魔法使いのお願い
「ねぇ、城田さん。お願いがあるんだけど」
「な、なに?」
「そろそろ僕の上からどいてくれないかな? 左腕も痛いし」
城田さんは突飛な行動をとる変人とはいえ、見た目はとてもかわいいのだ。同年代の美少女に馬乗りにされるのは精神衛生上かなりよろしくない。具体的にどうよくないとは言わないが、とにかくよくないのだ。
緊張感があるうちはまだよかったが、緊張感がなくなった途端城田さんの体温とかを若干意識してしまう自分がいる。
……僕も男だから仕方のないこと……なはずだ。
「あ、ご、ごめん!」
僕に乗っていることを失念していたのか、城田さんは僕の上から飛びのいて氷のナイフを消す。やはり、あの氷のナイフは魔法だったようだ。
思い返してみると、おそらく飛び蹴りしたときには体を強化する魔法を使っていたのだろう。充分ヒントはあったはずだが城田さんが魔法使いだと思い至らなかったのは、僕が急な事態に動揺していたからだろう。あの状況で冷静さを保てというのも難しい話かもしれないが、やはりあの時の自分は慌てすぎていたといえる。
いや、それにしても城田さんが魔法使いだとは思い至らないか。普通そんな可能性は考えないし、考えたとしても数少ない魔法使いがたまたま同じ高校でたまたま同じクラスでたまたま隣の席になる確率はほぼないといえるので、すぐにその可能性は捨てていただろう。
まぁその低確率の事態が実際にこの場で起こっているのだが。
「まぁ、前に僕が呼び出されたときに行かなかったのが悪いしね。全然気にして――痛っ!」
起き上がろうとしてうっかり左腕に体重をかけてしまい激痛が走る。
こういううっかりしたミスをしてしまうことが多々あるのだ。そういうところを直すべきだとは思うのだが、うっかりしてしまうものは仕方がない。
痛みで泣きそうになりながらも袖をまくって右手で左腕に触れると、あまり得意じゃない回復魔法を自分にかける。左腕が淡く光って痛みや腫れがひいていく。
もっと早く回復魔法をかけたかったが、ナイフ突き付けられてる状態で回復魔法を使うのは躊躇われたから仕方ない。まぁ後半は城田さんとの話に夢中になって忘れていただけなのだが。
軽く左腕の動作確認をして異常がないのを確認した後、立ち上がって制服の汚れを払う。完全には落としきれなかったので後で魔法を使って綺麗にしようと思いつつ、魔法で鞄を手元に引き寄せる。
わざわざ鞄のところまで移動するのも面倒だし、魔法を使っているところを城田さんに見られても問題ないからこれくらいの楽はしたい。
「……綺麗な魔力操作」
「ありがと。魔眼持ちの城田さんにそう言ってもらえると嬉しいよ。
まぁ、鞄を取り寄せるだけのために魔力を使うのは無駄遣いだけどね」
普段なら僕もこんなことはしないのだが、今日はいろいろあって疲れたから魔力よりも体力を節約することにした。それに、鞄を手元に引き寄せるくらいの魔法なら大した消耗もない。
「あ、そういえば、妖怪の退治っていつするの?」
「今日は新月で妖怪が強いから、明日にするつもり」
「そっか、今日新月だったね。なら、そうしよっか」
新月や満月の日にのみ被害を出す魔物もいるから一概には言えないのだが、基本的に新月と満月の日に妖怪を含む魔物の力は増すので強い魔物を退治するのは新月と満月の日を避けることが多い。
それはやはり日本でも変わらないのだろう。とはいえ、僕はあまり新月とか満月とか意識したことがなかったのでその考えは少し新鮮だ。
「うん。明日夜八時に校門前集合でどう?」
「わかった。それでいいよ。じゃあ、いろいろ決まったし帰ろうか」
「あ、待って。わたしも鞄回収する」
そう言って城田さんは魔法を使うと、城田さんが隠れていたと思われる貯水タンクの上から鞄を引き寄せる。直接取ろうと思ったら梯子を使わなければいけないし、あそこまで登って鞄を取りに行くのは大変なので魔法を使う気持ちはわかる。
「じゃ、行こ」
そう言って屋上の扉をくぐる城田さんに続いて屋上を出ると、城田さんが魔法を使って屋上に鍵をかけた。
おそらく、城田さんが屋上の鍵を勝手に開けて入ったから、証拠隠滅のためだろう。
「それにしても、まさか同じ高校にいるとは思わなかったよ」
万が一別の人に聞かれることも考えて『魔法使い』という単語を入れなかったが、城田さんにはうまく伝わったようでうんうんと頷いてくれた。
「わたしもいると思ってなかったから、入学式でびっくりした」
「あー、やっぱりびっくりするよね。ちなみに、他にこの高校に誰かいるの?」
「全校生徒を知らないからわからないけど、いないと思う」
「だよね。世界的に見ても人数が少ないし」
そんな雑談をしながら階段を下りていく。同年代の魔法使いって少なかったからこうして話すのが貴重だ。今までは城田さんを『やばい人』だと思っていたのだが、僕に関わろうとする理由がわかって納得した。
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