第38話 追加依頼
疲労で重い体を引き摺りながら山を歩く。途中で蜘蛛を一匹狩り、行きよりも長い時間をかけて村も前まで戻って来た。
微かに感じた血の匂いにギクリとしたが、どうやらロゼッタが狩った魔物を解体しているだけのようだ。
ほっと息を吐いて村に入る。ロゼッタはすぐに見つかった。
何かを囲んで話し合っている村人たち、その中に特徴的な金髪が見えている。
ロゼッタより先に村長がオレに気付いた。
「ああ、冒険者さん。戻ってきましたか」
「どうも。いくつか報告したいことがあります」
「……それは、“これ”に関することですかな?」
村長が体を避けたことで村人が囲んでいたモノの正体が分かった。蜘蛛だ。コタツサイズの蜘蛛の死体。綺麗な切り傷が入っている。
「私がこの村の近くで狩ったものだ」
ロゼッタが剣を触りながら言った。まあ、そうだろう。
オレは村長を見る。
「はい。この魔物のことです」
「この魔物はこれまで村の誰も見たことのないものです……いったいどこから……?」
オレは村長に見て来たものを話す。山肌に開いた亀裂。地下にいた蜘蛛。暴れるゴーレム。
村長と村人たちは、顔を青くしながら聞き入っていた。
「な、なるほど、地下に……。いやはや、あの山の下にこんな魔物が棲んでいるとは……。むしろ今までが幸運だったのかもしれませんなあ……」
村長が重い溜息を吐いた。
「しかし、蜘蛛の穴を塞いでもらえたのは助かりました。少しは安心できます。ただ、しっかり埋めた方が良い、とのことですな?」
「はい。今はただ崩して来ただけですので」
穴が開けばまた蜘蛛は出てくるだろう。完全に固めてしまった方がいい。
「ふむ。それと他の出入口の有無も確認しなければならないな」
ロゼッタが蜘蛛を見ながら言った。
「そうですな……力のある村人を募って山を調べなければ……」
「どこか心当たりのある場所はありませんか?」
顎を触って考え込む村長に聞いてみる。
「む、心当たりとは……?」
「岩のゴーレムは一体狩りましたが、確かゴーレムは近くに仲間がいる場合が多かったはずです。……だよね、ロゼッタ」
「うむ。ゴーレムは単体で分裂して数を増やす魔物だ。コーサクが討伐したゴーレムが上級なのであれば、最低でも中級のゴーレムは近くにいると考えた方がよい」
改めて謎な生態だ。いや、ゴーレムを生き物に分類してもいいのか分からないけど。
ただ、大切なのは他のゴーレムがいるかもしれないという情報だ。
「他の場所でも同じように、ゴーレムが動いたことで地下と繋がった場所があるかもしれません。ゴーレムがいるような場所に心当たりはありませんか?」
「……そういうことですか。分かりました。村の者たちにも聞いて回りましょう。……しかし、あまり期待はしないでいただきたい」
「……何故です?」
村に一番近い山だ。村人たちが一番詳しく知っているだろう。
そんな疑問を籠めた質問に、村長は言い辛そうに答えた。
「実は、村には山の奥には行ってはいけないという仕来りがありましてな。近場までならともかく、奥に進んだ村人の多くは帰ってこないのです。そのため、山の中を詳しく知っている者は村にはおりませぬ」
「な、るほど……?」
いや、普通に依頼を出してオレのこと送り出したじゃん。と突っ込みたかったが、よく考えたらオレが請けたのはここ一帯を治める領主からの依頼だった。
この村長は山の奥に入らなくて済むように、村の近くだけの討伐依頼を出している。
……いやでも、そんなにヤバい山なら事前に言えよ。普通に上級のゴーレムとかいたじゃん。
駆け出しの冒険者なら死んでるぞ?
色々としがらみがあるのかもしれないが、危険な目に遭ったので村長の評価が少し下がった。
ロゼッタを見る。
「ロゼッタ。中級のゴーレムと蜘蛛がいるとして、村人に確認を任せるのは賛成? ちなみにオレは反対」
オレが見逃すしかなかった蜘蛛はまだ山のどこかにいる。
そして、これまで帰って来なかった村人たちはたぶんゴーレムに殺されていると思う。オレのように魔力を察知できない限り、地面からの攻撃に対応するのは厳しいはずだ。
「うむ。同じ意見だ。何がいるかも分からない山に村人が入るのは危険すぎる。行くならば私とコーサクだな」
「おお……!! では!」
村人を危険に晒さなくても済む流れになったことで、村長が嬉しそうに声を上げた。
が、悪いと思いつつも水を差す。
「村長。オレが請けた依頼は異変の解決ではなく調査。ロゼッタが請けた依頼は村の近くの魔物の討伐です。異変の解決はオレたちの依頼範囲外。なので、オレたちに異変の解決まで頼みたいのなら別で報酬をお願いします」
「おい、コーサク。私は――」
手を挙げてロゼッタの言葉を遮る。
ロゼッタは無料でやるつもりだったらしい。というか、そうだと思ってた。ここしばらくの付き合いで分かったが、ロゼッタは報酬をもらわずに人を助けていることが良くある。
そのせいで銀級冒険者にもかかわらず、たまに貯金がゼロになっているのである。
金があるときは良い食事を摂るが、金欠のときにはあんまり美味しくない安い料理を食べるという暮らしをしている。馬鹿だ。生活力が欠片もない。ダメ美人だ。
という訳で、働いた分の報酬はちゃんともらおう。
オレも村人たちは助けたいが、同時に金は欲しい。ぶっちゃけ既に大赤字だ。これ以上のタダ働きはこの先に響く。
金がなくては人助けもできないのである。世知辛い。
「追加の報酬ですか……しかし、この村にはあまり余裕がなく……」
チラチラと村長が見て来る。周りの村人たちも不満顔だ。
なんだこのヤロー。今日使った魔石代いくらか教えてやろうかー? ……う~ん。やっぱりキャラじゃないな。
「冒険者ギルドを通して利子なし分割払いでもいいです。村の安全の分は報酬を出してください。そうしないと次から冒険者は来ませんよ?」
魔物との戦いには常に命の危険が付き纏う。ロゼッタくらいに強くても、死ぬ可能性がゼロな狩りなどない。
命の危険の対価を渋る村に、冒険者が寄り付きはしないのだ。
村長は考え込むように沈黙した。
「……分かりました。報酬は別にお支払いします。冒険者さん方、どうぞよろしくお願いします」
丁寧に頭を下げられる。それなら答えは一つだ。
「依頼、お請けします。できる限りのことはさせてもらいますよ」
微力を尽くそう。今の沈んだ雰囲気では、村で食べる食事も味気ない。
村長と細かい話を詰めてから、オレとロゼッタは借りている家へと戻った。
時刻はもう夕方近く、さすがに今から山を調査するのは断念したのだ。
ついでにオレも消耗した体を休めたい。……実は村長と話している最中もけっこう辛かった。足が痛い。
今日はゆっくり休んで明日の朝から行動だ。
いちおう大型の蜘蛛を警戒して、村人に交代で夜番をお願いしている。何もなければ熟睡できるだろう。
家の中で剣の手入れをするロゼッタを見る。ちょっと難しい顔をしていた。
怒ってんのかなー……?
「ロゼッタ。勝手に報酬の話を決めてごめん」
ロゼッタはゆっくりと顔を上げた。
「……私は礼を言うべきだろう。コーサクのおかげで貰える報酬が増えたのだ。……それに他の冒険者がどう考えるかなど、私は考えたこともなかった」
ロゼッタは磨いた剣に自分の顔を映す。
眉の下がった表情だ。怒っていたのではなく落ち込んでいたらしい。
「……これでは、世間知らずと揶揄されても仕方ないな」
あれ? けっこうガッツリ落ち込んでいらっしゃる?
「あー、と。夕食にしようか。明日のために、ちゃんと力を付けなきゃね」
そう言ってオレは立ち上がった。ちょっと足が攣りかける。
肉が必要だ。筋肉を再生させたい。
幸いなことに、今日ロゼッタが狩った魔物の肉を分けてもらっている。
かなり硬そうだし、野生の臭みもあるだろうけど、肉は肉だ。なんとか美味しく料理しよう。
……ああ、どっかに味噌とかないかな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます