下がってしまうし、維持する魔力も馬鹿にならない。

 僕は黒魔法によって一瞬の高出力は得意なものの、魔力の総量自体は平均よりも上程度なので、そんな贅沢な魔力運用はできないのだ。


 だから僕は、手間はかかるものの魔力の効率のよい防御方法を選択する。

つまり、相手の魔法一つ一つに魔法をぶつけることで相手の魔法を打ち消す、という方法だ。

 当然ながらそれはかなり集中力を使う上に、威力が足りないと打ち消しきれずにダメージを受けるというデメリットもある。

 だが、現状それしか方法がないのだ。

 とりあえず相手の猛攻を防いだ僕は瓦礫から巨大な剣を生み出すと、全力でモモタに撃ちこむ――が、案の定それは結界で防がれてしまう。


「灰野君があれだけの私のペットを殺し、今もまだ戦えている理由。それは黒魔法の代償として私のペットの死体を使ったからですね?

 たしかに魔物の死体は黒魔法の代償として使えますし納得です。黒魔法は威力の高い魔法ですから、一体の死体があれば複数体殺すことも可能でしょう。つまり集中力が途切れない限り無限に使える――素晴らしい発想ですね。

 惜しむらくは黒魔法自体が適正に左右される魔法であることでしょうか。今の体には適性がないので残念ですが、次の肉体を創る参考にしましょう。

 ああそうそう、墓標に刻む文字は考えてありますか? 今なら特別に聞いて差し上げましょう」

「……調子に乗って良く喋ることで」


 とはいえ僕が『異形』に対して無双できた理由が判明してしまったというのは非常にまずい。

 この場に残っている『異形』の死骸の数には限りがあるし、モモタはきっと新しい『異形』を出してくれないから補給することもできない。となると消耗戦になるのは避けたいところ。

 しかしながらあの結界を壊すほどの威力を出す黒魔法は今のところ撃てないし、ジリ貧にしか――



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