第14話 昇級

 身体強化の魔道具を作り、それなりに安定して稼げるようになった頃。冒険者ギルドでいつものように素材を換金していたら、中年のギルド職人に呼び止められた。


「ああ、コーサクさん。おめでとうございます。今日から銅級へ昇格ですよ」


「…………はい?」


 昇格……昇格!?


「木級卒業ですか!? そんなに魔物狩りました!?」


 いつの間に!?


「コーサクさんは魔物の討伐件数は少ないですが、採取や珍しい魔物の捕獲でもギルドの評価は上がりますからね。そちらで規定値に届きましたよ」


 おおう、マジか。とうとうオレも駆け出し卒業。普通に冒険者を名乗っても問題ないのか。なってみるとあっさりだな……。


「ええと、何か手続きとかあります?」


「ギルド証の交換だけですね。少々お待ちください」


 ギルド職員が受付の奥へと消える。交換と言うことなので、オレも首にかけたギルド証を外した。

 木製のタグは、これまでの戦闘で少し汚れていた。端が黒いのは血の跡だ。新品の木片だった頃が懐かしい。


「……今更だけど、よく生きてたなあオレ」


 冒険者になってからの記録が甦るが、いつもギリギリだった気がする。少なくとも運には恵まれていたようだ。


 自分の幸運を噛み締めていると、掲げたギルド証の向こうに職員の姿が見えた。その手には、明るく光る小さな銅板がある。


「コーサクさん。こちらが銅級のギルド証となります」


 手渡されたギルド証を受け取り、駆け出しの証である木片を返却した。

 木とは違う、金属の冷たさと重さを手に感じる。


 銅級の証であるギルド証は、綺麗に磨かれて光っている。オレの顔を反射するほどだ。

 汚れることの多い冒険者には不釣り合いな綺麗さに見える。


「……これ、錆びますよね?」


「そうですね。普通に錆びますよ」


 なんでもないことのように、ギルド職員は頷いた。ですよね?

 疑問を覚えたオレの視線を受け、さらに言葉は続く。


「冒険者の中で一番人数が多いのは銅級です。銀級に上がることができる者は一握りとなります。錆に覆われたこのギルド証を返却し、引退する者も少なくはありません。ですが、我々としてはこの色がくすんでしまう前に、より上を目指して進んでいただけることを願っております」


「はあ……なるほど」


 銅板の劣化はそのまま本人の加齢だって話? 全盛期のうちに、さっさと上に行けやと。

 中々プレッシャーをかけるもんだなあ。


「コーサクさんも、より上を目指して頑張ってください」


「はいまあ、それはもちろん」


 誰かを守れるくらいに強くなる。それが冒険者としての活動と繋がるなら、いくらでも上を目指すつもりだ。


「では、これで昇給の手続きは終了となります。木級冒険者との違いについて説明しますね」


「はい。お願いします」


 職員は頷いて書類を取り出し、オレに見せながら説明を始めた。


「まず銅級冒険者は木級冒険者に比べて、採取物の買い取り額が上がります。厳密に言うと引かれる税金が減るためですね」


 税金、そう言えば引かれてたんだったな。まあ、オレは戸籍ないのに住んでるし、当然か。


「さらに、魔石の加工費用も安くなります。コーサクさんは良く利用するので恩恵が大きいかもしれませんね」


「おおっ、それはありがたいです!」


 いや、本当に。魔道具を作るにも使うのにも魔石は必要だから、安くなるのは大歓迎だ。


「でも、昇級の特典にするほど、魔石の加工を頼む冒険者っているんですか?」


 魔物から採れる魔核は高く売れるため、加工を頼む冒険者はほとんどいないはずだ。


「コーサクさんほどの頻度で加工を注文する冒険者はいませんが、強敵だった魔物やチームで初めて狩った魔物などの魔石を手元に置いておきたい、という冒険者はたまにいますね」


「へえ、そうなんですか」


 記念品、お守り代わりと言ったところか。なるほど。


「場合によっては工房に依頼して、一点物の魔道具を作ったりもするそうです」


 おお、オレとやってること同じだ。


「では、話を戻しますが、銅級冒険者からの大きな特典としては、ギルド金庫の利用があります。簡単に言うとお金の預け入れですね。ギルドが開いている時間ならいつでも引き出しができます。上位の冒険者の方などは、報酬を持ち運ぶのが困難なこともあるので良く利用されますね」


 なんと! そんな銀行みたいな制度が!? 知らなかった……。

 ていうかそっか。言われてみればレックスとか、いつもほぼ手ぶらだもんな。そりゃ金を預ける先くらいあるか。


「……さっそく利用してもいいですか? ええと、説明が終わってからで」


 実は最近それなりにお金を貯めているので、持っているのが怖かったところだ。


「はい。大丈夫ですよ。それでは、残りの説明は手早く進めましょうか」


 その他の細かな特典や決まりを聞いて、オレは手持ちの金の大半を預けた。





 手元にお金がない方が安心できると、小市民だって実感する。


 帝国のお金は硬貨なので、預けると文字通り身が軽い。ついでに心も軽い。物理的にも精神的にも、大金を持ち歩くのは重いのだ。


「貧乏時代が長すぎたかな……」


 いやまあ、今も裕福かと言われると微妙なところだけど。大図書館の入館料と魔石の加工代がかなり痛いし。

 頑張って稼いでいるが、日々の暮らしはとても質素だ。そもそも住んでいる場所が、蹴ったら崩れそうなボロ屋だしな。特に不満はないけど。


 まあ、結果から言うと現状も貧乏暮らし。強くなるためなら致し方ない。だが、だがしかしだ。今日はオレの昇級記念日。たまには贅沢をしてもいいだろう!


 金を使う決意をしたオレの目の前には、馴染みの肉屋の看板がある。いつもくず肉とかもらっている店だ。


 ここで! 今日は! いい肉を買うぜ!



 とまあ、謎の気合を入れて入店。店主の肉付きのいい男性がオレを見る。


「おお、黒いの。らっしゃい。今日も端っこの肉はとってあるぜ」


 安い部分とは言え、ほぼ毎日3人分の肉を買っているおかげで、店の人にはすっかり顔を覚えられている。

 見た目の特徴的にも記憶に残りやすいだろうから当然かもしれないけど。呼び名の通り、髪も目も、着ている服も黒いしな。


 血やら泥やら草の汁やら……冒険者は汚れる仕事だ。黒なら血で染まった色も目立ちにくい。

 服に気を遣う余裕は今のところオレにはないのだ。戦闘時にも着られる服は高価だし。


 まあ、そんなオレの私服事情は置いておいて、おススメの肉を聞いてみよう。


「今日はちょっと高い肉も買ってくよ。いいのある?」


「お、なんだあ? 大物でも狩って来たのか?」


「大物は狩ってないけど、銅級に上がった。今日は贅沢しようと思う」


 店主が驚いたように目を見開く。


「ほう! そりゃあめでたいな! そんなひょろひょろの体じゃあ冒険者なんてやっていけねえのかと思ってたが、ちゃんと出来てんだなあ」


 ひょろひょろ……まあ、余計な脂肪なんて蓄える余裕がないような生活をしてるけど。


「よし! それなら今日はまけてやるよ。ちょっと待ってな!」


 店主がオレに背を向け、なにやら大きな肉塊を取り出した。どんっ、とカウンターに載せられる。


「豚の三枚肉だ。脂もたっぷりだぜ。お前さんはもっと食って太らないとなあ」


 三枚肉。つまりバラ肉だ。アバラ骨を外した跡が波打っている。あと皮付きだ。

 豚皮は……普通に焼いて食えばいいんだろうか。


 いや、その前にでか過ぎるけど……。まあ、ディーンもリィーンもかなりの量を食べるから大丈夫か……?


「ええと、ちなみにこれでいくら?」


「おう――」


 提示された金額はあまり高くなくて、本当に値引きしてくれたのが分かった。

 これからも贔屓にさせてもらうことにして、ありがたく買わせてもらおう。


 それにしても、久しぶりに腹いっぱい肉が食べられそうだ。兄弟にとっては初めてかもしれない。

 きっと大喜びすることだろう。

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