第11話 試作魔道具

 帝都の大図書館の中、端の席に座って一人小さく唸る。


 目の前にあるのは「わが国における魔道具の歴史」という分厚い本。文字を覚えて日が浅いオレには分かり難い表現も多いのだが、唸っているのは本の難解さに対してじゃない。


「この魔術式って、無駄が多すぎじゃね……?」


 つい呟いてしまう。


 開いたページに載っているのは、照明の魔道具の魔術式だ。それがどうにも不格好に思える。というか無駄に長い?


 ここまで学んだ知識でまとめるなら、魔道具に刻む魔術式というのは精霊に対する依頼文だ。


 人が魔術を使う際には、精霊が人の意思を読み取ることで簡単な詠唱でも発動することができる。

 しかし魔道具には意思がない。そのため、効果を発動する場所や範囲、大きさまで指定することが必要だ。知識や計算が必要な故に、魔道具作りは専門の職人が行っている。


 それを踏まえた魔術式の形なのだが……本に載っているのは格式ばった手紙のような内容だ。


 精霊への挨拶から始まり、精霊を讃える言葉、自分の流派の正統性なんかを経て、ようやく動作の内容へと入る。だが、その内容についても言い回しが面倒くさい。かなり分かりづらいように書かれている。

 なんかこう、お偉いさんの挨拶のような内容だ。


 精霊は人ではないけれど、誰かに伝えたいことがあるなら、簡潔に短くまとめるべきではないだろうか。


「……ちょっと実験してみるか」


 呟いてから、オレは精霊語の辞典へと手を伸ばした。





 仮宿である兄弟の家での夕食後、オレはカバンの底から小さな魔石を取り出した。


「兄ちゃん何それ?」


 肉がなくなった串を噛みながら、ディーンが興味を覚えたように聞いてきた。


「魔石だよ」


「魔石って……」


 思い出すように首を捻るディーンの隣で、リィーンが目を光らせた。


「魔道具の材料。高いやつ」


「良く知ってるな、リィーン。魔道具はこの魔石に魔術式を刻むことで出来てるんだ」


「売ったら高いのか?! 串焼き何本分?! なんで兄ちゃん持ってんの?!」


 ディーンの質問が多い。そして金が絡むとテンションが高い。


「そのうち算数を教えてやるから自分で計算しろ。買ったら高いものをなんで持っているかと言えば、この魔石が元はオレが狩った角兎の魔核だからだよ。魔石は高価だけど、冒険者ギルドに自分で魔核を持ち込めば意外と安く手に入るんだ。加工代だけだからな」


 まあ安いと言っても、それほど手軽な値段じゃない。だから持ち込むような人間はあまりいないようだ。前にギルド職員に驚かれた。


「ねえ」


「ん?」


 リィーンが魔石をじっと見ながら話し掛けてきた。目が真剣だ。


「魔物を倒して魔核を採って、それを魔石にしてから売ったら……儲かる?」


「おお~、リィーンはけっこう頭いいな。だけど残念それは無理だ。もちろん魔石の方が魔核より高いけど、加工費を考えると魔石のまま売った方が稼げるな」


「そうなんだ……」


 リィーンのテンションが露骨に下がった。儲かるならやるつもりだったんだろうか。


「どうやら魔核も魔石も、冒険者ギルドの方で価格をきっちり決めてるらしい。そこで稼ぐのは無理そうだぞ」


「そういや俺聞いたことあるぜ。魔石の加工方法は冒険者ギルドしか知らなくて、秘密を探ろうとした奴は、いつの間にか行方不明になるんだ。実はギルドの暗殺者に殺されてて、ギルドの地下には殺された奴らの骨が大量に埋まってるんだってよ」


 少し引いた顔をするリィーンに、ディーンはからかうように顔を寄せる。


「夜は死霊になって動き回ってるかもな~」


「ないよ。ただの噂」


 じゃれる兄弟を見守る。なんというか見事な都市伝説だ。ただの噂だろう。たぶん。

 まあ、ただの冒険者であるオレが関わることはないな。事実がどうであれ、触らぬ神に祟りなしっと。


「そんで兄ちゃん、結局その魔石はどうすんの?」


 弟の反応に満足したのか、ディーンが再びオレへと体を向ける。


「この魔石で魔道具を作ろうと思って」


 ディーンが大袈裟に驚いた顔をする。


「魔道具ぅ? 兄ちゃん、あれって何年も修行しないとできないんだぞ? 冒険者の兄ちゃんがどうやって作るんだよ」


「頑張って作るかな」


 ディーンが疑いの目で、リィーンが探るような目で見てきた。オレの信頼度はかなり低いらしい。


「まあ何事も挑戦だ。ちょっと待ってろよ」


 2人に笑いかけ、握った魔石に意識を集中する。意識が吸い込まれるような感覚が頭を走り、脳裏に球状の空間のイメージが浮かび上がった。これが魔石の内側だ。


 本で読んだ知識が確かなら、これは誰でも出来るようだ。


 人の意思に反応する魔力といい、人の思考を読み取る精霊といい、人の精神と接続可能な魔石といい……この世界は精神と物質が深く繋がっているのかもしれない。


 疑問は尽きない。だけど、今は使えればそれでいい。


 そう思いながら、木簡にメモした精霊語を、脳裏に浮かぶ空間へと入力していく。


 本だと手で丁寧に書くように、とあったけど、パソコンで入力するイメージの方がやり易いな、これ。


「兄ちゃん、顔が死んでるぜ……」


 どこか遠いように、ディーンの言葉が聞こえた。魔石と繋がっている間は、他の感覚が鈍くなるのかもしれない。


「死んでるんじゃなくて、集中してるんだよ……」


「うわ、しゃべった……!」


 失礼な。一文字間違えたじゃないか。消去。


「そりゃ生きてるんだから喋るだろ」


「だって、目がやばいぜ兄ちゃん。見えてんの?」


「虚ろ」


 自分で組み立てた魔術式を、立体の空間に配置する。慣れると楽しいかもしれない。

 そして言われて気が付いたが……魔石に集中すると、目を開けても現実の景色が見えないな。

 集中を浅くすると二重に見える。ちょっと酔いそうだ。集中した方が楽だな。


「ん~、目え閉じとくわ」


「そういう問題?」


「解決?」


 なんだか疑問の声が上がっているが、気にせず精霊語を入力していく。


「てか兄ちゃん、魔道具作るのって時間かかるはずだろ。まさか朝まで寝ないつもりかよ」


「そんなに掛かんないよ。今作ってるのは、ただちょっと光るだけの魔道具だし。それに、思いっきり魔術式を短縮したから入力する量もそんなにない」


「短縮?」


 リィーンが聞いてきた。


「なんかさ。普通の魔道具って、無駄な精霊文字を入れてるらしいんだよ。魔道具に刻まれた魔術式は誰でも見れるから、自分達が独自に考えた式を真似されないようにしてるんだって」


「へえ、そんなのあるんだ」


「一種の暗号だよね。でも、そのせいで魔術式が無駄に長くなってるんだよ。文字数が増える分、魔石の容量も必要になるし、入力にも時間がかかる……これ、個人で作るならいらなくない?」


「まあ確かに……?」


「そうかも」


 なんか同意してもらえたようだ。入力に集中しているから、会話の方はちょっと意識が向いていない。

 思考が垂れ流し状態だ。


「魔術式の目的は精霊に頼み事を伝えること。なら、意味さえ伝われば単純でいいはずだ。普通の魔道具みたいな長ったらしい手紙みたいなのは不要なはず。必要なのは情緒あふれる表現じゃなくて、簡素で分かり易い文。だからいらないものは全て削ってしまえばいい」


「全然意味わかんねえー……」


「……」


 兄弟の反応もほぼ無視して、魔石へ精霊語を入力し続け――


「よし! 出来た!」


 初めての魔道具の出来上がりだ。念のために魔術式の再確認もして、照明の魔道具(仮)をディーンに渡す。


「早すぎじゃね? てか、くれるんの? 売っていい?」


「あげないから売っちゃ駄目。ちょっと魔力を籠めてくれよ。ちゃんと光るか実験」


「……兄ちゃんがやればいいじゃん。俺こええよ」


 自分でやりたいのは山々だけど、魔力がないオレには魔道具が使えないのだ。

 オレが使うには別の魔石から魔力を注ぐ必要がある。オレが持っている魔石は今のこれを含めて2つだけなので、ここで手を出したくない。


「まあいいから、いいから。魔術式が間違ってる場合は魔道具が発動しないし、変に発動してもただ光るだけだから平気だよ」


「でもさあ……」


 ディーンは明らかに不満顔だ。


「仕方ない。明日からは串焼きの他に別の料理もつけよう」


 今日で干し肉を食べきったので、明日からは自炊の予定だ。当然、兄弟にも分ける。


「ホントか! やるやる!」


 食欲に弱すぎて不安になってくるな。ちゃんと簡単な計算くらいは教えとくか。掛け算と割り算くらいまで出来るようになれば、どっかの商人が丁稚として拾ってくれるだろ。


「じゃあディーン、軽く魔力を籠めてくれ」


「おう!」


 元気の良い返事をした後に、ディーンは集中するように眉を寄せる。


 ……反応がない、か? いや……来た。


 5秒ほど経ってから、すうっと小屋の中が明るくなった。ディーンの手の上に白い光が浮かび、薄暗かった室内を照らし出す。


「おお、出来た。やるな、オレ」


 これで余計な文字はいらないことの証明が出来た。かなりの前進だ。

 そうほっとしていると、何故かディーンが震えだした。


「おいディーン、まさか魔力の使い過ぎ――」


「すっげえな兄ちゃん! 魔道具って高いんだろ?! これいっぱい作れば金持ちじゃん!」


 ……金稼ぎの興奮で震えていたらしい。


「お金持ち」


 弟の方も静かに目を輝かせている。その期待を裏切るのは心苦しいが、


「たぶん無理だぞ?」


「なんで?!」


 ディーンが目を見開き、鬼気迫る勢いで顔を寄せて来る。怖いな。


「オレが帝国民じゃないからだよ。串焼きの屋台のおっちゃんに聞いたんだが、帝都で外の人間が商売をするにはかなり金がかかるらしい」


「かなりって、どんくらい?」


「……寿命で死ぬまで毎日、今と同じくらい串焼きを食べられるくらい?」


「意味ねえじゃん!! そんな金あるなら串焼き食うよ!!」


「そりゃそうだろうなあ。だから、普通は帝国の国籍を手に入れるらしいけど……そのためには帝都での最低3年の労働経験と、ちゃんとした保証人が必要らしい」


「3年も?!」


「長い」


 2人の意見に同意だ。3年は長い。さらに言うと、魔術が使えず、素性も怪しいオレを雇ってくれる場所は、たぶん一筋縄では見つからない。


「後はまあ、オレが自分で客に売るんじゃなくて、どっかの魔道具店に卸すって方法もありそうだけど……そっちもなあ、今の作り方は他の職人に喧嘩売ってるようなものだし、この外見で話を聞いてくれるかも微妙だと思う」


「ああ、兄ちゃん変だもんなあ」


「黒くて変」


 遠慮のない兄弟の言葉が事実だ。


 最後の手段で、違法に露店を開くというのもあるが……その場合は裏社会のお兄さんが出て来るらしい。無理だな。


「という訳で、このまま自分用の魔道具を作りつつ、冒険者として活動して行くのがマシな道だな」


 だから方針は変更なし。次が本番。身体強化の魔道具に挑戦だ。

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