ある爆弾魔の放浪記

善鬼

第1話 木級冒険者の一日

「はあ、はあ、やべえ!」


 薄暗い森の中を全力で走る。背中には薬の材料になる茸が入ったかご。今回の依頼品だ。走るのに邪魔で仕方ないが、捨てる訳にはいかない。これが納品できないと、明日からは飯抜きだ。


 全力で走っているのには訳がある。その理由はオレの後ろだ。さっきから追われている。狙いはオレが採った茸らしい。


「うおおっ! 兎って茸食うのかよ!」


 背後から追ってくるのは兎だ。ただの兎じゃない。オレの腰くらいまである兎だ。額には角が生えている。刺されたら死ぬ自信があるな。


「せいっ!」


 背後から迫った殺気に、全力で左へと跳ぶ。オレの右腕を掠るように角兎が突撃してきた。赤い目には殺気が満々だ。こわっ。


「ふうう、はああ、草食ってろよ!」


 荒い息を吐きながら兎を避けつつ走る。真っ向勝負ではこの兎には勝てない。あっちは魔物。オレは純地球産の人間だ。


 オレには魔力もなければ、魔術適性もない。残念ながら、この世界でオレは弱すぎる。




 兎から逃げること数分間。さすがに心臓と肺がやばい。だけど間に合った!


「はあ、はあ、はあ、おりゃあっ!」


 森の一角。見覚えのある茂みを前にして全力で横へダイブする。後ろから来た兎はオレに向かって方向転換しようとして――


 何か・・に足を取られたように勢い良く転んだ。ズザザッと、草と土が削られる。


 その崩れた姿勢を見逃さずに、オレは兎へと突撃する。角を掴み、草と土に塗れた体を押さえ込んだ。


「はあ、はあ、魔力がなくても、はあ、罠くらいは作れるんだよ」


 角兎が引っ掛かったのは、簡単な草を結んだだけの罠だ。何事も準備は大切だな。こんな簡単な仕掛けのおかげで、オレは今日も生き残れるんだから。


 オレの下で角兎が暴れる。やべえ、早く済ませよう。


 全身に力を籠めて兎を押さえ込みながら、意識を集中する。イメージは“手”だ。魔力へと干渉するための幻視の手。


 オレだけに見える半透明な“手”を角兎へと伸ばす。兎の魔力を掴み取る・・・・。そして、力任せに魔力を引き摺り出す。


 角兎の抵抗が弱まった。体内の魔力が減ったせいだ。だけど、それは一時的だ。すぐに新しい魔力が生み出され、角兎の力が戻ってきた。


 ああ、それでいい。


 角兎から抜き出した魔力を、もう一度その体へと押し込む。思いっ切り。手加減なく。全力で。

 急激増えた魔力に、許容量を越えた角兎の体が震え始める。声にならない悲鳴が上がる。そして――


「……ごめんな」


 ドバンッ、という、湿った音とともに角兎が破裂した。


「ぶへっ」


 至近距離から大量の血と肉片を浴びる。鉄臭いし生温いし気持ち悪い。だけど、オレの攻撃手段はこれしかないから仕方ない。“手”の射程は2メートルだけだ。魔力を暴走させるには相手に近付くしかない。


「あっ、そうだ茸!」


 茸に血は掛かってないよな? さすがに血に濡れた茸は買い取ってもらえないぞ。


 慌てて顔を拭って背中の籠を下ろす。オレが血を全身で受け止めたおかげで、背中にあった茸は無事なようだ。良かった。これで明日からもご飯が食べられる。


「はあ~。良かった。早く戻ってギルドに行こう。……その前に水浴びか」


 この状態だと都市に入れないな。血を落とさないと。


 冷たい川の水を想像しながら、バラバラになった兎の中から赤い結晶を取り出す。魔核だ。この世界の生き物が魔力を生み出すための器官。


「……そして、魔核のないオレには魔術は使えないっと」


 どうしようもない事実だ。まあ、それを嘆いても仕方ない。角兎のマシな肉を拾ってさっさと戻ろうか。ここは浅い場所だけど、血の匂いで別な魔物が寄ってくる可能性はある。

 それに、早く体洗わないと血が固まってしまう。固まった血は落とすのが大変だ。


 そう考えながら、オレは急ぎ足で森を後にした。 




 冒険者になって早数ヶ月。血の鉄錆の味にも慣れた。肉の感触に鳥肌は立たなくなった。内臓の異臭にも顔を顰めるだけで済むようになった。


 問題があるとすれば……オレが弱いままってことか。





 今日の教訓:異世界の兎は茸を食べる。茸採取のときは要注意。

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