第33話 乗合馬車
王狐討伐のほとぼりが冷めるまで帝都を脱出。こう言うと不祥事でも起こしたみたいだが、功績を挙げても罪を犯しても、目立ち過ぎるのは面倒事を呼ぶようだ。
依頼が終わって帰って来たら、注目を浴びるような行動は慎むようにしたいと思う。
そんな決意をしつつ、オレは座る姿勢を少し変えた。
視界には流れていく景色が映っている。現在、オレは乗合馬車に揺られている最中だ。
まだ出発して2時間ほどだが、土の道を進む振動で尻が痛い。
「クッションか何か、持ってくれば良かった……」
あと数日もこの振動に耐えるのは辛いものがある。
実は乗合馬車に乗るのは初めてだ。これまでは金もなかったので、乗合馬車に乗ってまで遠出したことはなかった。
帝都に来るときは商人の護衛として馬車の荷台に乗せてもらっている。
そのときも決して乗り心地が良いとは言えなかったが、乗合馬車の振動はそれより酷い。
まさか、商品を運ぶ馬車より人が乗る馬車の方が乗り心地が悪いとは……。思ってもみなかった。
人より商品の方が良い馬車で運ばれる、というのは何か悲しいものがある。
まあ、人は頑丈だけど、商品は物によっては壊れたりするからなあ……仕方ないのか。
「ふむ。コーサク。揺れが辛いのなら、自分で走るという手もあるぞ?」
「いや、ロゼッタ。そんなことしたら普通に置いてかれるから」
緑ばかりの景色から、隣に座るロゼッタへと視線を移す。
乗合馬車の護衛役であるロゼッタは、いつでも動けるように片膝を立てた姿勢で座っていた。
同じ振動を受けているはずなのに、ロゼッタの体の揺れはとても小さい。どういう体幹をしているのだろうか。強すぎない?
オレの視線を受けたロゼッタは穏やかに笑う。
「ふふ、もちろん冗談だ。コーサクの得手不得手は知っている。しかし、辛いなら私の外套を貸しても良いぞ。下に敷くといい。楽になる」
「いや……さすがにそれはいいよ」
何かヤダ。ロゼッタの外套が嫌なんじゃなくて、申し訳ないとか恐れ多いとか、そっち方面の感情で遠慮したい。
美人で恩人な友達の服を尻に敷く……ちょっとオレには難易度が高いかな。
「ふむ? そうか」
「うん、いいよ。このまま耐えてれば、そのうち尻の筋肉も鍛えられそうだし」
「ふふふっ、鍛えられるのか?」
「たぶんね」
まあ、乗ってれば慣れるでしょ。
適当に言ったオレの言葉で、ロゼッタは楽しそうに笑っている。意外と笑いのツボが浅いよね。
「ふふ、ん。しかしコーサクが一緒の馬車というのは幸運だったな。こうして話す余裕ができる」
「自分が乗る馬車だからね。周囲の警戒くらいはするよ」
オレの数少ない長所である魔力察知。これのおかげでロゼッタよりオレの方が魔物の接近を早く感知できる。
知らない仲でもないので、索敵はオレ。戦闘はロゼッタで役割分担をすることにした。
おかげでロゼッタは一人で護衛を行うときより余裕がある。
「うむ。ありがたいことだ。普段は他の客とあまり話せないのでな」
「ん~、でも休憩時間とかなら少しは会話できるんじゃない?」
「む……そうなのだが、私と談笑してくれる客はあまりいなくてな……」
ロゼッタは寂しそうに目を伏せる。長い睫毛が揺れていた。
……原因のいくつかは簡単に想像がつく。ロゼッタは乗合馬車の護衛依頼をよく請けるようだが、乗合馬車を利用するのは金銭的に余裕がない庶民が多い。
ある程度金がある人間なら自分で馬車を借りて移動するし、金持ちなら自分の馬車を持っている。
対してロゼッタを見てみれば、一目で高価だと分かる鎧を身に付け、鞘の時点で業物と察せられる剣を持った冒険者だ。
そして一番の問題はロゼッタの所作だろう。元貴族というだけあって、端々の動きの滑らかさが一般人とは大きく違う。
「……ロゼッタは確かに近寄り辛いように見えるかもね。普通の人とはちょっと雰囲気が違うし。姿勢の良さとか凄いよ」
それに美人過ぎて緊張するかも、と言えないオレはかなりヘタレだった。
「ふむ……そう見えるものなのか……。私もただの人なのだがな」
ただの人だと言う自己認識にはちょっと異を唱えたいところだけど……まあ、ロゼッタはけっこう人と話すのが好きなタイプだ。その点は普通の人間と変わらない。
「とりあえず今回はオレも一緒だし、他の人とも話しやすいんじゃないかな。ほらオレ、どこからどう見ても無害な庶民だから」
「ふふ、ありがとう。コーサク」
ロゼッタが顔を上げて微笑む。そうやって自然に笑っていれば、誰とでも話せるんじゃないかなあ、と思ったのは秘密にした。
君の笑顔は魅力的だ、なんて面と向かって言う勇気はない。言ったらきっと顔真っ赤。もちろんオレの顔が。
「しかし、確かにコーサクは善い人間に見えるが、動作には教養の跡が見えているぞ?」
「え、そう?」
「うむ。故郷の作法だろうが、自然ではない動きを時折している。礼をするときなどが最たるものだな。指先を伸ばし、踵を揃えている。教えられなければそうはならないだろう」
「ああ~、なるほど……。ロゼッタも良く見てるね」
「ふふ、コーサクが私を見ているのなら、逆もまた然りだ」
確かに。それはそうだ。……見られていると思うと、なんだか急に緊張するな。色々と気を付けよう。
「まあ、多少礼儀作法があったところでオレは庶民だし。他の人達も世間話くらいしてもらえるでしょ。……ちょうどいいから、夜に2人で料理でも作ろうか。スープくらいなら簡単だし。他の人達にも配れば話す切っ掛けにできると思うよ」
事前に聞いたら、乗合馬車での食事は各自で用意するのが普通らしい。持ち運びのできる食べ物が基本。すなわち、干し肉、干し芋、堅焼きパン、冒険者がよく買う携帯食料あたり。
……塩の味しかしない嚙み切れない干し肉、口の中の水分を全て奪う無味の干し芋、釘が打てそうな酸っぱい堅焼きパンと、栄養はあるが生臭さと青臭さが同居する携帯食料……が、オレの知っている旅の食事だ。
はっきり言おう。全部不味い。美味しくない。マジで。食い物への冒涜なんじゃないかとさえ思う。
ちょっと許せないレベルだ。
「うん……簡単な料理くらいはしよう。食べるのは、大事。ロゼッタも少し手伝いをお願いね」
「う、うむ……私にできることであればな……」
ロゼッタが困ったような顔で頷いた。ぶっちゃけ、ロゼッタは料理ができない。基本的に不器用なのだ。
以前、依頼で一緒になったときに野菜の皮剥きを頼んだら、食べる部分がほとんどなくなったレベル。過食部より剥いた皮の方がデカかった。
剣はあんなにも綺麗に操るのに。ちょっと謎だ。剣より包丁の方が使い易いと思うけど。
まあ、今回のロゼッタの活躍場所は皮剥きじゃない。
「大丈夫。ロゼッタには得意な分野を担当してもらうから」
「得意な分野……?」
ロゼッタは不思議そうに目を瞬かせた。
そして夕方……より少し前の時刻。乗合馬車は野営のために停車した。
ロゼッタは周囲の安全を確認しに行き、オレはロゼッタが不在の間に食べられる野草を集めておく。
ついでにオレを全く警戒することなく鳴いていた野鳥も捕獲。食料調達の際には魔力がないもの便利だ。獲物が逃げない。
野鳥を捌いている間にロゼッタが帰ってきたので、さっそくひと働きしてもらった。
その結果が、今オレの前にある。
「ふ、はははっ、さすがロゼッタ! 良い感じの“土鍋”だよ! いやー、いいなあ。地属性の魔術も便利だよなあ。旅の途中でも料理し放題じゃん」
鍋も食器もかまども作れるよ! ふうー! 荷物が減るなあ!
「土で鍋を作ってこんなに喜ぶのはコーサクくらいだろうな……。いや、役に立てたのなら嬉しいが」
絶賛していると、ロゼッタは若干顔を赤くして照れていた。
ロゼッタが一番得意な魔術は地属性で、土を操る腕は一流だ。手先は不器用だが、魔術は繊細に使えるのである。マジ便利。
「よし、じゃあさっさと作りますか! ロゼッタ。他のお客さんたちに適当に伝えてきて。スープがタダで飲めますよー、って」
乗合馬車の御者さんには既に許可も取っている。あとは他の客に周知するだけだ。
「うむ。行ってくる」
ロゼッタが周囲に散っている客たちに声をかけて回る。事情を話し、ロゼッタがオレの方を指差す度に、土鍋を囲むように人が増えていった。
「おーい
「はーい。ありがとうございます」
節くれ立った手のお爺さんから干し肉をもらった。煮立った鍋に突っ込む。
「それじゃあ私も。生で食べようと持ってきたのだけど、この玉葱も入れましょう。ちょっと待ってね。切るから」
「うわあ、ありがとうございます。助かります」
小さい娘を連れた奥さんが、紫の縞模様が入った玉ねぎを刻んで入れてくれた。野菜の柔らかい匂いが湯気に加わる。
「いやー、旅の途中で上等な飯が食えるとはねー。あ、俺は食材ないから、このパンお兄さんにあげるよ。あんまり美味しくないけどねー」
飄々とした青年がパンを差し出してくる。カッチカチの堅焼きパンだ。……スープに浸して食べよう。
「ふん。どいつもこいつも気前がいいもんだ。……仕方ねえ。全員に一杯だけ酒を奢ってやるよ」
顔に傷のある厳めしい顔の男性が、酒の壺を持って来た。意外といい人そうだ。
その後も各人の食材が持ち寄られ、食事は豪華なものになっていく。
具沢山のスープに、焼いた野鳥の肉、パン、一杯の酒。旅の間で食べるには豪勢すぎるメニューだ。
文句を言う人がいたら怒られるレベル。実際、不満そうな人はいない。みんな嬉しそうに鍋を囲んでいる。
最後に味見をして塩加減を調整し、ロゼッタが魔術で作った土の器にスープをよそっていく。
配るのはロゼッタにお願いした。
「ありがとう! おねえちゃん!」
玉ねぎをくれた奥さんの娘さんが、元気にロゼッタに礼を言う。
「――うむ。どういたしまして」
嬉しそうに微笑むロゼッタ。他の客たちも和やかに談笑している。
やっぱり、食事を囲む人は多い方がいい。心にも腹の中にも温かさを感じながら、オレはのんびりと食事を楽しんだ。
ただ、やっぱり堅焼きパンは不味かった。
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