第15話 焼き肉
豚バラ肉の塊の他に野菜とパンも買い、兄弟の家へと帰って来た。
「ああ~、重かった……」
豚肉が大き過ぎたから両手で抱えるしかなくて、バランス的にも辛かった。
もう何本か腕が欲しいくらいだ。
「ディーンとリィーンは……まだ帰ってきてないか」
無人の家の中に入り、荷物を下ろしていく。ようやく体が楽になったな。
「2人が帰って来る前に、準備は進めとくか」
手を洗い、野菜の処理から始める。
元々はスリで金を稼いでいたディーンとリィーンだが、日々の食事の心配がなくなったことで足を洗った。
今は荷運びの仕事を手伝ったり、風呂屋で働いたりしている。
ディーンは水、リィーンは火の魔術を使えるので、風呂屋では意外と活躍しているらしい。
オレも2人が働く風呂屋にはけっこうな頻度で通っている。森に行くと汚れるし、当たり前だが、この家に風呂はない。
広い湯船はいいものだ。風呂に浸かって日々のリフレッシュができていなかったら、オレの冒険者としての活動はもっと厳しかっただろう。
お風呂バンザイ。ついでに安くてありがとう。
「お湯沸かすのに人件費しか掛かんないんだもんなあ。そりゃ安いよな」
少なくとも兄弟が働く風呂屋は、お湯を沸かすのに魔術のみを使用している。燃料なんて使わないらしい。何も燃やさないとかエコだよな。環境に優しい。
燃料が不要なおかげで、風呂屋の値段は庶民が毎日通えるくらいには手頃だ。金に余裕がないオレにとってもありがたい。
服装にこだわっている余裕はなくても、なるべく清潔にはしておきたいのだ。料理もするしな。
「ついでに変な病気になっても困るし……っと、帰って来たか」
家の前から2人分の軽い足音が聞こえてきた。兄弟が帰って来たようだ。
「たっだいまー! 腹減ったー!」
「ただいま」
「おかえりー。今日の飯は豪華だぞ」
顎で豚肉の塊を指す。2人がそっくりな表情で目を見開いた。
「おおっ!? すっげえ!! でっかい肉だ!! なにこれどうしたの!?」
「肉。お肉。食べていいの?」
期待通りの大はしゃぎをしてくれるな。いいリアクションだ。
「今日で冒険者の等級が銅に上がったから、記念に贅沢しようと思って買って来た」
「ホントかよ! やったな! これで兄ちゃんもいっぱしの冒険者じゃん!」
「お兄さんおめでとう」
「おう、ありがとう」
ディーンの上から目線が若干気になるが、素直に祝福の言葉として受け取っておこう。
「そんでこれどうやって食うの? 丸ごと焼く?」
「火、出すよ」
2人の目は完全に食欲に染まっている。オレの昇級の話題はもう終わったらしい。早かったな。まあ、2人の境遇と歳を考えれば仕方ないか。
今はこの豚肉の食べ方だ。
「肉屋で聞いたら、けっこう良い肉だって話だったからな。丸ごと焼くのは無理だとして、切ってその場で焼きながら食おうと思ってる」
つまり焼き肉だ。豚肉オンリーの焼き肉。外でやるからバーベキューと呼んでもいいだろうか。
「タレはないから味付けは塩と香草で。2人とも、腹いっぱいになるまで肉を食っていいぞ」
どうせこの家だと肉の保存は難しい。食い切るつもりで焼いてしまおう。
「うおーっ!? ホントに本気で!? これ全部食っていいの!? やったー!!」
「お腹いっぱいお肉を食べるのが夢だった」
喜びの表し方は別々だけど、2人とも大喜びなのは同じだった。
「準備はちゃんと手伝えよー、2人とも」
「もちろんだぜ!」
「当然」
兄弟のやる気も十分だ。さて、準備開始っと。
ボロボロの家の前で、3人で即席のかまどを囲む。
かまどの上には串を打たれた肉の塊と野菜が並び、脂の匂いが混じった煙がもうもうと上がっている。
「さすが、豚バラは脂が強いなあ……」
これ、近くの家から苦情が来ないだろうか。ちょっと、いやかなり心配だ。相互不干渉と言っても限度があるだろう。
そんなオレの心配もよそに、ディーンが目を輝かせてオレを見てくる。
「なあ兄ちゃん! これ! もう食える!?」
「まだ早いって。ちゃんと焼かないと腹壊すぞ? ほら、リィーンを見習って落ち着け」
「むうぅ」
食欲に耐えるようにディーンが唸る。
「……」
リィーンの方は静かだ。獲物を狙う狩人のように、じっと肉の塊を見つめている。凄まじい集中力だ。
ウズウズと体を動かすディーンと、固まったように動かないリィーンを横目に、オレは肉と野菜の串を引っ繰り返していく。
ちょっと肉は大きく切り過ぎたかもしれないな。大きい方が食べ応えがあると思ったんだけど。
まあ、仕方ない。2人には悪いがじっくり焼こう。
脂の弾ける様子を確認しながら、味付け用の塩と乾燥させて粉末にした香草を用意する。
本当は焼肉のタレも欲しいところだけど……当然ながら手元にはない。
あっちで普段使っていた焼肉のタレは、確か醤油ベースだったはず。醤油があれば作れるか?
……いや、そもそも醤油自体をこっちで見た覚えがないな……醤油から手作り? 道が遠すぎじゃね? いける?
「兄ちゃん! もういけるんじゃねえ?」
「ん? ああ……」
ディーンの言葉に意識を戻す。確かに、もう良い頃合いのようだ。
ブロック状に切った豚肉には焼き色が付き、表面は自身の脂で揚げられたようになっている。
「うん。良さそうだな。じゃあ食うか」
「やった!」
「お腹空いた」
「楽しみですね」
ん?
聞き覚えのない声に、思わず周囲を見渡す。
左からディーンに、リィーン、それから――見覚えのない少年……少女? がいた。
というかオレのすぐ右隣に座っていた。ディーンと同年代くらいに見える中世的な顔の子だ。
右腕を串に手を伸ばしていたので、そちら側が死角になっていたようだ。
いや、それにしても気配がなかったけど。何者?
「うおっ、びっくりした! エラじゃん! いつの間に?」
「気が付かなかった」
ディーンとリィーンも驚いた顔をしている。知り合いらしい。
エラ、と呼ばれた性別不明の子がオレを見る。細い顔には、歳に似合わないような笑みが浮かんでいる。
既視感のある微笑み方だ。向こうで見た、接客用の作り笑いを思い出す。
「どうもエラと言います。はじめまして、コーサクさん」
「……どうもよろしく」
結局何者だよ、とか、何で名前知ってるんだよ、とか、色々と疑問は湧いたが、今は無視することにした。
「とりあえず肉食うぞ」
かまどから串を上げ、熱々の肉を3人に渡していく。
「うおっしゃー! 肉だー!」
「おいしそう」
兄弟2人は笑顔で肉に挑みかかった。まだ熱いと思うけどな。
「……ありがとうございます。これは少し予想外ですね」
まだ脂がパチパチと跳ねる肉を前にして、エラは困惑したように笑っている。
もっと質問されると思っていたのだろうか。
「今この場では、肉の焼き加減より大事なことはねえよ」
値引きされたとはいえ、それなりの金額だった良い肉。その肉を、無駄な話をして焦がすだなんて真似は、オレは絶対に許さない。
とりあえず話は肉で腹が膨れてからだ。
微妙な表情で笑うエラから目を逸らし、自分の皿にも肉を載せる。
「それじゃあオレも、いただきます」
湯気を上げる肉に息を吹きかけ、少し冷ましてからかぶりつく。
「あちちっ」
唇にピリリと熱が伝わったが、勢いでそのまま肉を噛みちぎった。
口の中で冷ましながら咀嚼すると、バラ肉らしいたっぷりの脂が口内に溢れ、喉を通って行く。
肉体労働が多い体に良質な脂が染みこんでいくようで、自然と頬がほころんだ。荒く振った塩も、脂との相性がとてもいい。
肉は少し固めだが、その弾力も今のオレにとっては良い食べ応えだ。丈夫な肉の繊維を噛み締めるほどに、『肉を食ってる』という実感が湧いてくる。
「あ~、肉が美味いっ!」
超美味い。やっぱり高い肉は違うわ。あ~、大盛りのご飯が欲しい!
「兄ちゃん、これやべえよ!! すご、ウマッ!!」
「もぎゅもぎゅもぎゅもぎゅ」
兄弟の方も盛り上がっている。ディーンは「やばい」と「すごい」を連呼しながら肉に噛み付き、リィーンは頬を膨らませてひたすらに肉を噛んでいる。
すごい勢いだ。肉の熱さとか大丈夫なんだろうか。もしや、魔力で強化されたこの世界の住人には、『猫舌』とか存在しない……?
「さすがに焼きたては熱いですね」
いや、エラが気を付けて冷ましているから、兄弟が有り余る食欲で熱さを感じていないだけだろうか。
それだったら、2人はあとで痛い思いをしそうだな。オレも口の中につける薬は持ってない。
「ディーン、リィーン。肉はまだまだあるから、火傷しないように気を付けて食えよー」
「もごー!」
「むぐ~」
口に肉を詰めたまま、了承と思われる声を出す2人。ちゃんと分かったかどうかは怪しそうだ。
2人が欲張り過ぎなくてもいいように、じゃんじゃん肉を焼いていくとするか。
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