魔法は便利だが弊害もある
土曜日の昼前。待ち合わせ場所である僕らの最寄り駅は、同じような年頃の人たちがそこそこ居て少子化など感じさせない程度には賑わっていた。
所々に学校で見かけた覚えのある人もいる。まぁこのあたりでは大きい駅なので待ち合わせにはちょうどいいのだろう。近くには遊ぶ場所もあるし。
思ったよりも外は暑く、春物の服ではさすがに厳しくなってきた。
とはいえまだ夏の服装は早い気もするしほんと微妙な時期だ。そして何より日本は湿度が高いのが一番辛いところ。ジメジメしたのは苦手だ。
待ち合わせの午前十時になっても城田さんは来ないのでスマホを触りながら待っていると、城田さんから「ごめん、少し遅れる」と簡潔なメッセージが送られてきた。
まぁ女性の準備はやることが多いし、多少遅れるのは仕方ないだろう。もっと世間は時間にルーズに生きたっていいのではないのだろうか。死ぬわけでもないし。
「ん……?」
ふと視線を感じてあたりをキョロキョロと見渡してみると、物陰から僕のことをじぃっと見つめる誰かがいた。
銀色の髪にぴょこぴょこと覗く狐の耳。
……どう見ても土地神にしか見えない。
一体全体何をしているんだろう。あんなにガン見してくるなら普通に話しかけてくればいいものを、ストーカーみたいに物陰から見る意味はないと思うのだが。
それに僕のことを見たところで何も面白いことはないし、ああいうふうにする意味が分からない。
こっちから話しかけに行こうかとも思ったが、それよりも先に城田さんが来てしまったのでそれは諦めることにする。
実害があるわけでもないし、周りにいる他の人には見えていないだろうから、今僕らが話しかけに行くと周りから怪しまれかねない。
それこそ何もない場所に向かって話しかける謎の二人組と思われかねないのだ。
「ごめん。待たせちゃった。準備に思ったより時間かかって……」
「いや……別にいいけど……」
僕は城田さんの服装を見て暫く考える。
――これはツッコミを入れていいものなのだろうか、はたまた何も言わずに流すのが正解なのだろうか。
考え抜いた結果……やはりちゃんと言うことにした。
こういう時にしっかり言ってあげるのも優しさだと自分に言い聞かせながら、口を開く。
「ねぇ、城田さん。それ暑くない?」
今の城田さんの服装は、下はゆとりのあるデザインのズボンにスニーカー。
それはいいのだが。問題は上半身だ。
この初夏になろうとしている時期には暑いであろうニット生地の長袖を、袖を捲ることなく着ているうえ、その上に薄手のカーディガンを羽織っている。
薄手の長袖を着ている僕でさえ少し暑いと感じるのに、ニットを着ているとか暑いどころではないだろう。
下手をすれば熱中症で倒れかねないそれは、心なしか周りからの視線を集めてる気がした。
「うん、暑い。今も魔法で体を冷やしてる」
「何故そこまでしてニットを……?」
「……こういう時に着れる服がこれしかなかったから。
妖怪退治用の動きやすい服は持ってるけど、私服ってほとんど持ってない」
「ああ、なるほどね」
実はこれは魔法使いあるあるでもある。
世間一般とのかかわりが希薄なことが多い魔法使いは、一般的なファッションや流行に対してどうしても疎くなってしまう。
その結果とても奇抜な服装をする人もいれば、城田さんのように服がほぼないといった人間が爆誕してしまうのだ。ぶっちゃけ長袖だろうが半袖だろうが魔法で温度調整をすれば関係ないし。
とはいえこの時期にこの服装は正直目立つし、それほどではないとはいえ温度調節の魔法に魔力を浪費するのはもったいない。第一、せっかくかわいいのに季節感のない服で残念になるのは非常にもったいないと思うのは僕だけだろうか。
僕は自分の今現在の財布の中身を確認して……決断する。
「城田さん、服買いに行こう」
「へ?」
「いや他の服もないと困るでしょ?」
「別にこの服でも大丈夫だし……」
「いやいや、大丈夫じゃないでしょ」
「でも――服を他の人と選んだりしないし――」
ごにょごにょと小声で言い訳をする城田さんを見て、これは引っ張っていかないとダメだと悟る。
城田さんが服にあまり興味がないというのはその通りなのだろうが、城田さんも僕も一応普通の高校生として過ごしている以上、ある程度文化になじんでいくのも必要だと思う。
その一環として服装を季節に合わせるところから始める、というのは合理的だ。
何よりこの気温でそんな服を着ていると見ているこっちが暑くなってくる。
「わかったわかった。じゃあ行くよ」
「え、ちょ……」
僕は適当にそう言うと城田さんの手を引いて歩き出す。
この駅にはショッピングセンターが隣接しており、その中には当然婦人向けの服を売っている店がある。
抵抗を見せる城田さんを無視して、若者が多い婦人服の店に城田さんを放り込むと 店員さんに「似合いそうな服を身繕ってください」と注文を付けた。
正直自分もあまりファッションには詳しくないので、こういうのはプロに任せるのが一番だと思う。
なおも抵抗を見せる城田さんだが、店員さんが選んだ服とともに試着室に放り込むと大人しくなったので一安心する。
試着すら抵抗されたら困るところだった。無理やり着替えさせるわけにもいかないし。
周りには女性ばかりいる店で若干の居心地の悪さを感じながらも待っていると、カーテンが開いて中から着替えをした城田さんが姿を見せる。
膝ほどの長さのふんわりした淡い色のスカートに、上は涼しげな白色の五分袖のシャツ。
全体的にふんわりとした雰囲気でまとめられていて、これを選んだ店員さんのセンスの良さがわかる。控えめに言ってかわいい。
「ど、どう……?」
視線を泳がせながらそう言う城田さんに、店員さんが「よくお似合いですね~」と高い声で誉め言葉を投げる。
城田さんはそれを軽く会釈して受け取った後、ジィっと僕のほうを見てきた。
……これは僕に感想を求めているのだろうか。
「うん、良く似合ってるよ。かわいい」
僕がそう正直な感想を述べると、
「あ、ありがとう……」
と、恥ずかしそうに視線を逸らしながら消え入りそうな声でそう言った。
……素直な感想を言っただけなのにそんな反応をされると、こちらまで恥ずかしくなってくるからやめてほしい。
「じ、じゃあ、他の服も見る?」
「いや、これにする。すいません、これください」
城田さんは服の裾を軽くつまみながら店員さんにそう言う。
服装があまりに暑そうだったからか「着て帰りますか?」と聞かれたので、僕が代わりに「お願いします」と言う。
城田さんが着ていた服を紙袋に入れてもらい、今城田さんが着ている服のタグを切ってもらった。
その作業中手持無沙汰になり小物系を見ていると、一つのネックレスが目に留まる。
雪の結晶があしらわれたそれは、見るからに出来が良く城田さんに似合いそうだと思ったので、ワンポイントにいいかもしれないと思いそれも買うことにした。
後でタイミングを見て渡そうと思っているから、ネックレスを買ったことは城田さんに言わないでおく。
「お会計は――」
レジで店員さんが告げた金額に城田さんは一瞬たじろいだものの、すぐに財布を取り出してお金を払おうとするが、それよりも先に僕がお金を出す。
「ちょ、柊!?」
「僕が引っ張ってきたんだから僕が払うのが筋でしょ。あ、これでお願いします」
ちょうど一円玉も十円玉も切らしていたので、お札だけだして店員さんにそう言いお会計をしてもらう。
ぶっちゃけ、僕の貯金額的にこれくらいの出費は大したことないのだ。命がけで仕事をしているわけだし、それ相応の収入はある。これといった趣味もないのでこういう時に使わないとずっと使わないままだ。ずっと溜めておいても仕方ないし。
「いやいやいや、わたしのだからわたしが払うよ!? 申し訳ないし!」
「いいからいいから。カッコつけさせてよ」
僕はお釣りを受け取ると、財布を鞄にしまって店を出る。
後ろからついてきた城田さんはまだ不服そうな顔をしていたが、僕がどうしてもお金を受け取らないと悟ったのかお金を押し付けてこようとはしてこなかった。
「ねぇ柊」
「? どうかした?」
「服、ありがと。大事にする」
少し俯きながら申し訳なさそうにそう言う城田さんに、僕は笑って「うん、大事にしてね」と返した。
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