第45話 呪いの魔核

 人攫いの組織、『双頭蛇』のアジト内を走り回る。


 遠くからは破砕音と怒号が聞こえてきている。レックスは順調に暴れているようだ。

 混乱が続いている間に、オレは攫われた子供たちを救い出さなければならない。


「くそっ、地下への入り口はどこだよ……!」


 魔力を探り、子供たちの場所に目星はつけている。


 成長途中の小さな魔力。その反応が複数あるのはアジトの下だ。だけど、そこまでどう行くのかが分からない。


 非合法の組織の癖にアジト広すぎだろ!


「っ……!」


 進行方向に魔力反応。2人。敵だ。先に見える扉の向こうにいる。


 どうする。一方的に相手の場所が分かる以上、隠れてやり過ごすのは簡単だ。余計な戦闘で消耗したくもない。


 だけど、このまま闇雲に走り回って、ディーンたちに辿り着けるのか?


「……ふうぅ、住んでる奴に教えてもらうか……」


 尋問。地下への生き方を吐いてもらう。


 そのためには拘束手段が必要だ。

 生憎ロープの持ち合わせはない。魔力の腕で拘束は……大声を上げられたらアウトだ。


 他に人間2人を拘束する方法は、ない。


「ないなら作れ。開け『武器庫』」


 魔力が脳を巡る。より深く魔石とリンク。敵を拘束するには『防壁』の魔術を流用する。

 簡単だ。前に作った魔力の鎧。それを動かなくしてしまえばいい。体を守る鎧は同時に全身を拘束する“檻”となる。


 防壁の鎧をオレの肉体基準ではなく座標指定に変更。発動させる場所はオレの視覚情報から任意で設定に。


 魔術式を書き込む。拘束した者には指一本自由にさせない。顎も固定して自由に喋れないように。特に関節部分は強度を増やした。


「即興構築、完了……!」


 扉は目前。敵の魔力は扉のすぐ向こう。


 先手はオレがもらうぞ!


 脚を振り上げ、進む勢いのままに扉を蹴り開ける。


「うおっ!?」

「んだ!?」


 いたのは若い男2人。退廃的な雰囲気から組織の人間で確定だ。


「捕らえろ『防壁:檻』」


 生まれたばかりの機能が発動する。


 構築は一瞬。2人が声を上げる暇もなく、全身をくまなく防壁の欠片が包み込んだ。


「~~!」

「!?」


 強制的に閉じられた口から唸り声を上げる2人。混乱の中でも攻撃されたことは理解したらしく、すぐに殺意の籠った視線をよこしてくる。


 無駄に騒ぐなよ……殺したいのはオレの方だぞ、テメエら。


 腰裏から解体用のナイフを引き抜く。オレが狩った魔物たちを解体してきた、血の染みた刃だ。自分で削って調整した柄は手によく馴染む。


 2人の首元の拘束を一部解く。握った刃を無造作に振り抜いた。


「「っ!?」」


 首の薄皮一枚。すうっと赤い線が伸びていく。滲んだ血の雫が鎖骨へと流れていった。微かな血の匂いが鼻へと届く。


 当然、拘束された2人の鼻へも。


 暴れる情報源へと、危うく光る刃を向けた。


「攫った子供たちの居場所を吐け。喋らなかった方を殺す」




 教えてもらった場所へ向けてアジトを走る。地下への階段は建物の中央部だ。


 レックスのおかげで他の構成員とは出会わなかった。


「ここだ」


 目印は古びた木製の扉。地下からの湿気で端が腐っている。


 ゆっくりと開き、冷気の漂う暗闇へと身を滑り込ませた。扉を閉める。暗い。闇が濃すぎて何も見えない。


 呼吸を整え、じっと目を慣らす。徐々に闇の中が見えて来た。

 小さいが光源はある。閉めた扉の隙間から射す細い光。それと、下った先を淡く照らしている灯り。


 地下にいるのは子供たちだけじゃない。


 魔力を探る。集まっている小さな魔力たち。そこから離れて大人の魔力が一つ。大人の魔力と一緒に、覚えのある子供の魔力――ディーンだ。


 敵は一人。たぶん違う部屋。何故かディーンを連れている。優先するのは、そっちだ。


 湿った石の階段を駆け下りる。


 辿り着いた先は石を敷き詰めた地下通路。ディーンの魔力を目指して走る。


 足音を消しながら急ぎ、鉄で補強された扉の前に着いた。室内の明かりが外へと漏れている。

 ――不快な鉄錆の匂いが濃い。暗い魔力が背中を撫でる。


 オレは『武器庫』による身体強化を纏い、軋む扉を勢いよく開け放った。


 視界に入ったのは、錆びの浮いた椅子に縛り付けられたディーンと、その前で鉈を片手に舌なめずりしている禿髪の男。


 ぷつん、と何かが切れた音がした。


 体が進む。身体強化は全開。たった一歩で部屋の半分を踏破し、勢いを全て右拳に籠めた。


 振り抜く。


 禿げた男の顔面が変形するのがスローで見えた。吹き飛んだ男は壁際に並んだ拷問器具へと激突し、鈍い刃に刻まれて血を吹き出す。


「ぐぎゃああっ!?」


 素手で殴ったのでオレの皮膚も弾けた。指先を熱い血が濡らす。不思議と痛くはなかった。


 お互いに、不公平に血を流す。オレは男へと接近した。


 瓦礫と化した拷問器具から、痛みにのたうつ男を引き摺り上げる。腕力任せに無理やり立たせた。


「黙ってろ『防壁:檻』」


 全身を拘束。男は悲鳴すら上げられずに棒立ちになる。足元に血が滲んでいった。


 構わず、オレはディーンへと振り返る。

 ディーンは意識があった。目は赤いが、泣いてはいない。最後まで意地を張り抜くつもりだったらしい。


 子供たちは弱いが、それでも生きる意思の強さは素晴らしい。


「にい、ちゃん……リィは……」


 弱々しくもディーンは弟のことを一番に聞いた。


「リィーンは無事だ。今は風呂屋で待ってる。一緒に帰るぞ」


 縛られて消耗しているようだが、ディーンに外傷はなかった。ギリギリで間に合ったようだ。腹の底に溜まっていた重しが軽くなった。


 汚い革の拘束を解き、水を飲ませる。


「げほっ、兄ちゃん、他の仲間も助けねえと。一緒に攫われたんだ。すぐ近くの部屋に閉じ込められて――そうだ鍵!」


 自由になったディーンが指をさしたのは、無言で拘束されている男だ。その腰には鉄色の鍵が吊るされている。


 拘束を一部解き、オレは鍵を取り外した。


 これで他の子たちも逃がせる。そう思ったところで、禿げた男が笑っていることに気がついた。

 醜く、顔を歪めて笑っている。


「何が可笑しい?」


 口元の拘束を解いて尋ねた。情報を引き出せるなら引き出したい。


「ひっひひひ、逃げられると思ってんのかよ。今日逃げ切っても、俺たちは追い掛けるぜえ。どこまでもなあ。テメエも、そのガキも、顔はしっかり覚えたからなあ。いつか、絶対に、いい声で鳴かせてやるよ、ひゃはははは!!」


 殴って黙らせた。魔力が無駄なのでディーンが座っていた拷問用の椅子に縛り付け、猿轡を噛ませる。


 男は狂人のように無言で笑っていた。ディーンは気丈な様子だが、青い顔は隠し切れていない。


 血に濡れていない左手で、ディーンの頭を乱暴に撫でた。


「大丈夫だ、ディーン。何とかする」


「……うん」


「ディーン、他の子たちがいる部屋に行って、移動せずに一緒に待っていてくれ。オレもすぐに行く」


 鍵を手渡す。ディーンは迷いつつも言う通りにしてくれた。


 部屋から出ていくディーンを見送って、オレは男へと向き直る。聞かなければならないことがあった。

 猿轡を外す。


「ひ、ひゃははっ、なんだ、俺を拷問すんのか? テメエも同類かよ、ひひっ」


 無視して視線を切り、壁際へと歩く。そこには頑丈そうな棚があった。厳重に閉じられた戸の向こうに、何かがある。


 背骨を直接撫でてくるような、冷たく、そして悍ましい魔力を感じる。


「おい……おい、よせ! そこは開けるな!」


 ナイフの柄をぶつけて錠を無理やり壊し、棚を開く。


 途端に、悲鳴のような暗い魔力の波動が体を突き抜けた。


「やめ……やめろ!」


 並んでいたのは、赤黒い色をした小さな魔核だった。数は5つ。見た目はオレが良く知るものと同じ。

 ただ、凄まじい忌避感が体を襲う。


 禿げた男に振り向く。


「なんだ、これ」


「し、知るかよ!」


 回答拒否。左手で魔核を一つ手に取る。氷のような冷たさを錯覚した。鳥肌が止まらない。オレの体に害はないようだが、正体を知ってはいけないと脳のどこかが警告している。

 同時に、知るべきだと心臓が強く鳴る。


「おい、やめろ。俺に近づけるな……!」


「嫌なら話せ」


 一歩ずつ進む。近づく度に、男の顔色が悪くなっていった。


「わ、分かった! 話す! だから止まってくれ!」


 不気味な笑顔は跡形もなく、男は必死の形相で叫んだ。オレは立ち止まり、無言で言葉を促す。


「そ、そいつは“呪具”だ。人間の近くで割れば、あ、相手の魔核が止まる。つ、つまり死ぬ。普通は、手で持っただけで倒れる代物だ。て、テメエはなんで平気な面をしてやがる……!」


 ……それはオレに魔核がないからだ。魔力の有無はオレの命に関係がない。対象となる魔核がなければ呪いとやらも無効だろう。


 呪いの道具。呪具。相応しい名前だ。この魔核からは世界を呪う声が溢れている。


「材料は……」


「うえ……?」


「コイツは何を材料に作ってる?」


 腹に重さを感じながら問う。禿げた男を見つめているのに、何故か視野が広くなった。


 人を呪う赤黒い魔核。声なき怨嗟の声を上げる魔核。小さな魔核。――室内は鉄錆と腐敗の匂いに満ちている。並ぶ拷問器具には赤い錆――


 あえぐように男が言う。


「ガキどもだ――そいつは前に攫ったガキどもの魔核だ」


 一瞬、呼吸の仕方を忘れた。手に持った小さな魔核を握り締め、呼吸の方法を思い出す。

 その間に、男は聞いていないことまで喋り始めた。


「ひ、ひひひ……お上にゃあ、バレずに人を殺したい人間が山ほどいる。そ、そいつらに売るための商品だ。攫ったガキどもは売っ払うが、1人か2人は残すのさ。め、目に力が残ってる奴をなあ。ひひひひ!! 絶望して死ぬ瞬間に魔核を抉り出すんだ! 意思の強いガキはより強い呪いを生むんだぜえ!!」


「オマエは――」


 近づいて、血に濡れた右手で首を鷲掴みにする。ギリギリと締め上げた。握り締めた左手では、小さな魔核が冷たく存在を主張している。


「ディーンを“こう”しようとしたな……!!」


「げ、ひ……死ん、でも……だれも困らねえ……価値のねえ、ゴミども、だろ……」


 怒りで耳鳴りがするほどだった。オレが見た子供たちは必死に生きていた。泥臭くも力強く。

 そして、みんな普通の子だった。一緒に肉を食べたときの全力の笑顔を、オレは忘れない。


 それを、あの子たちを、「価値がない」なんて言うのかテメエは!!


「殺す。価値がねえのはテメエだ」


「ひ……ひひ、俺を殺しても……そ、組織に復讐される、だけ、だ……がっ!」


 ゴギリ、と首が鳴った。筋が固まった右手を引き剥がす。


「全員死んだら、復讐なんて無理だろ」


 怒りが腹の底で渦を巻く。同時に、顔も知らない、無残な姿になった子を想って胸が締め付けられる。


 制御できない強い感情に、周囲に精霊たちが寄ってくるのが分かった。


「――精霊よ。対価をやる。力を寄越せ」


 心から大切なものが抜けていく。空いた場所には怒りが流れ込んだ。


 焼けつくような怒りとは裏腹に、思考は冷徹に計算を始める。アジトで感じる魔力はまだ数が多い。身体強化は限界がくる。燃料用の魔石も手持ちは少ない。


 ここにいる敵を殺し尽くすためには、精霊の加護が必要だ。


 心の痛みを無視しながら、呪いを吐く残り4つの魔核を手に取る。財布の中身をぶちまけ、中に丁寧に仕舞った。さらに防壁の魔道具を使って、簡単な封印をする。

 この子たちも一緒に連れて帰る。


「次は、ディーンたちの守りだ」


 餌に狂喜する精霊たちを引き連れて、オレは子供たちのいる部屋へと歩く。


 頑丈な扉の前まで来た。外から声をかける。


「ディーン、守りの魔道具を渡す。誰かの足音が聞こえたら発動しろ」


「兄ちゃん……? 逃げるんじゃねえの……?」


 小さく扉を開けて、中へ魔道具を滑り込ませる。扉はすぐに閉じた。今の顔は、子供たちには見せられなかった。


「逃げるために、少し敵を倒してくる。安心して待ってろ。すぐに戻る」


 意識して柔らかい声を出した。……出したと思う。


 小さな返事を聞き、オレは地上を目指す。子供たちを連れて、誰にも見つからずに逃亡するのは難しい。事が終わるまで、ディーンたちはここで待っていた方が安全だ。


 周囲の敵は、全てオレが殺すのだから。


 地上に出る。眩しさが目に染みた。魔力を探り、近いものから“干渉の手”で爆散させていく。


 先日の蜘蛛よりも抵抗は少なかった。


 暴れながら、場所を選んで信号弾代わりに爆弾を撃ち上げる。レックスへの集合の合図だ。


 大勢の敵を引き連れて、レックスはすぐに跳んできた。


「よーう、コーサク! 上手く行ったか?」


 真っ赤な戦闘狂は絨毯を引き裂きながら着地する。


「子供たちは無事だ。今は地下に隠れてもらってる」


「へえ? 一緒に逃げねえのか?」


 ギラリと、返事が分かっているようにレックスは笑った。


「レックス――ここの人間は全員殺す。手伝え」


 赤い友人は唇を釣り上げる。笑う赤い瞳に映るオレは、屠殺者のように無表情だった。

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