告白の意味を限定しない方針
「あ、灰野。無事だったんだな!」
三階に差し掛かったときに誰かに名前を呼ばれたのでそちらを見ると、立川がこちらに駆け寄ってきた。
「んー、まぁね」
飛び膝蹴りされたりナイフを突きつけられたりして無事だったとは言えないが、そんな事情を言えるわけもないのでそういうことにしておいた。
魔法使いの存在は一般人に秘匿しておかねばならないし、第一そんなことをいっても信じてはくれないだろう。
「ところで、結局何の話だったんだ? さっきは話してたみたいだし仲良くなったみたいだが。」
「あー、えっと……」
まさか自分と城田さんが魔法使いだって話をするわけにもいかないので、どうにかして誤魔化そうと必死に言い訳を探す……が、驚くほどに思いつかない。
さっさと答えないのも何か後ろめたいことがあると思われそうなので急いで言い訳を探さなければいけないのだが、焦ると逆に何も思いつかなくなってしまうもので、僕は視線をさ迷わせて「あー……」と曖昧な声を出して場を繋ぐ。
「あ、背中汚れてる」
「え? あ、ああ。屋上でのあれのせいかな。あとで綺麗にしておくよ」
僕の背中を見て気が付いたのか、唐突にそう言う城田さんにそう答える。制服を脱げば払えるが、今脱ぐのは面倒だから家帰って制服脱いだ時にズボンとまとめて綺麗にしようと思っていた。
「んー、でも軽く払っておくよ」
どうしても背中の汚れが気になるのか、そう言って僕の背中をパンパン叩く城田さん。
ありがたい話ではあるのだが、家に帰ってから自分でやるのでわざわざしてもらうのは申し訳ない。
「ああ、いいよ。あとでやっとくからさ」
「ううん。わたしが上に乗ってたせいだから」
何気なく城田さんが言った言葉は、僕たちのやりとりを見ていた周囲を固まらせた。
僕は一瞬周りが固まった理由がわからなかったものの、すぐにその理由に思い至る。男女が人目のない屋上にいて、女のほうが男の上に乗っていたという発言。
この二つから思春期の高校生たちが思い描くものは限られているだろう。
それとは違うものを思い描いたとしても、そもそも人の上に乗るというのが普通ではないものなので、周りがざわつくのも納得してしまった。
「あ、えっと……」
どうにか弁解しようとして言葉を探すが、焦りのあまりうまい言い訳を思い浮かばない。昔からこういうアドリブに弱いのだ。
僕は助けを求めようと自分の斜め後ろにいる城田さんをチラリと見る――が、何故こうなったのかわからないのか不思議そうな顔をしている。
なぜ……なぜわからないんだ城田さん。
「……灰野?」
「ひぃっ!」
立川が発した冷たい声に、思わず怯えて後ずさってしまう。その表情はにっこりと笑っているものの目だけが笑っていないため、控えめに言って怖い。
昔巨大な魔物に睨まれた時よりも恐怖を感じる。魔物より怖いなんて立川はいったい何者なんだろう。
「ちょ、ちょっと立川、一回落ち着こう? ね?」
「こ、これが落ち着いていられるかぁ!」
僕がなだめようとするものの逆効果だったようで、火に油を注ぐ結果になってしまった。
そのあまりの迫力に、城田さんが「きゃっ!」と悲鳴を上げて僕のブレザーをぎゅっと握る。結果的にその行動は立川の勘違いに確信を持たせたようで、彼から発せられる圧力が跳ね上がった。
「俺が心配しているときにお前は城田さんといったいナニをしてたんだ! どうせあれなんだろ? ふたりで甘ーい空気を醸し出してたんだろ!」
「ち、違うよ! そんなことはしてない!」
「この期に及んで何言ってんだ! 屋上で城田さんに熱い告白をされて、そのまま二人はめでたくゴールイン。そして、二人は人気のない屋上で制服のまま火照った体を重ねた……ってやつなんだろ! 羨ましいぞこの野郎! 爆発しろ! いや、爆破してやる!」
「想像が細かい! 何一つ合ってないよ!」
一体どんな展開だよ。というか、常識的に考えてそんな展開があるわけない。あまりにも都合が良すぎるだろう。
だいたい、そんなのを思いつくとか、どんだけこいつの脳はヘンな方向に寄っているのだろうか。十八歳未満は読んではいけないはずの書物を、こいつは飽きるほど読んでいるのかもしれない。この発想力、それくらいじゃないと説明がつかないだろう。
というかこいつ今ナチュラルに爆破予告してきやがった。
「じゃあお前たちは屋上でナニをしてたんだよ!」
「そ、それは……」
そう聞かれてしまっては何と答えればいいのかもわからず、僕は視線を泳がせて誤魔化すしかない。
僕たちが魔法使いだということを隠さなければいけないから起こったことをありのまま伝えるわけにもいかないが、下手な誤魔化しは通用しないだろうから上手い言い訳を考える必要がある。
しかし、なかなかいい言い訳が思いつかない。そもそもわざわざ人気のないところに呼び出してまでしなくてはいけないことというのがあまりないのだ。
「ほら! やっぱり言えないようなことをしてたんだろ!」
確かに言えないようなことではあったものの、絶対に立川の想像しているようなものではない。
ただ今の僕にはそれを伝える術がないし、説得力のある言い訳を思いつかないから弁明することもできないのが辛いところだ。
「ほら、城田さんも何か言ってよ!」
きっと城田さんなら何とかしてくれるはずだ。
焦った僕が匙を投げて城田さんにそう話を振ると、城田さんは首を傾げながらも口を開いた。
「ん? 確かに、他人に言えないような告白したよ?」
「…………」
「「「…………」」」
こくんと首を傾げた城田さんが放ったその一言は、周囲の疑惑を確信に変えるのに十分な威力を持っていた。
いや、確かに「自分が魔法使いだという秘密」を打ち明けたという意味では告白と言えるし、その内容は他人に言えないような内容だろう。
たしかにその通りだ。否定する余地はないし、何も間違っていない。
ただ、それにしても……。
「言い方ってあるでしょ!」
よりにもよってそんな言い方しなくてもいいと思う。そんな言い方したら確実に勘違いされるに決まっている。
城田さんの表情を見れば自覚がないとわかるが、自覚がなければ許されるといったものでもない。
むしろこの件に関しては自覚がないのが一番困る。自覚があれば城田さんが自分の口で弁明してくれるだろうけど、自覚がないんじゃそれも望めない。
かといって今周りが僕たちのことをどういう目で見ているかを城田さんに説明するのはセクハラになりかねないのでそれはできなかった。
つまるところ……もはや僕にはどうしようもない。
「は、い、の?」
「ひ、ひぃ!」
さらに迫力を増した立川に、今まで遭遇したどんな魔物よりも強烈な恐怖を感じる。男の嫉妬は怖い。
嫉妬されることしてないけど、こんな怖い思いをしなくちゃいけないなんてすごい損している。いったい僕が何をしたというのだろうか。
飛び膝蹴りされて馬乗りにされて脅迫されて――思い出すだけで泣きそうになるくらい散々な目にしかあってない。
「し、城田さん。逃げるよ!」
「えっ、え?」
いろいろなことを諦めた僕は、目の前の怖い人から逃げるべく城田さんの手を引いて駆け出す。廊下は走るなとか言われても今はそうしてでも逃げなければいけない。
今命の危機を感じているから、学校のルールなんてものに縛られている場合ではないのだ。
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