第29話 銀の証

 意識が戻ってから2日後、オレは退院するために荷物をまとめていた。と言っても持ち物なんてほとんどないので、傷の増えた魔道具を身に付けるくらいだ。


「これでよし。それにしても、よく2日で骨折が治ったなあ」


 普通に使えるようになった左腕に目を向ける。見た目には怪我の前と変わりない。折れた場所を触ってみると、ちょっと骨が太くなったかも? というくらいだ。


 怪我の治療において、この世界はかなり凄いらしい。


「代わりに、めっっっちゃ痛かったけど」


 痛みで気を失って、さらに痛みで目を覚ますなんていう拷問みたいな治療を思い出す。感じないはずの痛みの感覚にぶるりと背中が震えた。しばらく夢に見そうだ。


「今度からは絶対怪我しないようにしよう……」


 呟いて、最後に枕元に置いていたギルド証を手に取った。窓から入ってくる日光が、真新しい銀の板・・・に反射する。


 ベテランと呼ばれる冒険者の証である銀の色。首にかけてみると輝きの主張が激しい。


「身の丈に合わないって感じ」


 王狐の討伐に伴い、オレの等級は銀へと上がった。上がってしまったというべきか。ロゼッタとかと同じランクだと考えると、どうにも分不相応だ。


 まあ、昇級を決めるのは冒険者ギルドだからオレの意思は関係ないんだけど。

 銀の板を服の内側に仕舞い込みながら、新しいギルド証をもらった昨日のことを思い返す。




 治療の痛みに耐えるだけの午前中が終わり、「必要だから頑張って食べて」と出された昼食も無理矢理飲み込んだ後に、冒険者ギルドから人が来た。


「コーサク様、はじめまして」


「はあ、ども」


 話すのは初めてだけど、何回か見たことはあるギルドの人。バリバリ働くキャリアウーマンみたいな雰囲気の女の人だ。細いフレームの眼鏡が似合いそう。

 そういえばこの世界で眼鏡って見たことないな……ああ、みんな目いいからか。魔力あるしな。


「――ということで、コーサク様の銀級への昇級が決まりました」


「はい?」


 痛みから解放された反動で頭がぼうっとしているせいで、全然聞いていなかった。


「昇級です。幻影王銀狐討伐の功績により、コーサク様は銅級から銀級に昇級されます。おめでとうございます」


「はあ……どうもありがとうございます」


 ぼんやりとした頭のままで礼をして、それからゆっくりと言葉の意味が染みてきた。

 昇級? オレが? 銀に?


「マジですか……?」


「間違いありません。こちら、新しいギルド証になります。古いギルド証は返却をお願いいたします」


「え、はい。お願いします」


 ピカピカに光る銀のギルド証を受け取り、少しくすんだ銅のギルド証を返す。

 銀色のギルド証は確かに手の中に載っているが、全くと言っていいほど実感が湧かない。


 ふわふわした状態のまま、銀級冒険者の特権に関する説明を聞いていく。あまり頭には入らなかったが、魔石の加工費が安くなるという点だけは覚えた。それは嬉しい。


「昇級に伴う説明は以上となります。何か質問はございますか?」


「あ、はい。特にないです」


「それでは次に、幻影王銀狐の素材の扱いに関するご相談となります」


「素材の、相談」


 そういえば、王狐の死骸はどうなったんだろうか。


「討伐された幻影王銀狐は現在、冒険者ギルドにて保管しております」


 オレの疑問を見透かしたような説明に、さらに疑問が湧いた。


「あの、王狐討伐の手柄? 功績? ってどういう扱いになってるんですか? 確かに王狐を殺したのはオレですけど、もし一人だったら無理でした」


 分身を引き受けてくれた兵士や冒険者、援護してくれたエゴルさんがいなければ、オレが王狐に勝つことは不可能だったはずだ。


「はい。おっしゃる通り、冒険者ギルドおよび騎士団の見解でも、幻影王銀狐討伐の功績は参加した者全てにあるとしています。ですが、討伐した魔物の権利はとどめを刺した者にある、というのが防衛線における不文律です」


「ええと、そうすると……王狐の素材はオレが権利を持っているってことに、なりますね……」


 なっちゃうな。マジか。独り占めでいいのか。


「ご理解いただけたようでなによりです。素材についてはコーサク様ご自身で引き取られるか、売却されるかになります」


「売却ですか……。買う人いますかね。頭吹き飛んでると思うんですけど」


「その点はご心配には及ばないかと。売りに出される場合は皇室で買い取ると明言されていますので」


 皇室……皇帝? エンペラー?


 見たこともないこの国のトップを思い浮かべる。当然顔は分からなかった。

 ……ていうか、なんでまた?


「幻影王銀狐の討伐成功を周知するために、騎士団が近々パレードを行う予定なのです。そのときに討伐した証拠として、幻影王銀狐の死体を国民に見せたいそうです。首がないのはむしろ良い宣伝となるでしょう」


「はあ、なるほど……?」


 ん~……? これ、もしかして売らないと国のトップから顰蹙買うのでは?

 この世界普通に身分制度あるし、ここで断っても後で没収されたりとか……あるかも。


 うんまあ、ぶっちゃけ王狐の死体とかオレは使い道ないからいらないけど――いや、ああ、忘れてた。


「王狐の魔核だけは欲しいんですけど。魔核だけ受け取って、他は売るってできますか?」


「可能です」


 短い答えに頷きを返す。じゃあ、それでいいや。王狐のガワ・・だけ欲しいなら、文句が出ることもないだろ。


「オレは魔核があれば後はいいです。残りの素材の処理は冒険者ギルドにお任せします」


「承りました。幻影王銀狐の魔核は魔石へ加工されますか?」


「します。よろしくお願いします」


 特級の魔物の魔石。その容量は並みの魔石とは比べ物にならないと聞いている。

 これまで断念してきたあれ・・これ・・も、王狐の魔石があれば実現できるかもしれない。


 オレは強くなりたい。もっと、まだまだ強く。


 王狐と戦ったときに分かった。オレは他人の死を前に止まることができない。


 誰かを守れるくらいに強くなる。その誓いとは別に、心に刻まれたトラウマが行動しないことを許さない。


 どう考えても王狐と戦うのは無謀だった。生き残ったのはただの幸運だった。平静な今それを理解していても、もし同じ場面に遭遇したらオレに飛び込まないという選択肢はない。止まろうなんて思わない。


 頭のネジが飛んでいる。心のどこかが壊れている。自分の命を捨てても他人を助けたいなんて、狂った思考をするのが今のオレだった。


 それを悪いとも感じないから、もうどうしようもない。


 ただ、それでも死にたい訳じゃない。正しく言うと、無駄死にはしたくない。

 誰かを助けて死ぬのはいい。だけど誰も救えずに死ぬのは許せない。


 だから強さへの渇望は止まらない。


 王狐の強力な魔石は、きっとオレの力になる。――力にしてみせる。



 と、そんな思いを固めたオレの顔を見て、キャリアウーマン風のギルド職員さんは若干不思議そうな顔になっていた。


 回想終わり。




 治療を担当してくれた先生にお礼を言い、久々に外へと出る。

 ちなみに治療代は国持ちだ。基本的に帝都を防衛するための戦いでは、国が治療費を負担してくれるらしい。太っ腹……でもないか? 普通?


 とりあえず、普通の人より時間も魔力もかかったオレの治療費は結構な金額らしいので、代わりに払ってくれるのはありがたい。この世界に健康保険とかないし。


「社会保障って大事だよなあ……」


 異世界に来てからそんなことを実感することになるとはなあ、と思いながら宿屋への道を歩く。


 道行く人々は明るい顔だ。帝都全体の雰囲気も高揚しているように感じる。王狐の脅威がなくなったおかげだろう。

 平穏を謳歌する人々を見ると、文字通り骨を折った甲斐はあったと思う。


 なんとなく穏やかな気分で周りを見ながら歩く。平和はいいなあ。


「……ん?」


 平和な風景の中に、場違いな程に鮮烈な赤い色が――


「よ~う、コーサク! 活躍したらしいじゃねえか」


「レックスじゃん。いつ戻ってきたんだよ」


 頭の上から足の先まで真っ赤な変人で友人のレックスが、通行人に避けられながら近づいてきた。

 いつものようにテンションが高い。


「今日の朝だ! 帰ってきたばっかりだな。それでも聞いたぜえ。特級の魔物と楽しんだらしいじゃねえか」


「オレは楽しんでないけどねー」


 むしろ一方的に楽しまれた立場だ。まあ、無駄に狩りを楽しんだせいで、王狐は死んだんだけど。


「生き死に賭けて戦ったなら楽しんでるだろ」


「そうかなあ……?」


 謎の発想だ。戦闘狂になると分かるのかもしれない。


「くはは、戦いは楽しまねえともったいねえぜ。まあいいけどよ。それよりも飲みに行こうぜ。祝いに奢ってやるから話を聞かせろよ」


「今から? まだ昼間だよ?」


 空を見上げてみる。陽はまだ高い。飲み始めるのは早すぎる時間だ。こんな時間から飲むのは人として駄目じゃないか?


「ははは、バッカだなあ。――昼間から飲むから酒が美味いんだろ」


「……まあ確かに?」


 残念ながら、オレたちは2人とも駄目人間らしかった。


「いやでも、オレ昨日まで腕の骨折れてたんだよね」


 まだ酒飲むのには早くない? と続ける前に、レックスに肩を組まれる。


「そんなら肉食わねえとなあ、肉。怪我の後は肉だぜ。ちょうどいい店知ってるからそこに行こうぜ!」


 ……まあ、いっか。


「遠慮しないで食うよー」


「おう! いくらでも食えよ!」


 宿に続く道から引き返す。


 どんな肉が食えるかを想像しながら歩いていると、きゅるきゅると胃が活動し始めたのが分かった。腹が減ってくる。


 ああ、ちゃんと生きて帰ってきたんだなあ、オレ。

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