過保護もたいがいに


 支部長室を出て向かった先はこの支部のエントランス。

 先程は浜田さんに襲われて気にする余裕がなかったが、広い空間の壁際には丸いテーブルが並べられていて、各テーブルには四脚の椅子がテーブルを囲むように置かれている。

 そこそこの人数の魔法使いたちがガヤガヤと何かを飲みながら椅子に座って話していて、そこは魔法協会というよりもバーに近い雰囲気がある。まぁバーなんて数えるほどしか行ったことがないのだが。


「あ、柊。こっち」


 僕たちを見つけた城田さんは、手を振ってアピールすると空いている椅子を示す。

 城田さんの座るテーブルには城田さんのほかに見知らぬ男が一人座っていて、ペコリとこちらに会釈してきた。

 僕は空いている城田さんの横に座りながら会釈を返す。


「柊、この人はこの支部に所属する魔法使いの百口ももくち雄介ゆうすけ。魔物の生態に詳しい学者で、研究好き。

 百口さん、この人は灰野柊。クラスメイトで優秀な魔法使い」

「どうもお初にお目にかかります。数字の百にマウスの口で百口、英雄の雄に介護の介で雄介です」

「あ、どうも。灰野です。灰色の灰に野原の野です」


 なんとなく文字の成り立ちまで名乗られると、こちらも返さなければいけない気がする。

 百口という人は日本人らしい黒髪黒目に、痩せすぎに見える体型と頬。肌の色は病的なまでに白く、何となく病弱なのかと思ってしまう。年齢はだいたい四十といったところだろうか。

 もしかしたら僕が思うよりももう少し若いかもしれないが、不健康そうな見た目からそう見えてしまう。


「ご丁寧にどうも。しかし城田さんが優秀と言うくらいですから、さぞかしすごいんでしょうね……私、実戦は全くできないので羨ましいです。ぜひ一度魔法を見せていただいても? というか、どうしてここへ? もしかして城田さんのカレシだったり――」


 百口さんは学者らしい早口でそう言うが、それを遮る声があった。


「おいおいおい、シャレにならねぇこと言うなよ。雪に彼氏なんて早すぎる。俺に力で勝てるやつじゃねえと認めねえぞ!」


 浜田さんはドカッと椅子に腰かけると、不機嫌そうにそう言う。

 筋骨隆々の浜田さんに勝てる人なんて早々いないと思うのは僕だけだろうか。少なくとも僕は体を強化する魔法を使っても勝てる気がしない。


「相変わらず親バカですねえ。血がつながっていないとは思えません」

「はっ。言ってろ」

「でももう手遅れかもしれませんよ。お二人はよく一緒にいるようですし、城田さん昨日は灰野君のお宅に泊まったらしいですから」

「……は?」


 それは、僕が今まで聞いたどんな「は?」よりも低く、まるで心の芯まで恐怖で凍りそうなほどの圧を放っていた。

 ギギギという擬音が似合いそうな感じでゆっくりこっちを向く浜田さんに、僕は『異形』よりも強いオーラを感じる。


「てっきり、朝まで討伐にかかったのかと思っていたら、お前、よくも雪を――」

「ち、ちがいます! 僕は倒れた城田さんを仕方なく――城田さんの家も知りませんでしたし! 仕方なかったんですよ!」


 何が違うのかは自分でもいまいちわからないが、何となく何かを否定しておかないと酷いことになりそうだった。

 いや、既に精神的には割と無事ではないのだが。出会て数秒で浜田さんに襲われた段階で元気はなくなってしまった。


「あ、そういえば柊はわたしの家知らないのか。ここだよ、わたしの家。

あと、おじさんもあんまり威圧しないであげて」

「……雪がそう言うなら仕方ない」


 浜田さんはすっと放っていた覇気を消す。

 今回はちゃんと城田さんの言うことを聞いてくれて助かった。また襲い掛かられたらどうしようかと気が気じゃなかったのだ。


「というか、城田さんここに住んでるんだ。こっちの魔法協会ではそれが普通なの?」

「ううん。わたしは浜田さんの養子みたいなものだから。両親が妖怪に襲われて死んで、浜田さんに引き取られたの」

「そうなんだ……辛いこと聞いちゃってごめんね」

「ううん。わたしが赤ちゃんの時の話だから特にツラいとかないよ」


 魔物に襲われる。

 一般人なら馴染みのないものだが、僕ら魔法使いにとってはよくある死因の一つ。

 魔物は魔法の源である魔力を喰らって生きている。魔力は空気中にも微量に含まれるし、野菜や水なんかにも含まれている。

 しかし、一番魔力が濃くあるのは僕ら魔法使いの肉体だ。強い魔物はそれを狙って魔法使いを襲うことがよくある。

 結果、城田さんのように両親が魔物に殺されて孤児になるケースが生まれてしまう。まぁ、魔物討伐の失敗、というのも往々にしてあるが。


「あ、そういえば私家でやることがありました。では私はこれで」


 百口さんはそう言うと思ったよりも機敏に動いて、瞬く間にエントランスから外に出て行ってしまう。

 城田さんとはまた違った意味で変な人だ。いや、そもそも城田さんは魔法使いという括りの中ではまともなほうかもしれない。


「あ、じゃあ僕もそろそろ帰るよ。家でちょっとやることあるから」


 あんまり長居してもやることないし、なるべく早くモモタの情報を集めたい。

 一応仕事は休み扱いなので僕が調べる義理はないといえばないのだが、僕の平穏な生活を脅かされる可能性があるのでさっさとモモタを捕まえてしまいたいのだ。

 それに、長引けば長引くほど相手の戦力が増えかねないことを考えると、さっさと始末するに限る。

 まぁ、結局のところ相手の位置がつかめないとどうしようもないのだけれど。


「わかった。じゃあまたね」

「うん。じゃあね」


 手を振って城田さんに別れを告げると、「ではまた」と浜田さんにも挨拶をしてから日本魔法協会の支部を出る。

 家に帰るための道を歩きながら、僕はどういうふうに調査をするかを考える。

 おそらくモモタが昨日『異形』を高校に放った目的はあの土地神とやらだろう。研究対象として捕らえようとしたのか、それとも何らかの意図で消そうとしたのかはわからないが、あの土地神が関わっている可能性は高い。

 しかし、昨日別れてから土地神が何処に行ったのかはわからないし、探そうと思っても当てがない。

 結局はそれっぽいところを地道に探していくしかなさそうだ。


「はぁ……めんど」


 どちらかというと魔物を倒すほうが得意な僕からすれば、非常に退屈で面倒な作業なことは間違いなかった。



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