第22話 新しい武器
最近は愛着が湧いてきた宿屋の部屋で、備え付けの木の椅子に座り、新しい魔道具をチェックする。
翼竜の素材を売った金も手に入り、加工された魔石も受け取った。翼竜は上級の魔物ということもあり、ギルドの金庫に振り込まれた金額はかなりのものだった。
これだけで、しばらく食べるのには困らないほどだ。
とはいえ、金がなくなるまで自堕落に過ごす選択肢は存在しない。
半分は貯金、もう半分は魔道具作りに当てることにした。貯金にも余裕が出来てきたので、ディーンたちに好きなだけ肉を食わせる、という約束を果たす日もそう遠くないと思う。
「大量に肉を買うなら、事前に肉屋に予約しないとなあ」
たくさん買ったら割引してくれるだろうか。要交渉だな。
肉に思いを馳せている間に、並行して進めていた魔道具の確認が終わった。
これまでとは毛色が違う魔道具だ。さっそく試してみよう。
冒険者ギルドに寄って依頼を請け、魔道具を片手にやって来たのは、帝都から近い場所に位置する農園だ。
なんでも最近、魔物による農作物の被害に悩まされているらしい。犯人は『石鎧狸』とかいう、タヌキなのかアルマジロなのか、良く分からない魔物だ。
どこからか、一頭だけやって来たらしい。
大きさはヒトの子供ほどで、硬質化した皮膚は厄介だが強くはない。むしろかなり弱い下級の魔物だ。狩ろうと思えば農家の人でも狩れるレベル。
……なのだが、とにかく逃げ足が速いらしい。逃げ“足”というか、逃げるときは、体を丸めて転がって逃げるらしいけど。
元々臆病な魔物のようで、人が近づいただけで転がって逃げるのだと、農家の方からは聞いている。
追い払うのは簡単だが、毎日農場全体を警備するのは難しいので何とか狩って欲しい、というのが依頼だ。
『石鎧狸』は下級のために報酬も安く、他の冒険者はスルーするような依頼だったが、オレにとっては近場のちょうどいい依頼だったので請けることにした。
例のごとく、通常状態のオレから『石鎧狸』が逃げることはないだろう。魔力が全くないオレは、魔物にとってはその辺を這う虫よりも脅威を感じない存在だ。
……この自己分析は悲しくなってくるな。
虫以下はさすがに自虐だったかもしれない。いやまあ、この世界では人間以上にヤバい虫も存在するけど。
人間よりも巨大な虫の魔物とか、出会ったら動けなくなるくらいの凶悪さだ。マジで、顔とか怖すぎるんだけど。
「虫は体の構造的に巨大化できない、とか昔見た記憶があるんだけどなあ……」
骨じゃなくて外殻で体を支えているはずだし。自重で潰れないのが謎だ。重力仕事しろよ。
……まあ、たぶん虫も魔力を使って外殻を強化している、というのが真相な気がする。魔力は万能だな。
「未だに、どういう理屈なのかはさっぱりだけど。……ま、使えればいいか」
魔力自体が謎の塊だが、今は「なぜ使えるか」より「どう使うか」が優先だ。
オレの武器になる魔道具が、しっかり動くならそれでいい。
「さて……」
新しく作った魔道具を、眼前に掲げて観察する。
端的に表すなら、それは『拳銃』だった。
翼竜の魔石を使用し、新たに生まれたオレの武器は、あちらの世界での“銃”を模したもの。
と、いっても、地球ではただのガラクタに分類されるくらいに、内部の機構は単純だ。
後部が弾を込めるために少し動くだけで、後は金属の筒に持ち手が付いただけの代物でしかない。
それでも、非常にシンプルなこれが“銃”として機能するのは、これが魔道具だからだ。
以前に失敗した『加速』の魔道具。あれは加速を生む領域を広げるほどに、魔力量が跳ね上がる欠陥品だった。
だが、範囲を絞って運用するならば、その欠点はなくなる。例えば『加速』の領域を、細く狭い銃身の内だけに設定するならば、魔力の消費は抑えられる。
あとは翼竜の魔石を使用することで『加速』の倍率を上げ、実用的なレベルの威力が出るようにした。
火薬の爆発力ではなく、魔力による加速で弾丸を飛ばす“銃型の魔道具”だ。
『加速』の魔術の他に、『風除け』の魔術も組み込むことで、弾丸の軌道がブレることはほとんどない。
銃そのものを作るのは、帝都にある工房に依頼した。銃の概念は伝えずに注文したので、職人にはかなり不思議な顔をされたが、出来上がった銃身は、見た限りではズレはない。
ただ、一緒に注文した弾丸は、良く分からない素材で出来ていた。鉛で注文しようと思ったのだが、鉛のこの世界での呼び名が分からなかったのだ。
仕方ないので「値段が手頃な範囲で重い素材」、と伝えたのだけど……これ、魔物由来の素材じゃないか?
白っぽいし、なんとなく、生き物っぽい温もりを感じる気がするんだけど?
……まあ、試し撃ちしても問題はなかったからいいけどさ。
この世界において魔物は人の脅威だが、同時に人の糧でもある。身の回りにある物でも、魔物の素材を使用して作られたものは非常に多い。
金属製かと思ったら、魔物の甲殻だった、とか良くあるのだ。オレが狩った翼竜の素材も、今頃は誰かの武器か防具か、何かの道具に加工されていると思う。
金属資源や化石燃料に頼らない文明。劣っている部分も多いが、元の世界のように際限なく地面を掘り起こすよりは、余程環境に良い生き方だろう。
さてと、少し思考が飛んだが、今日の目的はこの銃型魔道具の使い心地を確かめることだ。さっさと『石鎧狸』を探そうか。
「アルマジロはどこにいるー、と……」
周囲の魔力を拾いながら、オレは広い畑に沿って歩き始めた。
畑の傍にある草むらが、風もないのに微かに揺れた。息を潜めて地面に屈み、魔力に意識を集中する。
魔力はある。場所は……発見。
伸びた草の隙間から、意外と愛嬌のある顔が見えた。というか目が合った。
向こうは逃げない。オレをじっと観察している。
距離は目測で20メートルほど。オレが脅威か判断に悩んでいるのかもしれないが、今がチャンスだ。
す、と銃型魔道具を構える。弾は装填済み。いつでも発射できる。
逸る心を落ち着かせ、身体強化の魔道具に手を伸ばした。『風除け』のおかげで銃弾は真っすぐ飛ぶが、オレは射撃の素人だ。
補助のために身体強化を併用する。
「『身体強化』発動」
流れる魔力により視力が上昇し、『石鎧狸』の姿が鮮明に見えた。同時に、銃型魔道具を構える腕の震えが止まる。
呼吸を止め、『石鎧狸』の頭部に狙いを定め――
「『発射』」
カシュンッ、ドッ、と音が連続した。強化された視界の中で、『石鎧狸』がばたりと倒れる。
先に聞こえた乾いた音は、銃型魔道具が弾丸を吐き出した音だ。火薬を使用していないため、発砲音は小さく反動も弱い。
そして、次の音は銃弾が『石鎧狸』の額に命中した音。身体強化のおかげで狙いがズレることもなかった。
銃型魔道具の試運転は成功のようだ。急所に命中すれば魔物でも一撃で……って、あれ?
「魔力が消えてない……?」
ばっ、と草むらへ顔を向ける。むくりと『石鎧狸』が起き上がった。死んでない!?
「おいおい……!」
全力ダッシュ。身体強化を解除する前で良かった!
目の前には、体を丸めようとする『石鎧狸』の姿。逃がす訳にはいかないので、再度銃型魔道具を構える。装填。発射。
ギンッ、と硬質化した皮膚に弾かれた。舌打ちしつつ、銃弾を補充。隙間を狙ってさらに発射。
ドッ、と腹部に命中。『石鎧狸』の体が揺らぐ。だけど倒れない。もう一発!
「食らえッ!」
横腹に命中。小さく悲鳴が響く。
計4発も使い、ようやく『石鎧狸』は動きを止めた。草の上で、だらりと四肢を広げている。
だが、まだ死んでいなかった。血を流しながらも、まだ生きている。
「苦しませるつもりはなかったんだが……悪いな」
害獣扱いされる魔物であれ、痛みに苦しむ姿は見ていて気持ちの良いものではない。狩りの対象にしておきながら矛盾した思考かもしれないが、申し訳ないという感情が広がる。
とどめを刺すために、オレは解体用のナイフを引き抜いた。
体重を掛け、ずぶり、と首元に刃を埋める。『石鎧狸』はビクリと震え、やがて動きを止めた。
「……っはあ。依頼達成……」
苦しむ『石鎧狸』の姿。効果の薄かった銃型魔道具。モヤモヤしながら『石鎧狸』の死骸を抱え、依頼主の下へと移動を開始する。
討伐を確認してもらえば、仕事の方は終了だ。その後は反省会だな。
依頼を出した農家の方からは非常に感謝され、生でも食えるらしい野菜をもらった。中まで真っ黒な大根? みたいなやつ。中々奇抜な色だ。美味しいんだろうか?
どうやって食べようか悩みながら、農場から離れた場所に移動する。『石鎧狸』を解体しなければならない。
「ここら辺か……」
農家の人から指定された解体場所。と、言ってもただの草むらだ。大き目の石が埋まっている場所を見つけたので、そこで解体を始める。
「やっぱり硬いな」
甲殻のようになっている部分を剥がして叩いてみると、カンカンと硬質な音がした。
これくらい硬いと銃弾は貫通しないようだ。銃弾を弾いた箇所には若干の凹みがあるのみ。
それから柔らかな肉体の方を捌いていったのだが……。
「銃弾はどれも途中で止まってるなあ……」
最初に額に命中した銃弾は、頭蓋骨にめり込んで止まっていた。たぶん初めに『石鎧狸』が倒れたのは、脳が揺れたせいだろう。
腹部に命中した残りの2発も、内臓までは届いていない。弛んだ皮、脂肪と肉で、銃弾の衝撃は吸収されたと思われる。
さて、これはどう改善すればよいものか……。
「魔力の消費は増えるけど、『加速』の勢いをもう少し強化して……あとは、もっと至近距離で撃つとか?」
……いや、近くで撃つのは意味ないな。『風除け』のおかげで、銃弾の威力は距離が伸びてもあまり減衰しない。
というか、近くで撃つなら飛び道具の意味ないだろ。少しでも安全に戦おうと思って作ったのに。
「弾の方も改良が必要かねえ」
改善策を考えながら解体を続け、心臓の横にある魔核を採り出した。赤く濡れた魔核。『石鎧狸』の魔核は小さく、ちょうど取り出した銃弾と同じくらいのサイズだった。
……魔核。魔石…………爆弾?
「爆発する魔石を撃つ、とか……?」
自分で言いながら首を横に振った。爆弾を撃つ銃。魅力的な武器だが、使ったら赤字が確定する。
普段の仕事では使えそうにない。
「……まあ、またレックスから無茶ぶりされるかもしれないし、いちおう作ってみるか……」
素材が高価な格上の魔物相手になら、まあ、使ってもいいかもしれない。
そうそう強い魔物となんて、戦いたくはないけどな。
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