第10話 大図書館

 帝都には国が運営する大図書館というものがある。数百年分だか数千年分だかの書物を保管していると謳われる巨大な施設だ。

 帝国の歴史そのものを保管するための建物は豪華絢爛で、国の威信がかかっているのが一目でわかる。


 帝国が培ってきたありとあらゆる知識が収まったこの図書館は、別名で「英知の宝物殿」と呼ばれているのだとか。


 その名と威容に恥じず、知識が金に勝ると認識する者しか入れない。というか入らない。

 入館するためには金貨一枚を担保に預ける必要があり、さらに担保金とは別に入館料もかかるのだ。


 一般的な帝国民の大半は、生涯図書館の中に入ることはないらしい。まあ、返却されるとは言え、金貨一枚は大きい。余程知りたい知識がなければ入ろうとは思わないだろう。

 あと、万が一本を破損させた場合には預けた金貨から補修費用を取られるので、けっこうリスクもある。


 さて、そんな凄まじい図書館が、オレが帝都に来た目的でもある。


 オレが求めているのは魔道具を作るための知識だ。精霊語なるものの習得である。

 どうせこのまま最下級の冒険者をやっていても、いつか事故で死ぬ。それならば自分に投資した方がマシだろう。

 誰かを守れるくらいに強くなる、という誓いを果たすためでもある。


 そんな訳で、帝都に来てから二日目、オレは大図書館へと足を踏み入れた。




「はあ~、すげえなあ」


 大図書館に入ってすぐ、目の前に広がった光景に馬鹿みたいな声が出た。それほどに凄まじい光景だったのだ。


 見上げた天井は遥か彼方だ。巨大な吹き抜けの塔。それが最初の場所だった。

 魔道具で照らされた建物内は明るく、膨大な数の背表紙を光らせている。壁一面の本棚が、床から天井近くまで続いていた。


 上の本を取りに階段を上るだけでも時間がかかりそうだ。いったいここだけで何冊の本があるのだろうか。


「真面目に読んでたら一生かかっても読み切れなさそうだな……って、観光している場合じゃない」


 時間も金も有限だ。のんびりしている暇はない。さっさと目当ての本を探そう。

 そう思って、周囲をグルリと見渡す。精霊語の本は……どこだろう?


「え~と、まずは司書さんに聞いてみるか」


 闇雲に探してたら、それだけで今日が終わりそうだ。聞いてみよう。



 多少嫌な顔はされたものの、無事に本を教えてもらうことができた。とりあえず2冊。

 題名は『精霊語の翻訳辞典』と『わが国における魔道具の歴史』だ。


 両方とも装丁も豪華な年代物だ。慎重に扱おう。


「メモできる量も限られるから、まずは一通り読んでみるか」


 入館料のせいで金に余裕がなく、紙は買えなかった。代わりに持って来たのは木の板だ。いわゆる木簡。どんなに工夫しても書き込める枠は限られる。あとは頑張って覚えるしかない。


 さて、勉強開始だ。





 閉館時間ギリギリまで粘ったせいで重い頭を抱え、仮の宿であるディーンとリィーンの家へと辿り着いた。

 約束通りに屋台で串焼きも買って来ている。今日の宿泊代だ。


「ただいまー……で、いいのかな」


 まあいいかと、劣化した木の板の板を寄せて中に入る。


「兄ちゃん肉は?!」


「肉」


 “おかえり”の言葉もなく浴びせられた、食欲全開の声には苦笑いだ。


「はいよ。ゆっくり食えよ」


「おっしゃあ!」


「肉」


 体全体で喜ぶディーンと、目だけを輝かせるリィーンに串焼きの包みを渡す。

 さっそく開けて肉に齧り付く2人を横目に、オレは荷物を下ろした。


「ふう、オレも食うか」


 ゴソゴソとカバンを漁り、取り出したのは旅用の干し肉と硬いパン。護衛依頼のときに少し多めに購入した分だ。

 保存食とは言え、いつまでも食える訳ではない。悪くなる前に消費する必要がある。美味しくはないが、ただ捨てるのはもったいない。


 硬い干し肉を短剣で刻んで口に入れながら、騒ぐ兄弟へと近寄る。


「ん? なんだよ兄ちゃん。この肉はもらったから、もう俺らのもんだぞ。返さねえからな」


「いや、別にいいよ。盗らないからゆっくり食え」


 ディーンに手を振って、近くにあった木の板の上に腰を下ろす。


「ちょっと話をしようぜ。オレは帝都に来たばっかりで、ほとんど何も知らなくてさ」


「むぐ、ここの話?」


 ディーンは肉を噛みながら、オウム返しに聞いてくる。


「まあ、ただの雑談だよ。そういえば2人とも、普段は何してんの?」


「ん~。いつも兄ちゃんみたいな、あっちこっちを見て隙が多い奴を探してる。いけそうだったら金をもらって……あとは、ゴミから使えそうなもの漁ったり?」


「噂集めも」


 スリは「もらう」とは言わないと思うけど。というか、噂?


「噂集めって、集めて何すんの?」


「噂好きなおっちゃんに売ってる。噂ってか、盗み聞きした話? 急に金遣いが良くなった商人とか、町中にいる明らかに貴族っぽい奴の話とか、色々」


 ……それは情報屋というヤツだろうか。さすが帝都。そんな人までいるのか。


「稼げるもんなの?」


「あんまり。でも、運がいいとパンが買えるくらいの金はもらえる」


「そうなんだ」


 子供の小遣い稼ぎレベルか。オレが世話になることはなさそうだな。売る情報もないし、買う金もない。


 今の所持金から考えれば、図書館に通えるのはあと10日と言ったところだ。それ以降は働いて金を稼ぐ必要がある。

 それまでには、何かしら戦闘に役立ちそうな魔道具を試作してみたいけど……上手くいくとは限らないから節約しないとなあ。


「そういえば、肉とか野菜とか売ってるいい店知らない?」


 干し肉を食い切ったら自炊だ。


「肉とか野菜……俺らは買ったことねえから知らねえなあ」


 ディーンは難しい顔で首を傾げる。リィーンも眉を寄せていた。

 確かに、2人とも食材を買って料理をするようには見えない。


「じゃあ、店の人が優しそうなところは分かる?」


「それなら、まあ少しは分かるかな」


 ディーンが記憶を探るように上を見ながら話し出す。


 良かった。さすがに毎日串焼きだけだと体を壊す。あまり余裕はないとは言え、ちゃんと食べないと冒険者としては働けないのだ。




 良さそうな店を何軒か教えてもらった後に、兄弟に一つ質問をする。一番初めに作ろうと思っている魔道具、その内容に関わる質問だ。


「なあ、魔力で身体を強化するのって、どうやってんの?」


「どうやって……?」


 意味の分からないことを聞かれた、というようにディーンが首を傾ける。

 少し悩むような表情をした後に、ディーンは自分の両手を見た。


「どうやってってこう……使おうと思えば使えるじゃん」


「なるほど……」


 魔力による身体強化は、この世界の人間にとって普通に体を動かすのと同じ感覚なのかもしれない。言語化できないくらいに無意識の行動か。


 だけどそれだと困る。オレは自分の肉体を強化できる魔道具が作りたいのだ。そのために仕組みが知りたい。


「今ちょっと使ってみてくれる?」


「……まあいいけど」


 ディーンは手に持った串焼きを見ながら頷いた。オレの変な頼みと、これからもらえる肉を天秤にかけて、肉の方を優先したらしい。


「ありがとう」


 礼を言いながら、オレはディーンの魔力に集中する。

 通常状態で感じる魔力が最も大きいのは胸の中心、魔核だ。そこから全身に魔力が巡っている。


「やるよ」


 ディーンの言葉と同時に、全身を巡る魔力の量が急激に増えた。太い魔力の流れが、魔核を中心に全身を回っている。


「こんな感じ? これでなんか分かんの?」


「うん……ありがとう。もういいよ」


「ふうん?」


 良く分からないという顔でディーンが身体強化を止める。流れる魔力の量が元に戻った。


 ……肉体に魔力を留めるのではなく、多く流すのが身体強化の方法なのか。考え方としては、電気と似たようなものだろうか。

 電気を多く流すことで、モーターなら速度が増す。ヒーターなら温度が上がる。それと同じようなもの……?


 それなら、魔道具の機能としてのイメージは電池だろうか。プラスとマイナスがあり、オレの身体と繋げることで魔力が流れる形に……。


「兄ちゃん?」


 不審そうなディーンの顔が目の前にあった。


「ああ、ごめん。助かったよ」


 とりあえずの方向性は見えた。あとは知識を集めて試してみるだけだ。

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