第19話 爆発の始まり
宿屋に籠って魔道具を開発していたある日のこと。ふと、ある考えが浮かんだ。
「……魔石の魔力を暴走させたら、どうなるんだ?」
魔力の暴走。魔物の場合は、魔力を暴走させることで、ボンッ、とあまり表現したくない感じに弾けるが……魔石はどうなのだろうか。
「やってみるか」
思い付いたら実験だ。何事もチャレンジ。失敗しても、そのときは失敗を証明する経験が得られるから問題なし。
さっそく内容を考える。
「ん~、魔物は許容できる魔力量を超えると暴走状態に入る。から、その状態を再現するか」
魔道具は魔力で動くものなので、当然、魔力を制御する魔術式が存在する。
その式を使って魔石の中心部を区切り、初期状態では外側だけで魔力が回転するように設定。
あとは増幅の式を噛ませて、ひたすら魔力が回転と増幅を繰り返すようにして……停止させるための式は不要か。その分、勢いを増すように式を足しておこう。
「で、最後に高速で回転する魔力を、魔核の中心部へと流し込んでやれば……」
イメージは渦だ。外側で十分に加速した魔力が、その勢いのままで中心部に集まる。これでたぶん、許容可能なレベルを超えて圧縮されるはず。
そう考えて魔術式を入力して行く。単純なのですぐに終わった。
「……意外と簡単にできたな。まあ、たぶん魔石が割れるだけ、ってオチだと思うけど」
そんなに簡単に、役に立つ魔道具が作れたら苦労はしない。
「とりあえず、駄目元で実験だな」
まだ時間はあるし、開発途中だった魔道具を形にして、帝都の外に実験に行くとしよう。
天候は晴れ。風はなし。屋外で実験を行うには良い天気だ。
実験の場所は帝都から30分ほど離れた地点。街道からも離れた平原だ。人も来ないし、魔物も出ない。誰にも迷惑をかけないので最近は良く使う。
「さて、やりますか」
まずは魔石の暴走実験から。
今のところ名前もない、魔力を暴走させるだけの魔道具を地面の上に置く。
魔術式の内容から、魔力が中心部に圧縮されるのは10秒後だ。いちおう、何が起きてもいいように、起動したら十分に距離を取るつもりでいる。
「それじゃあ、起動」
実験用の魔道具を起動し、さっさと離れる。さて、どうなるか。
結果に少し期待しながら、離れた位置で10秒数える。
「――ろーく、なーな」
魔力の感覚が、小さな魔石の中で暴れ始める魔力を捉えた。今のところは予定通り。
「はーち、きゅう――」
9、を言い終えたところで、急激な魔力の収縮を感じた。同時に、何故か背中がゾワリと泡立つ。
なんだ? もしかしてヤバい?
「じゅ――」
言い切る前に魔石が光を放った。
その光を見たと思った瞬間に魔石が消え、轟音が衝撃となって体を叩いた。うおんっ、と頭に音が響く。
飛んで来る土の波に、反射的に目を瞑って腕で頭部を庇う。
「ぐっ……!?」
戦闘用でもある厚いコート越しに、バチバチと土や石が当たる。小石が地味に痛え……。
数秒を耐え、体に感じる衝撃が止んだことを確認して腕を下ろした。体が土と草まみれだ。掘り出したばかりの植物の根のような匂いがする。
「……どうなったんだ……?」
パラパラと土をコートから落としながら、魔道具を置いた場所へと近づいてみる。
そこには穴が開いていた。
土が半球状に黒く掘り返され、周囲の植物たちは吹き飛んだようだ。穴の中には、残された根だけがプラプラと揺れている。
開いた穴のサイズは、子供一人が隠れられそうなくらいに大きい。強い破壊の痕跡がここにはあった。
端的に現場を表現すると……爆心地だ。
「なるほど……魔石が暴走するとこうなるのか……。火薬もないのに爆弾を作っちまったぜ……」
魔力は圧縮されると爆発を起こす、ということが判明した。
今の現象に火や風の魔術を組み合わせたら、もっと威力が上がりそうな気がする。いや、それよりも、もっと大きな魔石を使えば、より大きな爆発を起こせるんじゃ?
そうしたら、格上の魔物も狩れる……?
事の重要性が脳に染み、胸に期待が溢れたところで――ふと、違和感を覚えた。
「…………ん? いや、待て。待てよオレ。これ、費用対効果を考えると駄目過ぎねえ……?」
前提として、魔核よりも魔石の方が高価だ。そして、周囲を見渡しても、爆発した魔石は欠片すら見当たらない。つまり、この方法で作る爆弾は魔石を一つ消費する。
「んー……」
……問題。魔核より高価な魔石を一つ消費して、魔物を討伐し、魔核を一つ入手します。その際には爆発の威力で、他の素材の価値は下がるものとします。さて、儲けは出るでしょうか?
「出ねえだろ……」
新発見! 新しい武器が出来る! と、思ったら、使うと赤字になる欠陥品じゃん。えぇ……駄目じゃん。
「……まあ……まあ? 切り札としてはアリ、か? 儲けを度外視しても戦う必要があるときに使うとか?」
魔物に囲まれてヤバいときとか、役に立つかもしれない。
金がなくなったら餓死するけど、死んだら金があっても意味ないからな。もしものときのために、いくつか作っておくか。
そうなると、いつも爆弾を持ち歩く危険人物だな、オレ。……暴発させないように、管理には気を付けよう……。
「さて、じゃあ名前つけるか。……つっても、そんまんまだな。『爆弾』の魔道具で決まり」
オレの切り札候補だ。使うと赤字になるから、出番はない方がいいけどな。
「よし、『爆弾』は後でもう少し魔術式を弄るとして……次はこっちの魔道具だな」
取り出したのは、同じく今日試作してきた魔道具。発現する魔術は『加速』だ。
“一方向に力を加える領域を作る”という魔術である。訳し方が『加速』で良いのかは微妙な気がするが、まあ分かり易いからいいだろう。
この魔道具は、『身体強化』の代わりにならないかと考えて作ったものだ。体の内部へ魔力を流す身体強化には制限があるが、外部から力が作用するだけなら身体への制限はないはずだ。
「という訳で実験開始。起動っと」
さっきの爆発を踏まえ、小さな領域から発現させた。
オレの胸の高さに現れたサッカーボールサイズの加速領域。視界には映らないが、魔力を感じることで場所の判別は可能だ。
力の向きは、オレから見て前方。足元から小石を拾って上から落としてみる。
ピッ、と小石が向きを変え、前へと飛んで行った。
「ちゃんと効果は出てるな」
次に自分の手を加速領域に入れてみる。力を抜いて入れると勢いよく手が押し出され、逆に力を入れて逆らってみると掌に強い負荷がかかった。
「お、おお? なんだっけこれ……ああ、あれだ。走ってる車から手を出した感じ……?」
もしくは、バランスボールを手で押し込んだみたいな?
とりあえず、押されている感覚がすごい。
「うん。けっこう使えそう」
自分の体に領域を重ねながら走れば、かなりの高速移動が可能だろう。中々期待が出来そうだ。
「よし、じゃあ領域を広げてみて……ん? んん?」
なんだ、魔力の消費量が……跳ね上がって……?
「……っ停止!」
燃料用の魔石から急激に魔力がなくなったことに焦りを覚えて、魔道具を停止させた。
目の前で起きた事象の推定原因が、頭の中でグルグルと回る。
「は? は? え? もしかして、加速の魔術って、領域の体積に比例した魔力を食うの?」
え、ヤバくね? 今回は球状に領域を設定してるから……ええと、球の体積の公式はなんだっけ。
体積=4/3πかけるrの3乗? 半径の3乗!? 半径×半径×半径!? 半径が倍になったら8倍じゃん!
消費魔力も8倍かよ! 跳ね上がりすぎだろ!?
「つ、使えねえ……。そんな魔力があるなら別の魔道具でも使うわ……」
駄目過ぎる……。道理で『加速』の魔術が普及してない訳だ。そりゃ使わねえわ。みんな身体強化を使うわ。
「う~ん、こっちは完全に外れかあ。何か使い道ある?」
ん~? ん~、……元々は全身を覆う領域を作って運用するつもりだったけど……小型の領域でも高速移動に使えないことはない、かも?
人間の体の重心ってやつは胴体にある訳だし……脚を使って走ることを考えれば、背中から腰の辺りに加速領域があれば、それなりに効果は出るのでは?
「……試すだけ試してみるか」
自分のへその高さに、再び加速領域を展開させる。力の向きはもちろん前方だ。
「さて、やるか……」
加速領域が浮かぶ空間目掛けて、小走りで進む。オレの腹部が領域に入り、ぐっ、と体が引かれ――
「おお、行けそう……?」
と、思ったのは一瞬だ。
体の感覚では、いきなり背中を押されたような感じだった。自分の体とは違うリズムの力にバランスが崩れ……普通に躓いた。
「う、おおお!?」
自分の意思とは関係なく押される体。顔面に接近する地面。
オレは反射的に受け身を取り、そのままゴロゴロと地面を転がる。
数回転して勢いが止まった体を地面に大の字に広げると、晴れた空が視界いっぱいに広がった。
「……あっぶねえ。やっぱり無理があったな……」
寝転んだ状態のまま、体の状態を確認する。特に痛みはない。変に捻ったりもしていないようだ。
「ふい~、高校のときの体育で、剣道じゃなくて柔道を選択しといて良かった~」
受け身万歳。異世界でも前回り受け身は大事だわ。
「ただ、体は無事だけど、装備は無事じゃないな……」
最初の爆発で土を浴びたのもあり、全身泥だらけだ。葉っぱも引っかかっている。コートは見るも無残な状態だ。
「戻ったら洗濯だな……」
「――それで兄ちゃんはそんなに汚れてんのかよ」
ディーンがオレの話を聞いて、遠慮もなく笑った。
「オレが汚れたおかげで給料が増えるんだから、もっと感謝してもいいぞ」
土塗れのコートと靴を脱ぎながら、ディーンに言い返す。
場所はディーンとリィーンが働く風呂屋の敷地内だ。兄弟が勤め始めたのをきっかけに、ここは洗濯の事業も始めた。
クリーニングだ。兄弟の顔を見るついでに、度々利用させてもらっている。
「お湯沸いたよ」
リィーンが自分と同じくらいの大きさの壺を抱えてやって来た。力の強さは、さすがこの世界の住人だ。
「リィ、こっちだ。んじゃ兄ちゃん。洗い物は預かるぜ」
「頼んだ」
装備と料金をディーンに渡す。2人が洗っている間に、オレは風呂だ。
髪から土の匂いがするので早く落としたい。
「毎度ありー!」
「ありがとうー」
兄弟の元気な声に手を振りながら、オレは風呂へと向かった。
今日は成功1。失敗1。さて、風呂に浸かりながら反省会だ。
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