第16話 力不足

 食欲の勢いに任せてひたすら肉を貪り、たまに野菜とパンを齧る……みたいな、非常に体に悪そうな食事風景が目の前で繰り広げられている。

 というか、オレもその光景を作っている一員だった。うん、肉が美味いから仕方ない。


 まあ、たまにはいいんじゃなかろうか。普段は健康的に質素な生活をしてるし。はめを外す日も必要だ。

 ああ、体に悪そうな食事が美味い。


「ええと……そろそろ会話に入ってもいいですか?」


 未だに性別不明のエラが苦笑いで聞いてくる。性別どころか何者で何の用なのかも不明だ。

 だって焼き肉を始めてから、口は食べることにしか使ってないし。

 『肉が焼けたぞ』くらいしか喋ってない。


 てか、飯時に来たコイツが悪いだろ。話をしたいならタイミングを計って来いよ。


「とりあえず勝手に話してくれ。食いながら聞くから。ディーン、リィーン。こっちは焼けたぞ」


「おっしゃあ!」


「おかわり」


 食欲の衰えない兄弟に肉を配る。ディーンとリィーンは体に似合わず大食いだ。

 生焼けの肉にも手を出そうとするので、焼き係のオレは忙しい。

 さすがに魔力で体が頑丈になっていると言っても、半生の豚肉はキツイだろう。腹を壊されたらオレが困る。


「はあ……それでは話を始めさせてもらいますが……。コーサクさんは我々の互助組織についてどれくらい知っていますか?」


 互助組織……?


「どれくらいも何も……初めて聞いたけど?」


「…………ディーン、リィーン。説明してないんですか……?」


 エラが『マジかよ』みたいな表情になった。


「ひへははっへ?」


「もごもご」


 兄弟は揃って首を捻っている。オレは聞いた覚えがないなあ。


「そうですか……。いえ、いいです。ディーンが適当なのはいつものことです……」


 おいおい。いつも適当だと思われてるぞディーン。まあ、合ってるけど。


「それで、その互助組織がどうしたって?」


 肉を食いながら質問する。行儀が悪いが、焼きたての肉が冷めるのを待つくらいなら、行儀が悪い方がマシだ。

 熱いうちに食わずに、何のための焼き肉か。


「こほん……互助組織は、我々のような貧民街に住む孤児たちが、最低限食べていけるように助け合うための組織です。ディーンとリィーンも所属しています」


 最低限食べていけるように、って言われても、最初に見たディーンはスリの犯人だったからなあ。本当に最低限だろ。

 ん? そういえば……。


「そういえば、ディーンに財布を盗まれたときに、『金は仲間に配ったからもうねえよ!』みたいなことを言われた記憶があるな」


「むぐぐっ、んんっ。ぷは、そんなこともあったなー」


「なんでスリの被害者と犯人なのに、2人とも呑気なんですか……」


 エラが理解に苦しむような顔をする。


「ははは。兄ちゃん呑気だってよ」


「呑気って言われたのは、主にお前だと思うぞ?」


「2人とも、です。はあ……いいです。話を進めます。先ほども言いましたが、互助組織の役割は、我々のような孤児が最低限食べていけるようにすることです。食べていくためにはお金が必要なので、動ける者にはスリをさせる場合もあります」


 生きるために金が必要なのは同意するが、スリは悪手だと思うけどな。

 まあ、例え悪手だとしても、死ぬよりマシなら選ぶだろうが。それにしても、


「ここって一国の首都だろ? 帝都なのに孤児院とかないの?」


「ありますよ……。孤児院もありますし、国から孤児保護のための予算も出ています。いえ……出ているはずでした」


「はずって言うのは?」


 エラが苦々しい顔をする。


「国から出ている孤児のためのお金は、担当する貴族や役人たちの懐に入れられています。実際に使われている金額はごく一部ですね。そのお金も、外見だけ綺麗な孤児院を作り、見目の良い子供を入れるだけに使われていますが……」


「そりゃまた……中々腐ってるな」


 感心するくらいに見事な汚職だ。この分だと、孤児院に入ってもロクなことにならなそうだ。


「誠実に運用されている孤児院もありますが、数少ないそこは既に満員ですね。我々は自分の身を自分で守るしかないのです」


「なるほどなあ……。うん、現状は理解した。それで、オレに何をして欲しいんだ? 悪いけど金はないぞ?」


 実際には少しあるけど、非常時のための貯金と使い道が決まっている金だ。


「そうですね……まずはお礼を言わせてください。ディーンとリィーンがお世話になりました。どうもありがとうございます」


「うん? まあ、どういたしまして」


 一緒に飯食って、たまに計算なんかを教えてるだけだから、そんなに世話をした認識はないけど。


「満足するまで食事を摂る、というのは孤児の夢です。それを叶えてくれているコーサクさんには感謝しています。ですが――」


 エラが視線を鋭いものへと変える。


「これ以上の干渉は止めてください」


 曲げるつもりはなさそうな、硬い声色だ。


「……理由は?」


「我々は貧民街に住む孤児で、とても弱い存在です。ですが、その弱さのおかげで生きることができています。上の組織に場所代を納め、衛兵に賄賂を渡し、コソコソと“取るに足らない存在”であることで、我々は排除されないのです」


 重くて面倒で、肉が不味くなりそうな話題だ。まあ、そう思っているのはオレだけのようで、ディーンとリィーンは気にせず肉を頬張っている。

 おい、お前ら。今シリアスな話してんだぞ。


「孤児が楽しそうに、そして良い暮らしをしているとなれば、様々な場所から反感を買うこととなります。特にディーンとリィーンは、このままでは他の仲間からも恨まれるでしょう。人の幸せを素直に祝えるほど、我々は満ち足りていません」


 そう言ったエラの目には、どろりとした暗い色が浮かんでいた。

 エラの言葉はまだ続く。


「我々を平等に救うか、あるいは根本的に問題を解決できないのなら、偽善的な行いは止めてください。冒険者も銅級になったのなら、ここに泊まる必要もないでしょう? 宿屋にでも泊まって、普通に生活をしてください。我々が人の目に留まらずに生きるためには、あなたは目立ち過ぎます」


「なるほどなあ……」


 エラの鋭い視線を受け止める。


 最近は植物と魔物ばかりを相手にしていたせいか、オレもかなり平和ボケしていたようだ。

 世界が変わっても、人がいるなら欲も腐敗も社会問題もあると。面倒なもんだ。


 さて、どうするか。


 エラが言っている内容は正論だろう。うん。正論だとは思う。が、それはそれとして少し気に入らない。


 知り合った子供と仲良く飯を食ってただけで邪魔だと言われるは何だか腹立たしいし、この外見がまたマイナスに働くのかと思うとやりようのない怒りが湧く。偽善者と言われるのも嫌な気分だ。


 まあ、偽善者呼びはオレを怒らせて、さっさと出て行かせようという意図だとは思うが……偽善だろうが何だろうが、オレと同じ行動をする人間が孤児の数だけいたら問題は解決じゃねえかと思う。

 結論から言うと、オレよりも、動かない他の奴らを責めろ。見て見ぬふりをする奴らは責められろ。腐った貴族と役人は魔物にでも食われちまえ。


 ……とまあ、そんなドロドロした感情は肉と一緒に腹の中へと飲み込む。


 どう行動するかを考えるのに負の感情は邪魔だ。自分と律することができなければ、生死がかかった状況では生き残れない。

 冒険者として身に染みた教訓だ。何かを選ぶときは冷静に。


 さて、考えよう。


 まず、ディーンとリィーンは働いて稼げるようになった。見た目の大切さも教えて身綺麗にするようになったから、少し肉が付いた今なら店で門前払いされることもないだろう。


 簡単にだが、料理の仕方も、金の計算方法も教えてある。オレがいなくても、前よりはマシな生活ができるだろう。


 そしてオレはと言えば、銅級に上がって社会的にある程度認められる地位を得た。金もあるし、前みたいに宿屋で拒否されることもないはずだ。


 ……そうだな。エラの言う通りにしても問題はない。


 オレも感情以外には。


「ディーン、リィーン。お前らは2人に戻っても平気か」


「むぐむぐ。ん、なんとかなるよ。兄ちゃんのおかげで色々覚えたし、前より楽に稼げるぜっ」


「うん。頑張る」


「……そうか」


 兄弟は気楽に頷いた。なんか軽いな2人とも。


「もぎゅ。はは、死んで別れるんじゃねえんだから、別に湿っぽくなる必要ねえじゃん」


「お別れはいつものこと。それに、いつまでも続かないとは思ってた」


 ……オレよりも精神的にタフかよ2人とも。


「まあ分かった。……それはそれとして、ディーン、今くらい食うの止めろよ」


「はははっ、まず兄ちゃんが肉焼くの止めろよ」


 ぐ、確かに、場所が空くと肉を載せてしまう癖が……っ! 焦げないように手が勝手に動いてしまう……!


「……2人とも、真面目に考えていますか?」


 エラがじっとりとオレとディーンを見てくる。


「考えてる、考えてる。今のオレじゃあ、問題を解決できるような力がないからな。お前の言う通り、近いうちに出て行くよ。ああ、はい肉」


「そうですか。あ、お肉ありがとうございます――コーサクさんは、やはり変な人ですね」


 エラが珍獣を見るような目をする。失礼だろ。


「肉をやったのに何だよその言い草は。っていうか、今更だけど、オレの名前とか銅級に上がったこととか何で知ってんの?」


「情報屋で聞きました。コーサクさんは目立つので、情報も手軽な値段でしたよ」


「ええ……?」


 情報屋があるのは知ってたけど、オレの情報売られてんの? マジで?


「むぐ。ん? そういえば前に噂話を売りに行ったときに、兄ちゃんの話をおっちゃんに聞かれた気がする」


 のほほんとディーンが声を上げた。犯人はお前だ! くそ、個人情報の取り扱いも教えるべきだったか……。


「はあ……まあいいや。おい、エラ」


「なんですか?」


「今のオレじゃ何もできなから、素直にここからは出ていく。――だけどいつか、オレが大金を稼げるようになったら、お前ら全員に嫌と言うまで肉食わせてやるからな。覚えてろよ」


「………………やっぱり、あなたは変わった人ですね」


 エラが貼り付けた笑みを崩し、おかしそうに笑った。


「さすが兄ちゃん! 待ってるぜ!」


「太っ腹」


 ディーンとリィーンも機嫌よく手を叩く。


 さて、強くなる理由が一つ増えたな。もうちょい無茶を通してみるか。

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