第18話 安眠と実践
ロゼッタが開いてくれた昇級祝いの席はとても楽しく続いている。お互いに話題が尽きることもない。
様々な調理法で作られた料理は美味しいし、ロゼッタから教えてもらいながらお酒を飲むのは非常に楽しい。
その楽しい会話の合間に酒の杯を傾けて、軽く天井を見上げてみた。……周囲の景色がくるくると回っている気がする。――端的に言うと酔ったな。
「うむ。しかしコーサクが無事に銅級に昇級できるとはな。今だから言うが、私はコーサクが途中で別の道に進むと思っていたぞ」
「……銅級に上がったって言うと、みんなに同じようなこと言われるんだけど……」
そんなに弱そうに見えるのだろうか。ていうか、ああ、何か眠い……。
「コーサクには何というか、“戦う者”としての雰囲気が薄いからな。いや、だが最近は光るものを感じるようになって来たぞ?」
「そりゃ嬉しいな……」
嬉しいけどおかしい。オレはこんなに酒に弱くなかったと思うんだけど。なんでだろう。
「ふむ? どうしたコーサク。視線が定まっていないぞ。酔いが回ったか?」
大部分の料理がなくなったテーブルに身を乗り出すようにして、ロゼッタがオレの顔を覗き込んでくる。
「顔色はあまり変わっていないが……いつの間にかかなり酔ったようだな。大丈夫か?」
「う~ん、たぶん大丈夫?」
「駄目そうだな。酔っぱらった者は、だいたい自分が大丈夫だと言うものだ」
じゃあ、なんで聞いたし。
「了解。認めます。酔ってます。世界が回ってます。……でもなんでだろう。飲む速さには気を付けたと思うんだけど……?」
「ふむ……コーサク、最後に酒を飲んだのはいつだ?」
うん? 最後に飲んだのなんて、そんなの……あれ?
「いつだっけ……? ちょっと出てこない」
確か、帝都に来てからは一滴も飲んでない、かな? ディーンとリィーンもいたし。
「そうか。ふむ」
ロゼッタが自分の席へと座り直し、新しいコップへと水差しから水を注いだ。
渡されたので素直に受け取って水を飲む。ああ、水が美味しい。
「コーサク。最近はちゃんと眠っているか? 休みは取っているのか?」
「……あんまり眠ってはない、かも? 夜は魔道具の開発をしているし」
昼間は冒険者としての仕事か、大図書での勉強だ。魔石への魔術式の入力は目を閉じてもできるから、夜の暗い中でも関係なく行える。
あとは……休み? 休みか……。
「あ~……ん? そういえば、休んだ記憶がない……?」
これは驚き。今日再会したとき、ロゼッタは働き過ぎじゃないかと心配したけど、実はオレも休んでいなかった。
暇なときには身体強化の魔道具を使って、身体に魔力を馴染ませる訓練もしてるしな。
……はっはー。オレの方が
「うむ。どう考えてもその不養生が原因だろう」
ロゼッタが呆れ半分、心配半分と言った表情で見てくる。
「冒険者たるもの、心身を休めることも仕事の内だぞ。それに、身体が正常でなければ酒は楽しめないものだ。これからはしっかりと休むのだぞ?」
「了解……気を付けます」
ロゼッタの言葉は酒に関する方が大きい気がしたが、耳に痛い忠告はありがたくいただいた。
実際、疲労の残る体のままでは、いつか致命的なミスを犯したかもしれない。オレにはまだやることがある。こんな途中で死ぬ訳にはいかないのだ。
「うむ。反省しているならばよし。では、今日はこれで終わりにしよう。残った料理は包んでもらうから、コーサクは水を飲んで待っていろ」
そう言ってロゼッタは席を立ち、部屋を出て行った。残されたオレは一人で水を喉に流し込む。
酔った頭では思考が回らないが、そのうちロゼッタには何かお礼をしなくては。
会計も終わり、ロゼッタと一緒に店を出た。太陽の位置はまだ高く、酔った頭には刺激が強い。
残った料理は、オシャレな厚紙に包まれてオレの手元にある。けっこう高価な紙をこんな風に使うところを見ると、やはり高級な店だったらしい。
オレはメモに使う紙にすら苦労してるのにな。
今回のお返しをするためには、オレはロゼッタをどこに連れて行けばいいのだろうか。
「うむ。コーサクのおかげで、私も久しぶりに楽しく食事ができたな」
オレの悩みも気にせずに、ロゼッタはにこやかな表情だ。
「それは――うん、良かった。今度はオレが何か奢るよ」
「ふふふ、楽しみにしている。さて、それでは帰るとしよう。コーサク、歩けるか?」
「余裕、余裕。大丈夫だよ」
水を飲んだおかげか、少しずつ酔いは覚めてきたようだ。ただ歩くだけなら問題はない。
「ふむ……この指は何本に見える?」
「3本」
ロゼッタが立てた指の数を答える。その確認方法、こっちの世界でもあるんだ。
「うむ。大丈夫そうだな。ではコーサク、また会おう」
「うん。今日はありがとう。またね」
店の前で手を振って別れる。
ロゼッタの後ろ姿が見えなくなったところで、オレは小さく息を吐く。なんだかとても良い気分だった。
次にロゼッタに会うときまでに、美味しいお酒でも調べておくことにしよう。
それから宿屋へと帰り、オレは次の日の朝まで夢も見ずに眠った。
久しぶりに長時間睡眠を取った日の午後、オレは帝都近傍の狩場へと足を運んだ。
とても頭が軽く、午前中の内に一つ戦闘用の魔道具を完成させることができたので、その試運転のためだ。
作った魔道具は、『防壁』と呼ばれる魔力の壁を発生させるもの。今回作ったものは簡単な形だが、防壁の強度や形を自由に設定できたり、壁を透過する物を選べたりと、かなり拡張性はありそうだ。
今後も色々と実験してみたいと思う。
その前に、まずは実戦での動作確認だが。
「さて、目当てのヤツはっと……」
魔力の感覚を広げながら森の中を進む。途中で足跡を見つけたので辿って行くと、探していた魔物を発見した。
「いたな、三ツ角猪……」
泥に汚れた茶色い体毛に、二本の頑丈そうな牙。そして、名前の由来となっている頭部の太く短い3本の角。
体長2メートルを超える猪の魔物だ。体重の乗った頭突きは、杭打機のように鎧をぶち破ることができる。
現在は土を掘りながら、何やら食事中らしい。前脚と口元が忙しなく動いている。……意外と歯並びが凶悪だ。顔も厳ついし、けっこう怖い。
三ツ角猪はオレからすればかなりの脅威だが、これでも魔物の強さとしては下級となる。相変わらず、この世界の環境は凄まじい。
慣れた冒険者は重量武器を使って正面から叩き潰せるらしいが、どう考えてもオレには無理だ。オレは、オレなりの戦い方を磨かせてもらおう。
「それじゃあ行きますか。――『身体強化』発動」
魔力が体を巡る。四肢に力が漲り、心臓が力強く鼓動し、脳は熱を上げながら回転する。
時間制限つきの超人化。熱の籠った息を吐いて、オレは拾っておいた石を握り直す。
んじゃ、始めるか。
オレは姿を隠すのをやめて立ち上がった。三ツ角猪が動きを止めてこちらを見る。威嚇するようなその顔に向けて――思いっきり石をぶん投げる!
バガンッ、と、角に命中した石が砕けて散った。
「ブゴッ!? ……ブゴオオオオォォォォッ!!」
顔を左右に振り、三ツ角猪は怒りと殺意に満ちた目を向けてくる。ああ、ちなみに三ツ角猪は雑食で、肉もけっこう好物だ。これで負けたら、もちろんオレは食われる。
「食うか食われるか。シンプルでいいよなあ。――悪いけど、オレの糧になってくれ」
三ツ角猪が突進してくる。四本足故の凄まじい加速。一瞬で距離が詰まる。このまま衝突したら……きっと内臓がやられて死ぬだろう。
さあ、体を張った実験だ――
「『防壁』発動」
オレと三ツ角猪の間に生まれる透明な壁。オレたちを隔てる壁を見ても、目を血走らせた三ツ角猪は止まらない。より加速し、相手を破壊するための3本角を構える。
そして――防壁と三ツ角猪が衝突した。
巨大なハンマーを叩き付けたような音が地面を揺らす。――跳ね返されたのは三ツ角猪だ。
自らの力で転がっていく三ツ角猪を見ながら、オレはほっと息を吐く。
「防壁の強度には問題なし。ただし、魔力の消費が大きいか……」
防壁を解除しながら呟く。真正面から攻撃を受けるのは駄目そうだ。
「ブゴォ……!」
三ツ角猪が起き上がる。目に浮かぶ怒りに翳りはない。地面を掻く脚にも力は変わらず満ちている。
……頑丈過ぎるだろ。せめて角くらいは折れろよ。
再び突進の姿勢を見せる三ツ角猪。愚かに見えるが最適解だ。オレが使える魔力には限りがある。持久戦でオレが勝つことはない。
「ブゴオオォォォッ!!」
威嚇の吠え声を上げた三ツ角猪が、再度の突進を開始した。
オレももう一度防壁の魔道具を起動する。ただし、使う機能は別だった。
「オレより先にこっちを食らえ。『防壁:槍』」
魔力の壁を変形させて作った槍。長く鋭い形状のそれを、オレの背後へと発現させる。
――固定完了。
オレを睨む三ツ角猪は目前。獣臭さを感じる程に近い。
三ツ角猪が急制動できない距離で、オレは真上へと跳び上がった。オレの足のすぐ下を、高速で三ツ角猪が通り過ぎ――
ぞぶんっ、と、背筋が泡立つような湿った音が耳を打った。
着地をして振り返れば、自らの勢いで“槍”に刺さった三ツ角猪の姿があった。目からは怒りの色が消えている。滴る血からは錆びの匂いが漂って来た。
「……戦闘終了。魔道具の使用結果は良好。防壁も槍も使える。……ただ、槍の方は文字通り“猪突猛進”な相手にしか使えないな」
戦闘の反省をしながら、絶命した三ツ角猪へと近づく。“槍”を解除したことで、どさりと巨体が倒れた。
命の消えた三ツ角猪の前で両手を合わせる。それから、身体強化を解除して肩の力を抜いた。
「はあぁ……ふう。さて、解体するか。今日の晩飯はぼたん鍋っと」
ありがとう。いただきます――
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