第3話 護衛依頼

 いつものようにヤン爺のところで文字の勉強をした後、オレは都市近くの川の横で唸っていた。


「帝都までの旅費を貯めるのに半年……?」


 地面にはオレが計算した結果が、土を削った跡として残っている。何度見ても、計算結果は変わらない。

 長距離の馬車の運賃。宿泊代。その間の食事代。その他諸々を考えると、オレの今の収入では半年掛かる。


「さすがに半年は長すぎるなあ……」


 地面へ書き込むのに使った木の枝を揺らしながら呟く。


 順調に稼いで半年だ。長すぎだ。というか、これからさらに半年も無事に生きて行ける気がしない。


 現状でも、既に何回か危ない目にあっている。レックスに助けてもらわなければ、死んでいたこともあった。未だに五体満足なのは、かなりの幸運なはずだ。


 どうするか。一応、金はなくはない。前にレックスが『笑わせてくれたから』という理由でくれた金がある。だけど、それはなるべく取っておきたいものだ。


 帝都に行ったからといって、すぐに稼げるようになる訳ではないし、魔道具の材料となる魔石を買うのにも金が掛かる。ここで旅費に使ってしまっては、帝都に行ってから野垂れ死ぬかもしれない。


 身体強化を使えないオレは、単純な肉体労働さえもロクに出来ず、素性の怪しさから雇ってくれる場所もない。手持ちの金がなくなったら死ぬしかない。人はいっぱいいるのに、オレだけサバイバルだ。人生は過酷だな。


「……本当にどうしようか。出費を減らすにしてもなあ。さすがにこれ以上食費は削れないぞ?」


 今でさえ、食事は最低限だ。基本は美味しくない豆の煮物だかスープだか分からない物を食べている。味付けは塩のみ。水を吸った豆の青臭さがアクセントだ。直接的に言うと不味い。もう慣れたけど。

 あとは、自分で狩った小型の魔物の肉や、屋台の安い料理をたまに食べるくらいか。


 ……お米食いてえなあ、お米。ここら辺だと見たことないけど。まあ、探せばあるだろ。見つけたら食べよう。


 それはそれとして、


「とりあえず、ギルドで良い依頼がないか探してみるかあ」


 収入を増やす方法を考えよう。


 急がば回れと言いつつも、回った結果で死んだら元も子もない。こんなところで死んでしまったら、せっかく助けてくれたルヴィにも申し訳なさすぎる。村の人達にも顔向けできねえよ。


 何とか方法を探してみるか。





 そんな訳で翌朝、オレは冒険者ギルドへと来てみた。


 こっちの世界の言葉だと、正確には『狩猟と採取を生業とする者達による互助組織』とかになる。長い。こっちの言葉でも短縮されて呼ばれているが、オレの脳内では冒険者ギルドでいいだろう。分かり易いし。


 建物の中に入れば、相変わらず厳つい風貌の人が多い。みんな体でけえなあ。オレも小さくはないはずなのに、背が縮んだような気がするよ。


 そんなことを思いつつ、依頼の貼られている掲示板へと足を進めれば、いつくかの視線がオレへと集まる。好意的なものはゼロと言っていいくらいだが、幸いなことに絡まれることはなさそうだ。


 最近は絡まれることがほぼなくなった。レックスと仲が良いって噂が広がったおかげだな。見た目はあれだが気さくで人の好いレックスは、他の冒険者たちに恐れられているらしい。並みの冒険者では相手にならないくらいに強いのだとか。


 そこら辺、オレには良く分からないんだけどな。誰もが魔力による身体強化を使えるこの世界において、オレは圧倒的に弱い。

 レックスが相手だろうが、一般の人が相手だろうが、オレは殴られれば普通に死ぬはずだ。殴られた結果が、首の骨の骨折だろうが、衝撃による爆散だろうが、死ぬことには変わりないだろう。

 わざわざレックスだけを怖がる理由が見当たらない。


 とりあえず、レックスのおかげで助かっているのは事実なので、次に会ったときにでもお礼を言っておこう。


 そんなことを考えながら掲示板へと近づくと、見知った横顔を見つけた。赤みのある金髪をした、凛とした雰囲気の綺麗な女の人だ。明らかに高価そうな金属鎧を着て、真剣な表情で掲示板の一点を見つめている。


 オレの視線に気が付いたのか、こちらを向いた。澄んだ空色の瞳と目が合う。


「ロゼッタさん、おはようございます」


「ああ、コーサク、おはよう。この時間に会うとは珍しいな」


 笑みを浮かべるロゼッタさんは今日も美人さんだ。


「はい。ちょっとお金を稼ぐ必要があるので、依頼を見ておこうと思って。ロゼッタさんはどうしたんですか? ずいぶんと真剣な様子でしたけど」


 ロゼッタさんは良い人だ。博愛主義と言うのだろうか。誰にでも分け隔てなく接して、困っている人は助けようとする。本人によると騎士道精神らしい。冒険者になる前は、本当に帝国の騎士だったとのことだ。何で辞めちゃったのかまでは聞いたことないけど。


 まあ、昔はどうあれ、ロゼッタさんにはたまに助けてもらっている。困りごとがあるなら手を貸したい。


 ……いや、オレに手助けできるかは分からないけど。実際、オレはほとんど役に立たないしなあ……。


 ちょっと気分が沈んできたところで、ロゼッタさんが真剣な表情の理由を説明してくれた。


「一つ、受けたい護衛依頼があったのだがな。内容を確認して、少し困っていたところだ。……それよりも、急に落ち込んでどうかしたのか? 朝食くらいなら奢っても構わないぞ?」


 おおう、手伝おうと思ったら、逆に気を遣われてしまった。ロゼッタさんに奢られると、オレの男の自負的なものにダメージが入るので勘弁して欲しい。


「ああ、いえ。大丈夫です。何でもないですよ。お気持ちだけ受け取っておきます。それで、護衛依頼ですか? ロゼッタさんでも難しい依頼なんですか?」


 ロゼッタさんで困るって、どんなレベルなんだろうか。ロゼッタさん超強いのに。


「いや、難易度は高くはないな。問題は人数制限だ。依頼で求められている人数は3名となっているのだが……私は組む相手がいないからな……」


 や、やべえっ。ロゼッタさんが落ち込んでしまった。


 ロゼッタさんは強いし美人だが、常にソロなのだ。原因は元騎士という部分にあるらしい。騎士になれる人というのは、基本的に貴族かその親族だけなのだとか。オレは詳しくないのだが、この国において、一般の人から見た貴族はあまり良いものではないらしい。


 というか、痛い目を見たくなければ貴族には関わるな。というのが、街の人達の基本的なスタンスだ。そう言われる程度には横暴な存在なのだろう。

 まあ、自分が無条件に偉いだなんて考えは、心を腐らせるだけだしな。長続きする貴族制なんてものは、どこの世界でも存在しないのかもしれない。


 ともあれ、そんな訳でロゼッタさんは他の冒険者から避けられているのだが、残念ながらオレに出来ることなない。何故なら、ロゼッタさんよりオレの方が冒険者の中では浮いているからだ。


 明らかに違う見た目の上に、足を引っ張るだけの存在だからな。角兎に苦戦する冒険者はオレだけだ。正しく最弱。当然、組んでくれる人なんていない。


 うん。どうしようもないな。ひとまず話を逸らしてみるとしよう。


「ええと、ロゼッタさん。その護衛依頼って、どんな内容なんですか?」


 オレの言葉に、ロゼッタさんは小さくため息を吐いてから答えてくれた。


「中堅の商人の護衛だな。急な用事で護衛が手配できなかったらしい。行き先は帝都だ。私もちょうど帝都へ行こうと思っていたから、出来れば受けたかったのだがな」


 帝都への護衛依頼……?


 ……ああ~、なるほど。確かに、護衛依頼で移動すれば、出費やら何やら抑えられるのか~。……弱すぎてそんな発想すら思い浮かばなかったぜ。ははっ。


「……帝都ですか。オレもちょうど行きたかったところですよ。でも、すみません。ちょっとオレはお役に立てないですね……」


 一緒に受けられるなら依頼を受けたいところだが、ロゼッタさんの足を引っ張りたくはない。それに、オレを入れてもあと一人足りないしな。


「ああ、気にしないでくれ。頼るべき相手がいないのは、私の未熟ゆえだ。コーサクは帝都に用事があるのか?」


「はい。帝都の大図書館に行ってみたくて。勉強したいことがあるんですよ」


 オレの言葉に、ロゼッタさんは感心したように頷いた。


「うむ。学びを目的とは、立派な心掛けだな。私の方はただの物見遊山と言ったところか。せっかくの軽い身分だ。見聞を広げたかったのだがな」


 よく分からんが、ロゼッタさんは旅行好きなんだろうか。


「仕方ない。自力で移動するとしよう。コーサクも一緒に行くか? 目的地が同じなら、2人の方が何かと楽だろう」


 ……!! まさかの旅のお誘いだ。嬉しい! けど、お金がないんだよ!!


 くそう、ロゼッタさんにお金を無心する訳にはいかない。残念だけど、とても残念だけど、この誘いは断ろう……! ごめんなさい……!


 そう拒否の言葉を口にしようと思ったとき、背後から急接近してくる気配を感じた。


 その誰かに、気安く肩を組まれる。視界の端で、赤い色が揺れた。


「よお、2人とも。楽しそうな話か? オレも混ぜろよ」


 目も髪も、服装すらも赤で揃えた変人、レックスだ。笑いながら会話に入ってきた。


「おはよう、レックス。というかビックリさせないでよ。誰かと思った」


「はは、冒険者なら気配で気づけよ」


「無茶言わないでよ」


 魔力察知もあるけど、悪意のない気配なんて集中しないと分からねえよ。あと、こんな人の多い場所で魔力察知に集中したら、情報が多すぎて倒れるわ。


「ふふ、おはよう、レックス。元気そうだな」


 オレとレックスのやり取りを見て、ロゼッタさんは軽く笑いながら挨拶をした。


「おう、そっちもな。で、何かあったのか?」


 レックスがオレ達2人に聞いてくる。その質問に、ロゼッタさんが先に口を開いた。


「帝都までの護衛依頼を受けたかったのだがな。3人必要なので諦めていたところだ」


 オレも補足する。


「ロゼッタさんもオレも、ちょうど帝都に行きたいと思ってたんだよ」


 まあ、ロゼッタさんは自力で行けるだろう。だけどオレはまだまだ先だ。お金を稼ごう。


 オレ達の簡単な説明を聞いたレックスは、にやりと笑って口を開いた。


「へえ、それなら俺を入れて3人で受けりゃあいい。俺もそろそろ、ここの狩場には飽きてきたところだ」


「む?」


「へ?」


 聞き間違いでなければ、オレも護衛の数に入っている。いや、どっちかっていうと、オレは護衛が必要な方だよ?


「レックス、オレは戦闘じゃ役に立たないよ。オレに護衛依頼は無理だ」


 うん、さっきの説明は、ちょっと言葉が足りなかったな。オレに護衛依頼を受けるつもりはない。


 だけどレックスは、オレの言葉に楽しそうに笑った。


「はははっ、何言ってんだよ。ここから帝都までの護衛なんて、俺一人いれば十分だろ。コーサクは周囲の警戒でもしてりゃあいい。そっちは得意だろ?」


「ええ……。いや、確かに、オレは索敵だけなら得意だけどさあ……」


 相変わらず、レックスの自信がすごい。そう言えるくらいに強いらしいけど。


「おし! 決まりだな。ロゼッタもそれでいいだろ?」


「ふむ。むしろ私としてはありがたいな。レックスがいるのなら、旅の安全は保障されたようなものだろう。無論、私もしっかりと働くがな」


 レックスの言葉に、ロゼッタさんも頷いた。依頼を受けられることで、その顔は嬉しそうな表情だ。ここから嫌だと言うのは、オレには無理だな。


 という訳で、初の護衛依頼らしい。……うん、とりあえず迷惑を掛けないように頑張ろう。

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