第36話 調査依頼
翌朝。軽く朝食を摂ってロゼッタと別れる。
ロゼッタは村の周囲の確認と魔物狩り。オレは村の奥に見える山に登って異変の原因調査だ。
ロゼッタと数人の村人に見送られて村を出た。なんだか久しぶりに感じる単独行動だ。
山を登り始めると、やはり魔物の数は多いように感じた。そこまで強い魔物はいないが、消耗を避けるために見つからないように進む。
魔力を探りながら距離を取り、匂いに気取られないように風向きにも気を付ける。
山を登る速度は遅くなるが、いちいち戦うよりもこちらの方が結果的に速い。
見つけた岩陰で魔物の気配が遠ざかるのを待ちながら、魔物の動きの規則性を整理してみた。
「移動の流れが……山の上ってよりは向こう側から?」
感じる魔力や残った足跡からすると、魔物がやって来る方角はだいたい一致しているようだ。
となれば、山の向こう、そちらで魔物が逃げてくるような異変があったのだろう。
「……幸いなことに、王狐ほどの魔力は感じないな」
まだ遠いから確定とは言わないが、特級の魔物が関わっている可能性は低そうだ。
少しだけ安堵して、オレは再び移動を開始した。
山の中、獣道とすら言えない道なき道を進む。魔物を避けて歩くと、基本的に道中は過酷になるのだ。
「っはあ……鎧とか着てなくて良かったって、つくづく思うな……」
平坦な地面などなく、地面そのものも茂った植物で見えない。足場は最悪。服は霧と汗を吸って重い。
こんな状況で金属鎧なんて身に着けていたら馬鹿だと思う。熱中症で死ぬわ。
「ちょっと休憩……」
斜面から曲がって生えた木に背中を預ける。葉の隙間から見える山頂と太陽の位置から方角を確認。
あと半分ってところか。たぶん。
「
プラス思考を口に出し、勢いをつけて木から背中を離す。移動を再開。
ガサガサと藪を掻き分けて進み、残り半分も進まないうちに“異常”を見つけた。
足元に生える草花を潰すようにして倒れた魔物の死体。
それだけならば珍しいものではなかったが……。
「蜘蛛……虫型の魔物、か……」
腹を食い破られて絶命している黒い蜘蛛の魔物。コタツに足が生えたようなサイズ感だ。死んでから時間が経過しているのか、八つの目は白く濁っている。
魔物としては小さいが、オレの感覚ではかなり大きい。というかキモイ。特に口元が。グロイよ。
「……気持ち悪さは置いておいて、この周辺で虫型の魔物が出るって情報は聞いてない」
外骨格で体を支えている故に、本来であれば巨大化が不可能な節足動物である虫。
それが魔力で外骨格の強度を上げることで巨大化に成功しているのが、この世界の虫型の魔物だ。
それでも巨大化には負荷があるのか、虫型の魔物は比較的数が少ないが。
なんにせよ、冒険者ギルドの情報でも村での聞き取りでも、この付近に虫型の魔物がいるなんて話は出て来なかった。
「コイツが原因か……?」
虫型の魔物は数こそ少ないが強い。並み外れた生命力と効率的な肉体は、他の魔物にとっても脅威だ。
目の前で死んでいる個体は小さいが、まさか若い個体が一匹だけ迷い込んだなんてことはないだろう。他にもきっといる。
そして、もし他にも蜘蛛の魔物が移動して来ているならば、他の魔物の動きがおかしい原因は十中八九コイツらが原因だと考えていいと思う。
「……そうなると、なんで蜘蛛の魔物がやって来たのか、っていう疑問が出る訳だけど」
それはこれから調べるしかないか。まずは山の向こう側まで行ってみよう。
山を進むたびに蜘蛛の痕跡は増えた。木々の間に張った蜘蛛の巣。獲物を捕らえた白い糸玉。
遭遇を避けているので直接は出会っていないが、やはりまとまった数がいるようだ。
いつでも戦闘を行えるように構えながら進み、ようやく目的地へと到着した。
山を挟んで村の反対側。そこは木々も生えない荒れた岩肌だった。吹き抜ける風も寒々しい。
「なんか、変だ」
蜘蛛の痕跡は確かにこの場所を中心に増えていた。だが、荒涼とした景色の中に蜘蛛の姿は見えない。
そして感じる魔力もおかしい。
見える範囲には生き物なんていないのに、濃い魔力だけは届いてくる。
岩や地面が、感じるくらいの魔力を宿してる……?
初めて遭遇する現象に困惑が浮かぶ。そういう種類の鉱石なのか? というか蜘蛛はどこに?
「……っ!」
集中していた魔力の感覚に、接近する魔物の気配。方角は……下から!?
慌てて近くの岩に身を隠す。
じっと気配を殺していると、ガシガシと地面を鳴らす足音が聞こえた。音も魔力も……遠ざかっていくようだ。
呼吸を落ち着かせ、そうっと岩影から顔を覗かせる。
白と灰色の景色の中に見えたのは――黒い蜘蛛の後ろ姿。緑が豊かな方と進んで行く。やがて木々の向こうへと消えた。
蜘蛛の魔物は急に現れた……、
「訳じゃない……。地下だ」
動く魔力がないこと確認し、蜘蛛の魔物が出てきた地点へと移動する。斜面に埋まった岩の根本付近だ。
やはりというべきか――そこには黒々とした亀裂があった。屋根の低い普通自動車が嵌るくらいの大きさだ。かなり深いようで奥は見通せない。
ただ、角度はかなり急なようだ。少し進むとほとんど垂直に近くなる。これでは虫型の魔物くらいしか上がって来られないだろう。
「この下に広い洞窟でもあって、蜘蛛は元々そこに生息していた、と……」
最初に見た蜘蛛の死体の目は白く濁っていたが、もしかして元から見えていなかったのかもしれない。
地下に光源はないはずだ。目を頼りにする必要もない。
「さて、蜘蛛がどこから来たのかは判明したな。……とりあえず塞いでおくか」
地下にどれくらい蜘蛛がいるのかは知らないが、出口を塞げば出て来られないだろう。運の良いことに、周囲には亀裂を塞げそうな手頃な岩が数多く転がっている。
「手頃なサイズって言っても、オレの腕力じゃきついけど。使うか魔道具」
装備していた王狐の魔石へと触れる。現場で使うのは初めてだ。
「発動、機能5。仮称『大型魔力腕:右腕』」
燃料用の魔石から魔力を吸い上げ、特級の魔石が稼働する。
眼前に滲み出るように現れたのは、半透明な魔力の巨腕。しっかりと再現された五指が開く。
身体強化に制限があるなら魔道具で力仕事をすればいい、と考えた結果の魔力の腕。
王狐の魔石が誇る大出力のおかげで小型重機くらいの力がある。人間の手を再現したおかげで精密作業も可能だ。
……まあその分、操作難易度が高くて燃費も微妙だけど。
「さっさと終わらせよう。魔力がもったいない」
右腕を模した巨腕を操作。転がる岩を鷲掴み、亀裂を埋めるように落としていく。いくつかは亀裂の奥にそのまま落下していったが、構わずに作業を続けた。
「これで、よし!」
最後に平べったい大きな岩を引き摺って被せ、20分ほどで作業は終了した。
魔力の消費はかなり痛いが、これで当分この穴から蜘蛛が出てくることはないだろう。
「ふう~、あとは他にも穴がないかの確認と……亀裂ができた原因の調査か」
他の穴の確認はロゼッタにも協力をお願いしよう。オレ一人では厳しい。というかオレの依頼はあくまで調査なので、そこは村長から新しい依頼を出すなどで協力してもらいたいところだ。
まあ、そこは村に戻ったら話し合うとして、問題は亀裂ができた原因か。
村で話を聞いた限り、魔物の異変が起こったのはごく最近。となれば以前まではこの亀裂もなかったはずだ。
地震が起きたという話も聞いていない。直接地震の有無を確認した訳ではないが、この国では地震の発生は非常に珍しいのだ。
もし発生していたら、異変の心当たりを聞いたときに村長が教えてくれただろう。
「つまり原因は不明だけど……この変な魔力が怪しいか」
何もないはずなのに感じる妙な魔力。おかしな物でも埋まっているのかもしれない。
そう考えて斜面を登る。
魔力が一番濃く感じた場所にあったのは、何の変哲もない岩だった。かなりの巨岩であるのは確かだが、特に周囲に転がっているものとの違いは見られない。
「よく分からないな……」
呟きながら岩に手をついた、その瞬間。
ゴゴゴッ! と地面が揺れた。
「……!!」
激しい揺れに思わず姿勢を低くする。
地震か!? と思ったがおかしい。周囲の木々は揺れていない。揺れているのはオレの周りだけだ。
「いったい――」
なんだ! と続ける間もなく、揺れの正体が姿を見せた。
地面を激しく揺らし、大量の土砂を掻き分けながら、巨大な岩が地表に現れる。
いや、正しくは岩ではなかった。
慌てて飛び退くと、ようやく全貌が見えた。
「ゴーレム系の魔物……!?」
立ち上がる影。見上げるほど巨体を持つ、岩石のヒトガタ。
岩の獣。石人形。この世界での呼び名は複数あるが、オレは勝手にゴーレム系と呼んでいる種類の魔物。
実物を見るのは初めてだ。なるほど。動かない魔力の正体は“これ”か。
――なんて、考えに浸っている余裕はなかった。
岩のゴーレムが腕を振り上げる。
「や、べ……っ!!」
全力でバックステップ。同時に体の前に『防壁』を展開する。
ゴーレムの巨腕はオレの数メートル前を通り過ぎ――そのまま大地を割った。
くぐもった巨大な衝突音。岩の拳を中心に、地面が蜘蛛の巣のようにひび割れる。
オレが足場にしていた岩も跳ね上がり、オレの体が宙に浮いた。
そこから見えた。
先ほどまで確かな足場だった地面が、崩れて落下していく様子が。
地面が落ちる先に、全てを飲み込むような暗い空間が口を開けていることが。
巨大なゴーレムを中心に、全てが地の底へと落ちていく。もちろんオレも。
「うっそだろぉーー!?」
崩壊の音とオレの叫びが、山々の間で木霊した。
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