第40話 魔道具命名
ロゼッタが戦い始めてから数時間。オレはロゼが切り漏らした蜘蛛を『防壁』の槍で処理することに終始していた。
燃料用の魔石は減っていくが、身体強化を使わなければ長く戦闘を行うことは可能なのだ。
魔石は常に余裕を持って装備している。このままのペースであれば、3日は持ちそうだった。
……だが、それはあくまで今のペース。ロゼッタを抜けて来た蜘蛛を一匹、二匹狩っていく場合の話だ。
時間が経過するにつれ徐々に、オレが蜘蛛を相手にする頻度が増えている。
ロゼッタは無事だ。怪我一つなく、疲れも見せずに蜘蛛を狩り続けている。
問題は蜘蛛の動きだった。
虫型の魔物に感情的な動きはない。冷徹に、機械的に判断を行う。
今、蜘蛛たちはロゼッタを避けて村へ殺到しようとしていた。同族の死の仇を討つ、なんていう考えは存在しない。自分の食欲を満たすために、より狩り易い獲物を求めて蜘蛛は走る。
戦闘開始直後に比べ、戦場は横に大きく広がっていた。
蜘蛛たちはロゼッタを迂回しようと動き、ロゼッタは蜘蛛を追って戦場の端から端まで駆けている。
距離の広がっていく地獄のシャトルラン。
ロゼッタは魔術も併用して対応しているが、それでも体は一つしかない。両端を走る魔物を同時に相手取ることはできなかった。
不味い状況だった。地下はどれほど広いのか、蜘蛛たちが途切れることもない。
それに加えてオレの体力の問題もある。オレの体力は並みだ。身体強化を使わないとしても、不眠不休で連日は戦えない。
このままでは、いつか村へと蜘蛛が到達する。
一番危機感を覚えているだろうロゼッタが、オレに叫んできた。
「コーサク! 戦場を限定するために魔術を使いたい! 時間は稼げるか!」
「どれくらい!?」
「百五十小節の詠唱だ!」
何秒かで言えよ!! と心の中だけで突っ込んだ。仕方ない。この世界に秒の単位はないのだ。
小節は魔術詠唱の単位。一小節が精霊語で11文字。ロゼッタはオレの感覚だと一小節2秒くらいで詠唱している。
つまり150小節だと300秒相当。5分だ。
ちなみにオレの戦闘時間は3分! ふうー! 足りねえ!!
思考を高速で回す。
5分間の詠唱となれば大魔術だ。たぶんこの状況を改善するための一手だろう。
今のうちに手を打てなければ、後はもうジリ貧なのは確実だ。
オレは魔力と体力が尽きれば何もできず、村は蜘蛛に襲われ、ロゼッタは無理をして傷を負っていくことになる。
人が死ぬ。最悪だとロゼッタが死ぬ。オレの友人で恩人のロゼッタが。
『たまには己の限界に挑戦してみるものだ』
ロゼッタの言葉を思い出す。
深呼吸。前を見る。空は快晴。地上は蜘蛛の死体だらけの地獄絵図。ロゼッタは綺麗な髪を汗に濡らしながら踊るように戦場を走っている。
「……はあ、限界を超えるにはちょうどいい日だな」
オレは王狐の魔石、作りかけの魔道具へと触れた。
特級の魔石が持つ性能は凄まじい。戦闘で使いたい機能を全て詰め込んでもなお余裕がある。
だが、オレはこの魔道具を使いこなせていない。持った性能を全て発揮させることができない。
戦闘で十全に魔道具を使うには、場面に合わせて細かな制御を行う必要があった。
しかし、そのための情報を取り込む機能が、フィードバックの手段がこの魔道具にはない。
外部の情報を取り込む方法がないのだ。
出力は十分。だけど入力に必要な機器がない。だから魔道具単体では調整ができない。戦闘しながらでは、オレも細かな操作は不可能だ。
魔石のスペックを持て余し、無駄にしている状況。
……それを解決する方法を、一つ思い浮かんではいた。
オレ自身が入力機器になればいい。人の五感は高性能なセンサーだ。加えてオレには魔力を感じる能力がある。うってつけの人材だ。
オレの感覚を魔道具に入力し、それを以って制御を行う。そうすれば特級の魔道具は全力で稼働できるようになる。
必要なのはオレと魔道具の深い接続だ。
元々、魔石は人の精神と、つまり脳と繋がることができる。オレや魔道具職人は、魔石に自らの精神を潜り込ませて作業をしているのだ。
それをもう一歩進めればいい。より深く繋がれる手応えは、前々からあった。
ただ問題は……魔石と深く繋がって無事でいられるか分からないこと。
調べても答えはなかった。何事もないのか。精神を汚染されて廃人になるか。それとも脳が焼き切れて死ぬか……。
どの道、他の人間で試しても意味のないことだった。この世界で地球人はオレ一人だけ。
ならば、結局のところ自分自身で実験しなければ分からない。
生きるか死ぬか。確率も見えないギャンブル。
「――はっ、ロゼッタを見殺しにするくらいなら、死んだ方がマシだろ」
躊躇なく精神的な一歩を踏み出す。魔石の内部領域のさらに奥へ。
ガツン、と頭蓋の内側を殴られたような痛み。鼻の奥で血の味がした。揺れる視界に片膝をつく。
「コーサク!? どうした!?」
遠くからロゼッタの声が聞こえる。一人で頑張るロゼッタの声が。一瞬暗転した眼を開く。
オレは顔を上げた。
「ふいー……賭けはオレの勝ち」
立ち上がる。頭の血管が脈打っている感覚があるが、思考はむしろクリーンだった。
「機能1。『身体強化』発動」
王狐の魔石を使って身体強化を発動する。オレ自身のデータを魔道具に送り込み、最適な魔力の流れを構築する。
これまでの無理やりな強化とは違う、ロゼッタに近い綺麗な魔力の波形だった。
無駄を省いた強化。これなら、5分は戦える。
「ロゼッタ! 交代! オレが時間を稼ぐ!」
「……分かった。頼んだぞ!」
ロゼッタと場所を交代。オレは前線へと躍り出る。
移動しながらも魔術式を書き足した。入力情報を受け入れる魔術式。数値を入れるのはオレの脳だ。
「ははっ……」
いつもより強力な身体強化。全能感が脳を満たす。全身の熱さが心地よかった。
「機能5。仮称――いや、正式名称『戦闘用魔力腕:4』発動」
滲み出る4本の巨腕。自分の腕との連動はしない。強化した脳だけで全てを制御する。
向かってくる蜘蛛を握り潰し、逃げる蜘蛛を叩き、死んでいる蜘蛛を持ち上げる。
「投げる玉には困んねえなあ!」
巨腕を振りかぶる。
戦場を迂回して村へ向かう蜘蛛へと、同族の死体を投げ付けた。同じ硬さの外殻がぶつかり合い、互いに体液をまき散らしながら崩れる。
ロゼッタのおかげで蜘蛛の死体はそこかしこに転がっている。投げ放題。遠距離攻撃もし放題だ。
「さあ、さあさあ! ロゼッタが戻るまでの間、オレと戦おうぜ!」
魔力の巨腕を飛ばし、自らも駆ける。
「機能4『魔力鎧』」
形を変えた防壁がオレの体を覆う。魔力で作られた重さのない全身鎧。その強度に任せ、オレは進路上の蜘蛛を蹴り貫く。
浴びた大量の体液は、走るだけで魔力の鎧から流れ落ちていった。
ロゼッタとは違って綺麗な戦い方ではない。力任せに潰し、撥ね飛ばし、暴力の嵐のように進む。
荒い戦闘の要求に、王狐の魔石は当然のように応えてくれた。
「――ああ、こっちにも名前を付けなきゃな」
王狐の魔石に再度触れる。
オレの戦闘の中枢を担う魔道具。オレの全ての武器を納めた、ただ一つの魔石。
「――命名『武器庫』」
産声を上げるように、『武器庫』の名を得た魔道具は全力で稼働した。
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