機密情報の開示


「……ああ、それが機密だというのならば極力漏らさないように努力しよう」

「ありがとうございます。

……ではまず僕の身分から。僕はヨーロッパ魔法協会所属の魔法使いです」


 胸元から身分を証明する指輪を取り出して見せながらそう言う。

 それを暫くの間驚愕の表情で見ていた浜田さんだが、何か納得のいくことがあったのか小さく頷くと口を開いた。


「なるほど。ヨーロッパ魔法協会所属なのであればその異形とやらを倒せたことも納得がいく。ヨーロッパ魔法協会といえば、各国の魔法協会から優秀な人材を引き抜いていると有名だからな」


 自分が優秀だと言われているようで同意しにくかったが、それはおおむね合っている。

 ヨーロッパ内なら国境関係なしに働くその都合上、回ってくる仕事は難易度の高いものばかり。それらに対処するためには、一定以上の水準の魔法使いをそろえる必要が出てくる。

 自分がその一人だと宣言するのは控えめに言ってかなり恥ずかしいことだが、『灰野柊』という子どもの話では説得力に欠けるかもしれないので、仕方なく身分を明かした。秘密だとしたのは……城田さんにバレたら恥ずかしいからだ。


「まぁ、その話は置いておいて本題を。僕と城田さんが戦った『異形』というのは、現在『生命創造および魔物改造の罪』などで指名手配されているユウタロウ・モモタの創り出したキメラの一種とみられています」


 モモタの生み出す多種多様なキメラ。それらは自然発生的に生まれるキメラとはまるで見た目もその強さも違うことから『異形』とヨーロッパ魔法協会では呼ばれている。

 やや安直すぎる気はするものの、わかりやすくいい名前だと思う。


「待て、なぜ指名手配犯の創ったキメラがこんな何もない街に?」

「それはよくわかりませんが――一番可能性が高いのは、モモタがこのあたりに潜伏しているということでしょう。僕らの調査から、拠点の一つが東アジアにあるのは掴んでいます」


 その調査結果も信憑性がないものだったのだが、実際に『異形』が現れた以上その通りだったと結論付けられる。

 『東アジア』なんて広い範囲にいるといわれたってどうしろと、という感じで報告を受けていたが、その情報が今回の仮説の信憑性を高めることになるとは、世の中というものはわからない。


「つまり、そのことを俺に話したのはその情報収集と注意喚起か? そして、お前はそれを調査しに来た調査員ということか」

「あ、いえ。確かに僕はモモタを追跡する任務をしていたこともありますが、今は完全に休暇……というか、高校に通うために休職中です」

「は? 高校?」


 信じられない。そんな心の声が聞こえてきそうな驚愕の表情を浮かべる浜田さんだが、僕も最初に「高校に通わせるから仕事暫く休め!」と言われたときには似たような反応をした記憶がある。

 日頃から散々人材不足だと言っておきながら、高校に行かせるために休ませるなんて本当に意味が分からない。まぁ、僕自身損はしてないので別にいいが。


「ええ。親の方針で。中学時代はろくに通学できていなかったので高校くらいはちゃんと行きなさい、と。

 祖父がこのあたり出身だったので近くの高校に通い始めたのですが――まさか日本でも仕事をする羽目になるとは思っていませんでしたよ」


 とはいえモモタはかなり優秀なので、日本の魔法協会に丸投げするわけにもいかない。

 下手に刺激して逃げられるだけならまだしも、キメラを市街地に解き放たれでもしたらそれこそ地獄絵図だ。ここは慎重に行動する必要がある。


「何か……ご苦労だな。で、俺はどうすればいい? 生憎俺のもとにそれに関連する情報はないが」

「あー、まぁモモタはそう簡単に痕跡を残すような人じゃありませんよ。おそらく僕たちを襲ったキメラも何かの手違いでしょう。

 僕が貴方に要求するのは、何があっても普段通りに振舞うことと、もしまた『異形』が現れた場合に僕に連絡をすることです」

「こちらで調査はしなくていいのか?」

「できればしないでいただけると――というか、それが裏目に出かねないんですよ……」


 僕はつい昨年あった苦い記憶を思い出して苦笑する。

 思い返してみれも、あれは僕にとっていろいろな意味で忘れられない作戦だったといえる。


「とある国で彼を追い詰めた時に上司がやらかして逃げられてしまったんですよ。

 上司が協力を要請した現地の魔法協会の支部の中に魔法で化けたモモタが紛れ込んでいて、作戦がすべて筒抜け。

 拠点に攻め込んだら万全の状態で待ち構えられていたんです」


 あれは大変だった。

 想定の十倍を超える数の『異形』たちに、様々な魔法のトラップ。今にして思えば生還できたのが奇跡だ。


「なるほど。つまりこちらでも同じことが起こるのではと思っているのだな」

「はい。いつの間にか入れ替わっていても気付かない。それが恐ろしいところです。城田さんの魔眼があれば見分けられると思いますが、万が一のことがあるので」

「わかった。だが、一つこちらからもお願いがある。なるべく雪と一緒にいてやってくれないか。どうも悪い予感がするんだ」

「別にいいですけど……悪い予感?」

「ああ。魔法使いの勘だ」


 魔法使いの勘。それは一般人の勘とはわけが違う。

 魔力とは占星術やタロットカードなどで未来を予知することに使われることもあるチカラだ。

 そして、そんな魔力を持つ僕ら魔法使いの勘は、勘というよりも予知に近いものがある。

簡単に言うと、とても良く当たってしまうのだ。


「わかりました。できる限りの努力はしましょう」

「感謝する。雪は俺の娘のようなものだからな。心配なんだ

 さて、雪を長い時間待たせるのも悪いし今日のところはこの辺で話を終えよう!」


 そう言うと立ち上がってドアのほうに歩いていく浜田さん。急にテンションが高くなったことに驚きつつも、僕は各種結界を解除してその後についていく。



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