魔法使いは猫の手も借りたい



 土日と手掛かりを探したものの、ろくな情報が集まらなかった。

 そもそも僕は情報収集が得意分野ではないし、相手は天才と呼ばれる類の魔法使いなのでそう簡単に手掛かりを残すとは思えない。

 むしろ手掛かりがそう簡単に見つかったら相手の偽造を疑う。


「はぁ……」


 平日は行動できるのが学校が終わってからなので、必然的に行動時間は遅くなる。

 すると当然帰る時間は遅くなるし、そこから課題だの風呂だのを済ませると寝るのはいつもよりもかなり遅くなってしまう。

 結果として僕の睡眠時間は削れに削れ、金曜日放課後の現在寝不足に悩まされているのだった。

 眠気に負けて生み出してしまった、まっさらで何も文字が記述されていないノートを前にして溜息を吐くしかない。


「なぁ、本当に大丈夫か? 何かあったんじゃないのか? 相談なら乗るぞ」

「いろいろあって寝不足なんだよ。テスト終わったばっかりなのが救いだけどさ……」


 これにテスト勉強も追加されたらマジで死ぬところだった。最悪魔法でのカンニングも辞さないが、せっかく学校に通ってる以上はあまり姑息な手は使いたくない。まぁ赤点取りそうなら諦めて魔法使うのだが。


「まぁ、頑張れよ。いろいろな」


 立川は何か含みのある言い方をしてサムズアップすると、ニヤニヤと不吉な笑みを浮かべて立ち去っていった。

 寝不足で回らない頭を何とか動かしながらその意図について考えていると、急に後ろから肩を突かれてビクッと反応してしまう。慌てて後ろを振り返ると、そこには心配そうな顔の城田さんが僕を見ていた。


「ねぇ、大丈夫? やっぱりあれ・・関連のなにか?」


 一般人が周りにたくさんいる状況だからか城田さんはそうぼかして言うが、おおよそ何が言いたいかはわかる。おそらく城田さんの言う『あれ』とはこの前倒した『異形』のことだろう。

 城田さんには細かいことは話していないのであまり詳しいことは知らないはずだが、『異形』関連だということを想像するのは簡単なはずだ。


「あー、そんな感じかな」

「……何か手伝う? 大変そうだし」

「いや、大丈夫だよ。一応仕事だから一人でしないとね」


 手伝ってもらおうとすると機密が絡んできたりしてちょっと厳しいし、何より戦力的に心許ない城田さんを巻き込むわけにはいかない。

 ぶっちゃけ猫の手も借りたいところではあるがあくまでもこれは僕の仕事なのだ。僕が頑張るしかない。


「ま、大丈夫だよ。ほんとに無茶はしないから」

「ならいいけど……何かあったら相談してね?」

「うん、そうするよ。この辺のことは城田さんのほうが詳しいだろうしね」

「どんどん聞いていいよ。この前は助けてもらったし」

「頼りにしてるね」


 城田さんの妖怪の知識は僕よりも断然上だし、とても頼りにしている。魔眼を持っているというのも城田さんの強みだ。

 だが一つ懸念――というか疑問があるとすれば、結局あの後ロッシの情報網を使って城田さんについて調べてもらっても一切の情報が出てこなかったところだ。

 城田さんほど優秀な魔眼を持っている魔法使いの存在を徹底的に秘匿しているということになるのだが、城田さん本人は特に隠す気があるようには見えない。

 となると誰か別の人が情報統制をしているんだろうということになるが――何か怪しげな事情がある気がする。尤も、これはただの勘でしかないのだが、ただの勘だと捨て置くこともできない。


「あ、そうだ。夕に用事があってきたんだ。この後暇?」

「今日は仕事休みにすることにしたから暇だよ。何か用事?」


 モモタのことを調査するのは仕事だが、貴重な日本の魔法使いとの接点である城田さんと友好関係を深めるというのも大事なので城田さんの用事を優先しよう。

 もちろん、単純に僕が調査に疲れたというのと個人的に城田さんと仲良くしたいという思いがあるというのもある。というかむしろそっちのほうがメインだ。

 たしかに城田さんと仲良くするのは仕事にとっても有意義だが、それとは別に仲良くしたいという思いももちろんある。


「うん。ちょっとね。これからついてきてほしいところがある」

「わかった。じゃあ早速行こうか」


 僕は荷物を持って立ち上がると、城田さんと一緒に学校を出る。

 城田さんはそのまま学校の裏の山まで僕を連れていく。

 しばらく歩きにくい石畳の道を歩いていくと、赤い古びた建造物のゲートが現れた。

 直接見たのは初めてだがこれが鳥居というものだろう。やはり日本人にとって『神』が住む場所だからか、こうして見てみると神々しく感じる……気がする。


「ここは?」

「この前の土地神様が住んでるっていう神社。朝たまたま会って、『暇なときに二人で来てね!』って言われたから」

「なるほど……アレ本当に土地神様だったんだね。どうも日本の『神』って概念には慣れないけど……」


 同じ神という括りでもやはりその土地の宗教や文化が違うとだいぶ違うことを痛感させられる。

 僕に限らずヨーロッパの魔法使いはたいてい宗教に対して敵視に近い感情を持っているが、日本は宗教と魔法使いが上手く共存しているようだ。おそらく日本の『神』が『妖怪』と近しいものだからだろう。




 そんなことを城田さんと話しながら待っていると、奥にある建物――城田さん曰くやしろというらしい――から一週間前に見た記憶がある狐耳の美女が出てきた。


「こんにちは」

「うむ。よくきてくれたの」


 城田さんが頭を下げて出迎えたのに、土地神の狐は偉ぶった態度で返す。

むかつくけど城田さんが何も言ってないのに文句を言うのも何か違うのでおとなしく黙っていることにした。


「それで、何の用事ですか?」

「実はの、一応おぬしらには世話になったから礼をしようかと思ったんじゃが……如何せんあっしにはこのような寂れた神社しかないのでの。

だからひとまずこれを礼にしようと思う」


 土地神はそう言うと僕らに二枚の縦長な紙を差し出してくる。

 城田さんと二人でそれを覗き込んでみると、それは近くの水族館の入場券だった。


「ほら、せっかくじゃから二人で楽しんでくるといい」


 ……いや、特にお礼に期待はしてなかったからありがたいといえばありがたいのだが、なんというか想像の斜め上を行かれた感が半端じゃない。

 てっきり何か効果がある呪符とかそういう『日本の妖怪らしいもの』かと思っていたのだが、まさかの水族館の入場券。

 拍子抜けというかなんというか……いや、ありがたいとは思う。思うけれど……。


「あ、ありがとうございます」

「うむ。二人で仲良くいくんじゃぞ。ぺあちけっとというものらしいからな」


 城田さんにチケットを二枚とも渡した後、土地神は僕と城田さんの肩を軽く叩いて踵を返す。

 そのまま社の中に帰っていった土地神を見送った後、僕と城田さんはお互いに顔を見合わせる。


「……これ、どうする?」

「まぁ……せっかくもらったし行くしかないよね。どうしてこれにしたのかは全く分からなかったけど」

「神様だし何か意図があったのかも……わからないけど」


 土地神の意図など僕らにはわかるはずもないのでこれ以上考えるのは諦める。

 ちょうどお互い明日は何の予定も入っていないので、早速明日二人で遊園地に行くことにして、待ち合わせ時間と場所を決めた後僕ら二人は神社から出て家に帰った。



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