第12話 身体強化の魔道具

 貧民街にある兄弟宅前。ボコボコの地面の上で、湯気を立てる鍋をかき混ぜる。


 鍋の中身は夕食のスープだ。具材は安売りしていたタマネギっぽい野菜と、これまた安く譲ってもらったクズ肉で作った肉団子。

 それに乾燥させた香草と塩で味付けをしている。


 材料は貧相だけど、湯気に混じって昇って来る香りはとても美味しそうだ。


 温かい料理が食えるのは幸せだよなあ、と思っていると、すぐ近くから「グキュル~」と腹の音が聞こえて来た。

 鍋の火を調整しているリィーンだ。


「……お腹空いた」


「ははは、オレも。リィーン。もう火は止めていいよ」


「うん」


 頷いて、リィーンは料理に使用していた魔術の火を消した。


 リィーンは火と風の魔術を使えるらしい。まだ成長途中で魔術に関しては未熟なリィーンだが、元からある火を大きくするのなら消耗は少ないようだ。料理中の火を用意してくれるのは非常に助かる。

 帝都の中では薪の入手も簡単ではないのだ。


「ふお、ほおへひはお?」


 背後から聞こえるくぐもった声。その声が聞こえた瞬間に、振り向きざまに腕を振り上げる。


「ディーン! 摘まみ食いはすんなって言ってるだろうが!」


「もぐっ!」


 オレの手刀がディーンの脳天を直撃した。

 短く呻いたディーンは、歯形のついた粗末なパンを片手に自分の頭をさする。あまり痛そうな様子はない。つかオレの手の方が痛い。魔力を持つディーンと持たないオレでは、素の頑丈さが違うのだ。


「んぐっ、だって、こんな美味そうな匂いしてんのに、我慢するなんて無理だろ兄ちゃん」


「無理でもしとけ。洗い物は?」


「終わったー」


 得意げな様子に、軽くデコピンを食らわせておく。

 ディーンは自分の年齢を把握していなかったが、どうやら成長期に入っているようだ。腹が減ったと常に言っている。

 その欲求は仕方のないことだろうが、せめて食べ始めは合わせるべきだ。


「次からは飯抜きにするからな。ほら食うぞ。皿持って来い」


「え~、ひでえ!」


「持って来る」


 正反対の態度で家の中へと駆ける2人を見送って、オレはもう一度鍋の中身をかき混ぜた。




 スープの鍋を囲んで3人で食事を摂る。買って来た安いパンはぼそぼそで美味しくないが、スープに浸せば食える味だ。


 硬いパンをふやかす必要があるのでオレの食事はゆっくりだが、兄弟2人は喉に詰め込むように早食いしている。


「2人とも、もっとちゃんと噛んで食えよ」


「むお! むへえはらふひ!」


「いや、分かんねえよ」


 ディーンが頬を膨らませたまま意味不明な言葉を発する。その隣でリィーンは無言だ。今は食べること以外に口を使う気すらないらしい。


 呆れ半分、憐れみ半分で2人を眺める。計算の他に食事のマナーも教える必要がありそうだ。

 オレもこの世界の正式な作法は知らないが、急いで食べない、不快な音を立てないくらいは共通だろう。


 とりあえず空腹の今は言っても無駄だろうから、2人が落ち着くのを待つことにするか。



 スープを仲良く2回ずつお代わりして、ようやく2人は落ち着いた。


「兄ちゃんすげえよなあ! あの金でこんなに美味い物が食えるなんて知らなかったぜ!」


「こんなに美味しいのは初めて食べた」


 社交辞令じゃなく本当に初めてっぽくて心が痛い。


「金がかかってない代わりに、ちょっと手間はかかってるけどな。そのうち料理の仕方も教えてやるよ」


「ホントに?! 兄ちゃん太っ腹!」


「いつから? 今日?」


 2人ともテンションが高い。オレとしては料理より先に、金を稼げるような知識を教えたいところだけど……まあ、料理の度にちょっとずつ教えて行けばいいか。


「明日からだな。料理を手伝ってくれるなら、そのついでに教えてやるよ」


「もちろん手伝う! 水もいっぱい出すぜ!」


「ほどほどでいいぞ」


 今すぐ魔術を使いそうなディーンに釘を刺す。


 リィーンが使える魔術は火と風だが、ディーンは水と風が得意らしい。このスープを作るのにも、ディーンに水を用意してもらった。

 食器を洗うときや、洗濯のときにも水の魔術は役に立っている。


 魔術という不思議現象には多少慣れて来たが、何もないところから水が出て来るのは未だに不思議だ。というか謎だ。


 空気中の水分を集めているのか、どこからか召喚しているのか、魔力を水に変換しているのか……とても気になるところだ。大図書館で調べれば分かるだろうか。


 さすがに魔力なんてものがある世界でも、エネルギー保存の法則を無視したりはしていないと思うけど、それもどうなっているのやら。


 あと、水を生み出す魔術はあっても、金属を生み出す魔術がないらしいのも気になる。原子の質量でも関係しているのだろうか。


 一番の謎である魔力という存在も含めて、金と時間に余裕ができたら色々と実験してみたいところだ。





 すっかり空になった鍋を洗い、食事の片付けも済んだ。


 食後の時間はいつものように家の床に座り、魔道具作りの続きを行う。身体強化の魔道具だ。


 この世界の人間は誰でも身体強化を使えるので、完全にオレ専用の魔道具となる。当然、魔術式もオリジナルだ。

 数日かけて魔術式は作ってある。精霊語の入力も大部分は済んだので今日中には完成する予定だ。


 無事に完成すれば、オレもこの世界の住人のように肉体を強化できるようになる。そうなれば、オレの戦闘力はかなり向上するはずだ。

 今まで重くて扱えなかった剣や鎧などを装備することも可能になるだろう。


 オレは強くなれる。


 その希望に、背中が微かに震えた。赤い炎の記憶が目に浮かぶ。今度は何も失わない。オレは誰かを守れるくらいに強くなる。


 期待と興奮を胸に抱きながら、オレは魔石への入力を急いだ。




 そして数時間後、オレの手の中には身体強化の魔術式が刻まれた魔道具があった。ミスがないかのチャックも終わっている。


 あとは試すだけだ。実際に効果が確認できれば、身体強化の魔道具は完成となる。


「という訳で、身体強化の魔道具試作1号、実験を開始します」


「おお~?」


「大丈夫そう?」


 微妙な顔の兄弟。2人は保険だ。オレの身体に異常が出た場合には、魔道具を外してくれと伝えてある。


「大丈夫かを知るために実験が必要なんだよ」


 魔道具を使用するのは魔核を持たない地球人のオレだ。自分で実験しなければ意味がない。


「んじゃあ、実験開始」


 身体強化の魔道具は小さな木の枠に嵌めて、首から下げるように紐をつけている。

 この世界の人間は心臓付近にある魔核から魔力を巡らせて身体強化を行うので、それを真似て心臓の近く、胸の中央に魔道具を配置するためだ。


 胸板に当たる魔道具を見ながら、燃料用の魔石を近づける。魔道具と魔石を触れ合わせ、自前の魔術制御の力で魔力に干渉すれば、すぐに魔力の移動が始まった。


 あとは魔道具を起動するだけだ。


「ふうぅ……。よし、『起動』」


 この世界でたった一つの、身体強化の魔道具が動き出す。


 ふっと、温かいような感触が、魔道具から心臓付近へと入って来る。それが血流に乗り、心臓の脈動と共に全身に回る。魔力が巡り始める。


 感じたことのない力強さが四肢に満ちた。体を包む全能感。視界が広がり、脳が高揚し――


「ぐ、あ、痛っ……!?」


 ――凄まじい頭痛が襲って来た。頭痛だけじゃない、体が軋む。筋肉が痛みの悲鳴を上げ、内臓が引っ繰り返りそうな不快感を伝えてくる。


「兄ちゃん?!」


「大丈夫?」


 兄弟の声が歪んで聞こえる。視界が歪む。体が言うことを聞かない。魔道具の停止ができない。


「が……これ、やば……」


 世界が回った。いや、オレが倒れているのか。体が痛い。頭が割れる。


 やべえ……死んだかも――――。






「――ちゃん!」


 音が頭に響く。


「兄ちゃん! 起きろ!」


「いかないで!」


 呼ばれている、そう自覚した瞬間に意識が覚醒した。飛び起きる。


「ぐっは! 体、痛っ!? つか鉄くさっ!?」


 あまりの鉄錆の匂いに何事かと思ったら、ボタボタと鼻から血が垂れてきた。原因はこれらしい。ティッシュペーパーは……ねえわ!


「兄ちゃん!」


「起きた!」


 心配した顔の2人が真横にいた。痛む頭を抑えながら、服の袖で無理やり鼻血を拭う。


「うお~、クラクラする~。2人とも、オレはどれくらい倒れてた?」


「ちょっとだけだよ」


「お湯が沸く時間くらい」


「そっか」


 何時間も気を失っていた訳じゃないらしい。


「兄ちゃん大丈夫かよ。顔が酷いぜ」


「水飲む?」


 リィーンから水の入ったコップを受け取る。


「ありがとう。う~、大丈夫かと言われると全身辛いけど……まあ、こうして生きてるし大丈夫だろ。2人が魔道具を外してくれたんだよな。助かった」


 紐が切れた魔道具が床に転がっていた。どちらかが急いで外してくれたんだろう。


 オレの言葉に、2人はほっとした顔をする。


「まったくびっくりしたぜ。急にぶっ倒れるんだからよ~。やっぱり初心者に魔道具作りは難しいんじゃねえの?」


「危ないよ」


「いや、魔術式は問題ないはずなんだよなあ。実際、途中まではちゃんと発動してたし」


 魔道具は想定通りに発動した。オレも、全身に満ちる力と高揚を感じた。あれが身体強化で間違いないはずだ。


 なら、どうして失敗したのか。オレに魔核はないが、魔核の役割は魔道具が代替した。この世界の住人とやっていることは同じのはず――


「あっ」


「兄ちゃん、どうした?」


「痛い?」


 思い付いた答えに、兄弟の言葉も耳に入らない。


 そうだ。オレはこの世界の人類と地球人の違いを、魔核の有無だけだと思っていた。


 だけどそうじゃなかったら? この世界の生き物は、魔力という存在を前提に進化して来たはず。

 つまり、魔力を扱うことに適応した種だ。


 一方でオレは、魔力なんてものが存在しない純地球人。当然、魔力を受け入れるような肉体構造にはなっていないはず……。


 …………となるとこれは……さっきの感覚も踏まえるなら……。


「オレが身体強化を使えるのは……肉体が壊れるまでの短時間だけ、か……?」


 ………………………………あれ、詰んだ?

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