第35話 活動前夜
ロゼッタのちょっとしたドジに殺されかけるというトラブルもあったが、オレたち2人は無事に依頼の村へと到着した。
すぐに依頼達成に向けて動きたいところだったが、到着した時刻が夕方だったため活動は翌朝から始めることになった。
村長から村の空き家を一軒貸してもらえたので、まずはロゼッタと2人で掃除を行う。
ロゼッタの不器用さを考えれば、オレ一人でやった方がいいかと思ったが……。
「――『風よ、小さく舞え』」
ロゼッタが発動した魔術の風が、積もった埃を家の外へと吹き飛ばしていく。家具を揺らすこともない絶妙なコントロールだ。
「魔術はこんなに得意なのに、なんでロゼッタは不器用なんだろうね?」
「魔術は戦闘でも使うのでな。しっかりと修練を積んでいるのだ」
「……戦闘で体を使う訓練はしてるのに、“うっかり”は治らないの?」
「うむ……不思議なのだがな。どうにも時折うまく力を調整できなくなることがあるのだ。……ごくたまに、だぞ?」
「うん。それは知ってるけど。普段のロゼッタは頼り甲斐がある冒険者だし」
まあ、「ごくたまに」起こるミスで死んだら、たまったものじゃないけど。
とりあえず、これからは剣を持ったロゼッタには気を付けよう。
「さて、それじゃあ大雑把に掃除もできたし、軽く中を片付けて夕食にしようか。村の人から名前知らないけど魚もらったし、これ塩焼きにしよう。遠火でじっくりと、皮は塩が浮いてパリっとするくらい、中の身はふわっとなるように焼いて。あー、美味そ!」
もらった川魚は30センチくらいの大物だ。イワナみたいな見た目をしている。塩焼きするっきゃない。
「ふふ、コーサクといると旅の食事が豪華になるな。これに慣れては次からの一人旅が味気なくなりそうだ」
それって、次の依頼も一緒に行こうっていう遠回しな誘いなのかなあ、なんて思いながら、オレは火打石でかまどに火を点けた。
夕食が終わり、明日の依頼に備えて就寝する。貸してもらった家は狭く、寝られる部屋は一室だけ。
ベッドなんて上等な物はないので、村長が貸してくれた毛皮の敷物を敷いて外套に包まって眠る。
当然、ロゼッタとは同室だ。2人とも冒険者だし、旅の間はすぐ近くで寝たりもする。
別に、依頼先で同じ部屋で寝るくらいはどうってことない。普通だ。今さら気にすることじゃない。
……いや嘘。ちょっと緊張する。近いし。ロゼッタ美人だし。変な寝言を言わないことを祈りたい。……誰に祈ればいいんだろう。眠りを司る精霊とかいるのかな……?
「それではコーサク、おやすみ」
「あ、うん。おやすみー」
あんまり意味のない思考をしている間に、ロゼッタはさっさと目を閉じてしまう。
……無頓着というか何というか……信用されてるのかな?
まあ、オレが邪な考えを持って行動したところで、本当に小指一本でも制圧されるレベルの戦力差がある。無理だ。
……いや別に、何かしようなんて思ってないけど。
「……」
道中で魔物との戦闘が多かったせいか、鼻の奥に血の匂いが残っているように感じる。戦いの余韻に、どうにも酔ったように思考が偏っているようだ。暗闇がそれを後押ししている。
少し別なことに頭を使おう。
規則正しい寝息を立てるロゼッタを起こさないように、そっと目当ての物を取り出す。
乏しい光源の中でも存在を主張するように、闇の中にぼんやりと浮かぶ赤い石。魔石だ。
ただ、並みの魔石とは比べ物にならない程の大きさと輝きを持つ魔石だった。――それも当然、これは特級の魔物である幻影王銀狐の魔石なのだ。
売ればしばらく遊んで暮らせる金になる貴重な魔石。
それを今、オレの切り札とするべく魔道具として開発している。膨大な容量を持つ特級の魔石は、オレが思いつく機能を全て詰め込んでもなお余裕があるほどだ。
未だ完成には遠いが、既に土台となる魔術式は組んでいる。より効率的に、より多機能にできるよう、こうやって暇を見つけては弄っているのだ。
娯楽の少ないこの世界では、魔道具作りに悩むのも楽しく感じる。気を付けなければ徹夜してしまうくらいだ。
それでも明日の調査があるので程々で終わらせなければならない。
勢いが乗ってくると終わるのが惜しくなったりするが、今日はちゃんと自制しよう。つまらないミスが死に繋がるのが冒険者稼業。依頼での寝不足は厳禁だ。
そう決めて魔石の中に意識を集中する。外から聞こえる虫の音色も、ロゼッタの静かな吐息も、全てが遠くなった。
外部から脳に直接情報を送られるような感覚と共に、脳裏に球状の空間が浮かび上がる。
その空間に漂う魔術式へと、オレは新たな精霊語を付け足した。
ふ、と集中から抜けた。意識してみれば、先程よりも周囲の静寂が深い。どうやら夜も更けたようだ。そろそろ寝た方がいいだろう。
そろりそろりと魔石を背嚢へ戻していると、ロゼッタが寝返りを打った。顔がこちらを向く。
「……むう、コーサク……今日の魔道具作りは終わりか……?」
眠気の混じった声。
「ごめん。起こした?」
「いや……護衛のときの習慣が抜けていないだけだ……。ここに来るまでの間は夜間の警戒もあったからな……少し眠ると目が覚めるのだ」
横向きに寝るロゼッタが、もぞもぞと体を丸める。朧気に見える空色の瞳は、珍しくぼんやりとしているように見えた。。
「……特級の魔石で魔道具を作ってまで、コーサクが戦う理由はあるのか?」
唐突に投げかけられる質問。オレの答えを待つこともなく、ロゼッタは言葉を重ねる。
「こう言ってはあれだが……コーサクは弱いぞ」
グサリと言葉の刃が刺さる。薄暗くて良かった。今の顔を良く見られずに済む。
「戦いに向く性格でもないだろう。それに、他に取れる道はいくらでもあるはずだ。魔道具職人でも、料理人でも、商人でも、コーサクならなれるだろう。……以前は国外の人間ゆえに信用がないと言っていたが……幻影王銀狐を討伐した功績がある今なら、無下に扱われることもないはずだ」
黙る。ロゼッタの言う通り、ただこの世界で生きて行くだけならば冒険者という職業に、戦うことに拘る必要性はない。
自分の命を危険に晒さず、多くの人々のように平穏に生きて行く選択肢は確かに存在する。
「コーサクは自罰的すぎるように見える。……穏やかに暮らしても、コーサクを責める者などいないのだぞ」
……自罰的。そう言われるのは初めてだ。
確かに、言われてみればオレは罰を望んでいるのかもしれない。恩ある人々を、誰一人守れなかった罪に対する罰を。
罰が与えられないのではあれば、せめて償いを。誰かを守ることで代わりに。
「戦いたくないのであれば、戦わなくともよいのだ」
とても静かに、ロゼッタはそう言った。
……戦いは辛い。命のやり取りは惨い。血の鉄錆の匂いも、臓物の胃が引っ繰り返りそうになる悪臭も、魔物の断末魔の叫びも、急速に消えていく瞳の光も、オレは好きじゃない。
戦いに向かない自覚はある。
「――それでも……オレは戦うよ。守られるだけなのも、逃げるだけなのも、ただ結果だけを知るのも、もう嫌だから」
今度はオレが、誰かを守るのだ。
ロゼッタは何も言わない。沈黙が流れる。
「……そうか。……すまない。無遠慮なことを聞いた。――どうにも夜の闇は駄目だ。相手の顔が見えない分、余計なことを言ってしまう……。すまないコーサク」
ロゼッタが外套を引き上げて顔を隠した。夜中のテンションにやられたらしい。あるある。
「別に気にしてないよ。オレの強さで冒険者をやってるのは、誰が見てもおかしいと思うし。――それはそれとして、ロゼッタは何で戦うの?」
オレだけが話すのは不公平な気がする。だから聞いてみた。
ロゼッタは外套に顔まで包まったまま答える。
「……コーサクと変わらない。守るべき民をこの手で守りたいのだ。一番初めの動機は憧れだったが、いつか自分の意思になった。そして、幸いなこと私は強かった。魔力も、頑健さも、日々を生きる民とは比べ物にならないくらいに」
ロゼッタが体を小さく丸める。
「だから私は戦うことで民を守る。……どの道、剣だけを手に生きてきた身だ。他に選ぶものなどない。――語り過ぎた。もう寝る。おやすみ、コーサク」
ゴロリ、とロゼッタが反対側に転がる。
これで夜話は終わりだと、オレより小さな背中が言っていた。
「おやすみ、ロゼッタ。――また明日」
オレもロゼッタに背を向けるように横になる。
敷物からの微かな獣臭さを感じながら、ゆっくりと目を閉じた。
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