第8話 追跡劇

 帝都にやって来て数時間、さっそく財布を盗まれてしまった。都会は怖い。


「紐が切られるのは、あまり考えてなかったなあ……。はあ、小銭がほとんど無くなった」


 溜息を吐きながら、ベルトの裏側に織り込んだ銀貨を取り出す。


 財布は盗まれたが、全財産を失った訳じゃない。所持金の大部分はカバンの底を二重にして入れているし、着ている服のあちこちに隠してもいる。

 これまでの教訓の成果だ。


 それでも、痛いものは痛い。予想外の出費だ。小銭もなくなったし、どこかで崩さないと。


「あ~……ああー……よし。予定通り屋台で何か食べよう」


 気分が沈んだときは食べるのが一番だ。銀貨も崩せるし一石二鳥。さて、気を取り直して行くか。




 そんな訳で、通りを一本外れて屋台が並ぶ場所へとやって来た。

 人々が賑やかに行き交う通りの両側には、移動用の木製屋台の他、地面に布を敷いただけの露店がいくつも並んでいる。

 軽く見ただけでも、日用品に旅用の道具、装飾品、生きた鳥も売っていた。鳥は食用なんだろうか。


「……焼き鳥かなんかの屋台はあるかな」


 鳥で思い浮かんだけど、肉が食べたい気分だ。護衛依頼の旅の間は不味い干し肉しか食べてない。美味しい脂が欲しい。


 邪魔にならないように通りの端に立ち、人混みを見透かすように目を細める。


 ちょうど近い場所に何かの肉の串焼きを売っている屋台があった。店主のオヤジが手際よく串を動かしている。幸いなことに客は少ないようだ。おつりをもらうのに少し時間がかかっても、他の客に迷惑はあまりかからないだろう。


「行くか」


 人の流れに合わせて屋台に近付く。目の前まで来ると、店主が顔を上げて不思議そうにオレを見た。


「見ねえ顔の兄ちゃんだな。食ってくか?」


「食べます。とりあえず5本お願いします」


 近くで見る串焼きの肉は意外と大きなものだったが、串焼き1本でお金を崩させてもらうのも悪いし、何より至近で嗅ぐ肉が焼ける匂いは、簡素な食事をしてきた体に食欲を湧かせるには十分すぎた。


 それに冒険者になってから胃が広がった。というか、体質的に食いだめができるようになったので、串焼きの5本くらいは普通に一人で食べられる。


「お代はこれで」


「おう、毎度あり! って兄ちゃんデカいのしか持ってねえのかよ」


 案の定、差し出した銀貨を見た店主は嫌な顔をした。


「すみません。さっき向こうの通りで子供に財布をすられてしまって……持ち合わせがこれしかないんです」


 店主が片眉を上げる。厳つい顔に浮かぶのは同情するような表情だ。


「そうかい。そりゃあ仕方ねえな。今回だけだぜ。次からは盗まれねえように気を付けな」


「ありがとうございます」


 いい人らしい店主に頭を下げた。


 焼けた肉を慣れた手つきで大きな葉に包みながら、店主が話を振ってくる。


「兄ちゃんは帝都に着いたばっかりかい?」


「そうですね。ついさっき到着したところです。宿を探す途中で財布を盗まれてしまいました」


「そりゃ災難だったな。あのガキどもは帝都の人波に慣れてねえ奴を狙いやがるんだ。追っかけられても道を知らねえ奴から逃げるのは難しくねえからな。兄ちゃんみたいな一目で他所の人間だと分かる奴は狙われやすいだろうさ」


「なるほど……」


 あのスリの子供はけっこう有名らしい。というか単独犯じゃないのか。そして忠告はありがたいけど嫌な内容だ。出歩く度にお金を盗まれては堪らない。

 対策を考える方法がありそうだ……。


「ま、頑張りな。ここは帝都。苦労と同じくらい楽しいこともあるもんさ。はいよ、串5本とお釣りな」


「どうも。ありがとうございます」


 串の包みと大量の小銭を受け取る。小銭は数枚ポケットに入れて、残りはカバンに放り込んだ。使いづらいが、また盗まれるよりはマシだろう。


「ああそうだ兄ちゃん」


「はい?」


 串焼きを食べる場所を探そうかと思ったオレに店主が声をかけてきた。


「宿を探すんなら早くした方がいいぞ。ちょっと前に王国からの団体客が通ったからな。運が悪いと宿が埋まっちまう」


「ええ、本当ですか!?」


 マズイ。さすがにこの帝都で全ての宿が埋まるなんてことはないと思うが、金銭的にオレが選べる宿屋は限られる。高い宿なんかに泊まったら、貯金が底をつくのなんてあっという間だ。


 急がないと。さすがに土地勘のない場所で野宿はきつい。


「教えてくれてありがとうございます! 先に宿を探します!」


「おう、頑張れよ」


 急いで礼をして、オレは雑踏の中へと飛び込んだ。





 適当に歩いて見つけた広場で、オレは頭を抱えて座り込む。

 慣れない帝都を歩くこと2時間ほど。結論から言うと駄目だった。


 回った宿屋が全て満室な訳ではなかったが、空いている宿には見た目で拒否されてしまった。


 精霊との相性で髪や目の色に影響が出るらしいカラフルなこの世界で、オレの黒目黒髪は悪目立ちするようだ。余所者感があり過ぎるらしい。

 ついでに言うなら、今のオレの恰好は護衛依頼の後ということもあって薄汚れている。見た目の印象はかなり悪いだろう。


「世の中甘くないなあ……」


 先に風呂屋に行くべきだったかとも思ったが、旅の荷物を全て預けられるほど信用できる風呂屋なんて知らない。どの道無理だった。


「さて、どうするか」


 ゴロツキでも泊まれるような雑魚寝の安宿なら泊まれるかもしれないが、荷物を狙われた場合の対応策が何もない。争いになったら絶対に負ける。

 人と騒動を起こすくらいなら、帝都を出て野宿でもした方が安全だ。


「野宿……」


 悪い選択ではないかもしれない。荷物は最悪埋めてしまえば隠せる。帝都の出入りにはお金もかからないので出費も抑えられるし。

 と、考えていたところで、見覚えのある色が目の前を横切った。


「ん?」


 オレのすぐ前を通ったのは子供だ。ボロボロの服を着た少年。何かいいことがあったのか、嬉しそうに歩いている。手には何かの包み。

 そして、その髪は赤茶色。


 オレの財布を盗った子供と同じ色だ。


 少年がオレの視線に気づく。


「あ」


 見本のように『しまった』という顔だった。犯人確定だ。


 次の行動は完全に同じだった。オレも少年も同時に走り出す。一歩目から全力だ。荷物が肩に食い込んで痛い。


「ちょっと待て! 財布返せよ!」


「待つような奴が財布盗むかよ、バーカ!」


 そりゃそうだ。


 思わず納得してしまったが、犯人を、もとい財布を逃がす訳にはいかない。あの金はオレが必死に稼いだものだ。文字通りの命懸けの成果。心情的にも逃がせないし、そもそもオレは金が尽きたら餓死するしかない。


 取り返せる可能性があるならやってやる。


 見知らぬ帝都の街並みの中、逃げる少年を全力で追う。速度は少年の方が上だ。通りを横切る度に、角を曲がる度に小さな背中が遠くなる。


 それでも勝算はあった。


 この世界の人間は子供でも、魔力によって強い力を出すことができる。だが、子供の魔力量は大人に比べてかなり少ない。つまりスタミナは少ないのだ。

 体力なら子供よりオレの方が上だ。


 そして、オレにとって幸運なことに、少年は人の少ない方へ向かって走っている。人が減ればオレは魔力察知が使える。多少距離を離された程度では、オレの感知範囲からは逃げられない。


 つまり、少年が足を止めるまで走り続けることができればオレの勝ちだ。


 頑張って走れオレ!

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