飛び膝蹴りと魔法使い
真面目な声で城田さんが言った言葉が、暫くの間理解できなかった。
それは単独で敵地に突っ込むと言っているようなものだし、何よりそんな発想が僕にはなかったから。
「接近戦なら柊よりわたしのほうが得意だし、わたしは怪我してない。魔法はまだ使いにくいけど、身体強化くらいなら問題ない」
「でも、失敗したら危ないし……」
たしかにそう言われれば大丈夫にも聞こえてくる。だが、転移させたところでモモタが城田さんに反応するほうが早ければ、ただ魔力を浪費するだけで終わってしまうどころか、城田さんの身に危険が及びかねない。
それくらいは城田さんもわかっているだろう。だが、それでも城田さんはその蒼い目で僕のことをまっすぐ見つめて口を開く。
「大丈夫。信じて」
城田さんは力強くそう言うと、僕の服をさらに強く引っ張る。
魔法を迎撃しながら僕は暫く悩んだ後、はぁっと溜息を吐く。
……その目で見つめられると、どうも強く出れない。
「わかったよ。信じてみる」
「……ありがとう」
城田さんは覚悟を決めた顔になる。だが、どうせやるからにはもっと成功率をあげなければならない。だから、僕は城田さんの案に負けないほど突飛なことを提案する。
「でもやっぱりそのまま転移しても先に潰される可能性があるから、もっと攻めた感じにするよ。
屋上で、僕に襲い掛かってきたこと覚えてる?」
「? うん、覚えてる……けど?」
「それと同じことをして。
城田さんが助走をつけて飛んで蹴る姿勢ができた瞬間、場所を合わせて転移させる。
これならきっとモモタの反応速度よりも早い。できそう?」
頭の中に浮かんでいるのは、屋上に呼び出された挙句、何故か左腕の骨を折られたあの記憶。
視認してから数メートルはあったのでギリギリ反応できたが、あれよりも近い位置から受けていたら到底躱すことはできなかった。
あれと同じことを転移による奇襲で仕掛ければ、気が付いたらすぐ近くに膝があるのだから、おそらく回避も防御もできないだろう。
ほかの魔法なら干渉して発動できないであろう距離から放たれる一撃を、いくらドーピングしたところで研究者でしかないモモタが躱せるわけがないのだ。
「問題ない。柊ならピッタリ合わせてくれるって信じてるから」
「信頼が重いくらいだよ」
僕は緊張をほぐすためにそう軽口を言うと、正面から飛んでくる魔法を力任せに吹き飛ばして城田さんが助走をつけるスペースを作る。
城田さんは身体強化を使い右足から踏み出すと、三歩目で思い切り踏み切って十分な高さまで飛ぶ。
そして膝を曲げて準備ができた瞬間、僕は左右から襲い掛かる魔法を無視して城田さんを転移させる。
転移先は相手の結界の中。高さは三メートルあるから背の小さ目な城田さんなら問題ない。
無事城田さんが転移できたことを確認した後、過度の集中で頭痛がするのを無理やり我慢してもう一度、今度は僕が左右の魔法を回避するために転移魔法を使う。
今からじゃまともに迎撃していたのでは間に合わないという判断からだ。
「ふっ!」
城田さんは小さく息を吐きながら思い切り膝をモモタの顔に叩き込む。
見事。そう声が出てしまいそうなほど美しい飛び膝蹴り。
城田さんが身体強化をしていたことに加え、まともに防御もできていなかったモモタはそれを受けて文字通り
結界は一瞬にして崩れ去り、意識が飛んだのか死んだのかわからないが無防備なモモタの体は勢いのまま壁にぶつかって動かなくなった。
「はぁ、はぁ」
失敗はできない。そんな緊張で酸素を多く使ったからだろう、城田さんは肩で息をしながら動かなくなったモモタのことを見つめる。
「もう大丈夫」
城田さんはそう言うと黒に戻った目で僕のことを見て、二ッと小さく笑う。
それを見てほっと息を吐いた瞬間、疲労からか身体的なダメージからか、はたまた血が足りないからかはわからないが、僕はふっと意識を手放したのだった。
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