第13話 弱点は利点
帝都からオレの足で3時間ほど走ると、鬱蒼と茂った森に辿り着く。帝国が管理している場所で、栽培に成功していない薬草などの採取地だ。駆け出し冒険者の狩場でもある。
そんな初心者御用達の森へと、オレは朝から足を踏み入れていた。もちろん仕事のためだ。
魔道具を使用した身体強化で盛大に失敗してから早数日、大図書館で解決方法を探っていたのだが、結局見つからずに所持金を減らすだけだった。
そろそろ金を稼がないと不味い。
「人生、上手く行かなくても、生きてるだけで腹は減るし金も減るーっと」
他の冒険者が踏み固めた道を進みながら、口の中だけで呟く。生きるために仕事は大切だ。
久しぶりの森はなんだか新鮮だった。緑の匂いに、土の湿った匂い、鳥の虫の鳴き声。帝都では感じない自然に、心が少し落ち着く。気分が切り替わるのが分かる。
まあ、それは裏を返せば、今まで心が落ち着いていなかったということだ。なんだかんだと、オレは実験の失敗に落ち込んでいたらしい。
「それでも、収穫はあったけど」
一つは体を魔力に慣らすことで、身体強化の持続時間をある程度伸ばせそうなこと。
あの失敗の後、魔道具を改良して流す魔力量を絞って実験してみた。その結果、限界ギリギリまで身体強化を使用することで、酷い筋肉痛が起きる代わりに少しずつ発動可能な時間を伸ばせることが分かった。
現在は2分程度なら身体強化の使用が可能だ。とはいえ、2分発動して全力で動くと、その後は自力での移動も困難なくらいに全身が痛む。実質使えるのは1分と言ったところだ。
60秒間だけ、オレは制限なしで超人のように活動できる。
その時間以外は今までと変わらないから、結局剣も鎧も装備は無理そうだ。金属の塊を身に付けたまま、長時間の移動と森での隠密行動をするのは、オレの素の能力では不可能だ。
あと金もない。
そうなると膂力が向上しても武器がない訳だが、そっちは二つ目の収穫がある。
オレが何故か使える魔力操作の力。これが、身体強化を使用することで同時に強化されるのだ。
元々は小型の魔物にしか干渉できなかったが、もう少し大きな魔物の魔力にも干渉できるようになった。
魔力暴走を使用可能な範囲が広がったのだ。
魔力が暴走した魔物は、最終的に爆発したように破裂するから毛皮や肉などは採りづらい。それでも、一番換金率のいい魔核は採取できる。
これで一応、オレも最低限ながら冒険者として活動はできそうだ。
「本当に最低限だけど。あとは……戦闘に使えそうな魔道具を開発するしかないな」
魔道具に使えそうな魔術もいくつか探してある。身体強化以外にも、別な魔道具を作ってみるつもりだ。
個人的には透明な魔力の壁を作る『防壁』の魔術が気になった。緊急時の盾や鎧代わりに使えそうだ。
魔力さえ足りれば、魔道具で出来そうなことはとても多い。生活と人生がかかってはいるが、考えるだけでも意外と楽しい。
「楽しいけど、作るためには金が必要ですっとお」
小川を跳び越えて、ぬかるんだ地面に着地する。使い古した靴の隙間から、じわりと水が染みてきた。帰ったらディーンに水を出してもらって丸洗いだな。
好きに水を出せるのは便利で羨ましいもんだ。
まあ、人を羨んでも何も解決しない。欲しいものは自分で掴み取るのみだ。
さて、お仕事開始。
風下に位置取りながら、ゆっくりと森を進む。音を立てずに息を殺して木々の葉の向こうを見透かす。
ほぼ丸腰な装備故に、オレは恩密行動がけっこう得意だ。狩人のルヴィから教わった歩き方も大いに役立っている。
目指しているのは鳥の鳴き声だ。こっちの言葉で深紫鳥という名前の野鳥。
名前の通り羽は綺麗な紫色で、貴族が着る服の飾りにも使われるらしい。さらに頭が良く伝書鳩のように働ける他、心地よい鳴き声でも人気があるのだとか。
ぶっちゃけて言おう。この深紫鳥、無傷で捕獲するととても高値で買い取ってくれる。なんせ、最終的に購入するのは貴族だ。動くのが大金となれば、捕獲した者にもそれなりの金が入る。
そんな価値のある鳥なのだが……警戒心がもの凄く高い。近づいたら逃げるどころか、遠くから見ただけでも逃げる。
この世界の住人の身体能力が高くても、さすがに空を飛ぶ鳥を捕まえるのは無理だ。
その結果、たま~に罠にかかった深紫鳥が売られるだけらしい。それも怪我をしたり死んだりしているのが多いので、装飾用の羽が取られて終わりなのだとか。
ちなみに肉はあまり美味しくないらしい。というか、小型の鳥なので食べるところもないとのことだ。残念。
さて、買い取り金額の高さは、そのまま深紫鳥の捕獲難易度に比例している。高位の冒険者でも捕獲は難しいので、初心者が手を出せるような相手ではない。
毎年何人もの駆け出し冒険者が大金を夢見て深紫鳥を追うらしいが、残念ながら成功した者はいないらしい。
優雅に逃げ切る深紫鳥は、この森で悠々と数を増やしていると言う訳だ。
まあ、ここまでの情報だとオレが捕獲するのも無理そうだが、いちおう見込みはあるつもりだ。
オレの弱さも、たまには強みになる。
距離で15メートル。紫色の羽がよく見える位置に深紫鳥がいる。木の枝の上で、赤い木の実を啄んでいるようだ。
普通の冒険者なら見ることはできない光景だろう。深紫鳥は視線を感じただけでも逃げるのだ。
それなのにどうしてオレがここまで接近できているのかと言えば……オレに魔力がないからだ。
冒険者になり立ての時期、オレは角兎に襲われたことがある。角兎は気が弱く、普通は冒険者から逃げるような魔物だ。
だが、オレには向かって来た。オレが弱者だと判断したからだ。
これまでの経験からだが、この世界の人間以外の生き物は、相手の魔力量というものを察知できるらしい。
この世界において魔力の量とは、すなわち生き物としての強さだ。自分より強い生き物からは逃げる。それは自然ではとても当たり前のことだろう。
ではその逆、自分より圧倒的に弱い生き物から逃げる必要があるだろうか。取るに足らない存在から、わざわざ飛行というエネルギーを消耗する手段を使ってまで逃げるか。
――結果から言えば、深紫鳥は逃げないことを選択した。魔力を持たないオレを、脅威ではないと判断したのだ。
内心の興奮を抑えながら、じりじりと足を進める。深紫鳥はたまにオレを見るが、逃げようとはしない。
10メートル。より速度を落とし、亀のようにゆっくりと体を動かす。
5メートル。呼吸すらほぼ止める。オレはそこら辺にある岩だ。逃げる必要のない自然物。
深紫鳥の直下。深紫鳥がいる枝の高さは目測で4メートル。射程圏内!
――身体強化『発動』!
全身に力が満ちる。60秒だけの超人化。だが1分もいるかよ! 3秒あれば十分だ!
「ふっ!」
全力の垂直跳び。頭上で深紫鳥が羽ばたく。最高速度では到底敵わない。だけどスピードに乗る前なら、オレの方が速い!
迫る紫色。伸ばした両手が、空へと逃げかけた深紫鳥を捕らえる。柔らかな羽毛と温かさが両手に伝わってきた。暴れる体を押さえ込む。
「うおっしゃゲットぉ~! ははは! ディーン、リィーン、今日の晩飯は豪華だぜえ!」
地面への落下の最中、魔力に酔った頭のままに叫ぶ。
魔力の馴染まない体の弱さも、役に立つなら悪くはねえ。
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